第20話

 観音寺の境内だ。太陽からの恵を十分に受けたイチョウの葉が緑色に輝いている。奴らはあの中か。相手はフル装備。注意が必要だ。イチョウの木の足下に慎重に近づいてみる。縫ってもらったばかりのベストをまた傷める訳にはいかないから、今回は登らない。下から叫んでみよう。


「おーい、黒尽くめの方々、ちょっと聞いてくれい。あんたらの力が借りたいんだ。今日は喧嘩をする気はないから、下りてきて俺の話を聞いてくれないか」


 返事はない。が、不気味な視線は感じる。警戒しているな。やはり、一筋縄でいく相手ではないという事か。こりゃ説得に時間が掛かりそうだ。


「なあ、あんたらの目的は何なんだ。あんたらの事を少し調べた。時間がないのは分かる。だから、目的が何であれ、もう邪魔はしない。その代わり、ほんの少しの間だけでいいんだ、力になってくれないか。手間は取らせないから」


 ……。


 やはり、反応なしか。頑固だな。


「手を組もうって言ってるんだ。あんたらだって、この街で部外者が悪さするのは嫌だろ。もう俺には、あんたらが実は地元の方々だという事は分かっている。だったら、俺と一緒にこの街を守ろうじゃないか。なあ、どうだ」


 うお、うるさい。――うう、超音波攻撃か……。耳を押さえても鼓膜に響いてくる。このまま上から狙撃されるかもしれんが、ここで諦めてなるか。もう一押しだ。


「あんたらにだって、情けっていうものはあるだろう。何の罪も無い商店街の人が犠牲になるかもしれないんだ。俺が何とかしてやりたいが、見ての通り『切れ物』以外の武器は装備していないし、防具もない。その点あんたらは、甲冑に特殊ゴーグルとか飛び道具とか、手許には鋭い『切れ物』も付けているし、なんか針みたいな武器も装備しているじゃないか。相手の男はプロの殺し屋で、俺一人だけでは太刀打ちできないんだよ。なんとか助けてくれないか」


 ……。


 無視か。そうだろうな。そのフレーズは最初から頭に浮かんでいた。こいつら、ダジャレのつもりか。よーし、そっちがそういう態度なら、こちらにも考えがある。


「そーか、そーか。分かった。こんなに頼んでいるのに助けてくれないんだな。そうですか。じゃあ、バラしちゃおうかなあ。みなさーん、聞いてくださーい。ここは黒尽くめのお兄さんたちの集会場ですよお、そこで羽休めしている黒装束のお兄さん、このイチョウの木の中に……危ねえっ! なんだコノヤロウ、撃ってきやがったな」


「おーい、桃太郎じゃないか。こんな所で何やってるんだ」


 ん、誰か呼んでいるぞ。誰だ。


「おお、輪哉くんか。久しぶりだな。今ちょっと、強情な黒尽くめ衆に投降するように説得していたところだ。しかし、駄目だな、こりゃ。まったく歩み寄ろうという気がない。輪哉くんからも言ってやってくれないか。おっとお、うおっ。危ないな。だから、撃つな。分かった、分かった。向こうに行くから。撃つなよ」


 まったく、なんて強情な奴らだ。頼んで損したな。まあ、それだけ腹をくくって生きているって事なんだな。大目に見てやるか。それより輪哉くんはどこに……ああ、居た。墓の方か。帰省したらまず墓参りか。つくづく感心な若者だ。どれ、俺も行ってみよう。



 お、居た居た、輪哉くんだ。ちゃんと高瀬家の墓の前で墓石に向かって手を合わせているな。偉い、偉い。なんだ、今度はキョロキョロと足下を見回して、落とし物か?


「あれ、雑草は生えてないなあ。親父が墓の草を取ってこいって言うから来たのに、生えてないじゃん」


「いや、昨夜俺が……じゃなかった、ここのご住職さんが、毎晩、墓の中の雑草を抜いてくれているんだ。感謝しろよ」


「仕方ないなあ。暫らくここで時間を潰すか。今帰ったら、店の掃除とか手伝わされるからな。草も取ったという事で」


 前言撤回だ。まったく感心できん。


「部活の合宿とやらに行かずに帰ってきたんだろ。実家の手伝いをするために帰ってきたんじゃないのかよ」


「昼過ぎから祭りのテントの組み立てらしいし、今年は射的の係をやれとか言われたしなあ。はあ、帰ってこなけりゃよかった。合宿の費用をくれるって言うから帰ってきたのに」


 じゃあ、その合宿とやらは後日なんだな。やっぱり、帰れないという話はウソか。こいつ、まったく成長しとらんな。大学というところは若者に何を教えているんだ。人間を堕落させる機関なのか。


「だけど、花屋を継ぐって言っちゃったしなあ。そうなると、地域のこととか、いろいろやらないとなあ」


「仕送りを止められちまうぞ。ちゃんとやっとけ」


「花屋を継ぐって事は、家を継ぐって事だもんなあ。俺は一人っ子だから、相続は問題にならないだろうけど、家を継ぐ一環として財産も引き継ぐんだよなあ」


「親御さんが健在なうちから、もうそんな事を考えているのか。馬鹿か、おまえ」


「――て事は、その他のものも引き継いで、俺の子供に引き渡さないといけないわけかあ。名誉とか信用とかも。価値序列では財産より上だって倫理の授業で教わったよなあ。生命、身体、自由、名誉の最後に財産、だったよなあ。あれ、信用は……ま、いいか。花屋は商売だしな。商売は信用なしでは成立しないか。それに、ウチの店だけで仕事はできないし。周りと仲良くして助け合ってやっていかないといけないもんな。親父とお袋も、そうしてきたし。じいちゃんとばあちゃんも。――そういえば、それがウチの一番の財産だって、死んだじいちゃんが言ってたっけ。『宝』だって」


「……」


「よし。昼飯食ったら、祭りの準備に行くか。一番乗りしないと、いつまでも親父の助手扱いされちまうからな。あれ? どうしたんだ、桃太郎。涙目になって。目に塵でも入ったのか?」


 おまえ、大人になったなあ。輪哉!






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