第11話

 朝だ。今日も天気がいい。という事は今日も暑くなるという事だが、そんな事にめげている場合ではない。この街に危険が迫っている。プロの犯罪者集団と連続器物損壊犯および幽霊だ。まあ、最後のは、俺ではどうする事もできないが……。


 朝の散歩は俺の日課だ。散歩と言っているが、事実上の「警ら」である。こうして、この街に悪者が潜んでいないか、見回っているんだ。外の植木鉢に水を遣っている「モナミ美容室」の萌奈美さんに挨拶した後、「高瀬生花店」じゃなかった「フラワーショップ高瀬」に向かう。その間に「観音寺」の門へと続く小道があるが、今日はやめておこう。昨夜の恐怖体験からまだ十二時間と経っていない。昨日、汚れた水玉ベストをバケツに浸け置いた際に、上から垂らした洗剤の容器には、強い汚れと臭いには十二時間以上浸してくださいと書いてあった。汚れで半日なら、悪霊なら丸一日だろう。洗剤で悪霊が何とかなるとは思わんが、気分的に違う。折角、白に紺の縞々のベストに変えたんだ。わざわざ呪われた寺に行く必要はない。嫌な事はさっさと忘れて、気分一新で捜査続行だ。


 さて、きくさかきをメインに切花や葉物が並べられている高瀬さんの店の前に来ると、軒先で邦夫さんが花のバケツに水を入れていた。このおじさんは、いつも水道の蛇口を閉め忘れる。いつも俺はそれを気にしながら、邦夫さんに話しかけるんだ。今日も同じように声をかける。


「おはよう、また暑くなりそうだな。この店は南向きだから、花の管理も大変だろう」


「お、桃。おはよう。今日も違う服だなあ。トレードマークの赤いチョッキはどうしたんだい」


「チョッキって言うな。ベストだ、ベスト。赤い奴は破れちまってな。今は修理中だ。まあ、それに夏だし、汗もかくから頻繁に着替えないとな。ウチは食べ物屋さんだから、居候の俺も清潔にしていないと、陽子さんに迷惑がかかる」


「さては、相当に暴れて駄目にしたんだな。桃はまだ若いからいいねえ」


「そう言ってもられんさ。昨日はちょっとした事で、腰が抜けちまった。まったく、恥ずかしい話だよ。こんな明るい柄のベストも、美歩ちゃんのコーディネートだから着ているけど、本来ならこんな水兵さんみたいな柄は趣味じゃない。若い柄は、俺の雰囲気には合ってないだろう」


 邦夫さんはホースを握ったまま腕組みをして、俺を見つめている。ホースから出た水が足にかかっているぞ。早く水を止めろ。


「うーん……。昨日の水色も悪くはなかったが、紺もいいねえ。おまえさんには、意外と似合う色かもな。いや、やっぱり明るい色の方が似合うかな、うん」


 どっちなんだと思って首を傾げていると、店の奥から奥さんの公子さんが邦夫さんを呼ぶ。


「あなた、いつまで水入れしてるの。輪哉りんやは十時の便で帰ってくるのよ。それまでに配達を済ませてちょうだい」


「分かってるよ。今日は警察署に花束を届けるだけじゃないか。そんなに焦らなくても……」


「何言ってるの。柏崎華道教室さんの分もあるでしょ」


「あれ、今日だっけ」


「そうよ。それに、婦人舞踊会の花輪の分も今日中にお届けしないといけないでしょ。お祭りで使うんだから。忙しいんだから、早くしてよ」


「ああ、分かったよ。桃、悪いな、今日はそういう事だから、また夕方にでも出直してくれ。いい物を用意しとくから」


 邦夫さんは店内に駆けていく。何か気になるな。


「なあ、邦夫さん。輪哉さんって、大学生の息子さんだよな。帰ってくるのか。昨日は部活の合宿で帰省しないと……おーい、また水を出しっぱなしだぞお」


 俺の声を聞きつけて、邦夫さんが慌てて戻ってくる。


「おお、しまった。閉め忘れてた。いつも悪いな、桃。じゃ、忙しいから、また後で」


 また店内に小走りで向かう高瀬邦夫さん。さては、祭りで売上げが伸びる事に舞い上がっているな。いや、予定外に息子さんが帰ってくるからか。たぶん、その両方だな。どちらも嬉しいのは確かだろう。まあいい、散歩を続けるか。


 高瀬さん所の隣の空き家には、異常は無しと。あれ、向こうから歩いてくるあの人は……。


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