第10話 バー

「お客様なに飲まれますか?」 


 目の前の少女は淡々と尋ねた。

 どこからどう見ても玲奈だ。部屋にいるときと比べ、シャツに蝶ネクタイとかしこまった服装だが、見間違えるはずはない。


「お客様なに飲まれますか?」


 しらを切る気か。俺に知られたら不味い事でもあるのか。


「あーこの人ですよ! バッグひったくられてたの。フトイチ先輩思い出せませんか?」


 蜜柑はビシッと玲奈と思われる少女を指差した。


「なんだとッ」


「間違いありません」


 一瞬の静寂。こじんまりとした店内は俺らの他に客もいないため、会話もない。


 少女は大きなため息をついたあと、


「ばれちゃったかぁ。隠す気はなかったけど、さすがに早すぎるかな」


 開き直った。やっぱり玲奈だった。


「しらを切ろうとしたのにな」


「だってこの格好してんの恥ずかしいじゃん」


「そうか? けっこう似合ってんぞ」


「ありがとッ」


「ちょっと、ちょっと、ワタシ抜きで盛り上がらないでもらえますか?」


 蜜柑が不服そうに割り込んできた。


「お客様、注文されないなら退店お願いします」


「ハァ? フトイチ先輩だって注文してないのに、なんでワタシだけ外に出ないといけないのよ!あなた先輩のなんなんですか? 昨日知り合ったばかりですよね?」


 蜜柑は玲奈にまくし立てるように突っかかった。


「別に……友達だけど」


 少し苛立ったトーンで返す玲奈。


それに蜜柑は勝ち誇った笑みを浮かべると、


「へぇ~っ、じゃぁフトイチ先輩と一緒にデートしてても文句ないですよね」


 強引に腕を組んできた。


 むにゅっと効果音がつきそうなほど、蜜柑のふたつのが俺の肌に伝わってきて、修羅場ぽい雰囲気なもの忘れてしまいそうになった。


「このバカがの上でどう踊ろうと勝手だけど、バーはいちゃつくような場所じゃないから」


 どうしたらこんな険悪な展開になる? 混ぜるな、危険というやつなのか。

 とりあえず、仲を取り持つしかない。


「悪かった。注文するから」


 同伴者は納得のいかない様子だが、なだめるように席につかせる。


「なにかシェリー系のストレート、ダブルで」


 俺は覚えたての用語を羅列した。正直、俺ら学生は安い居酒屋に行くことが多く、こういったオシャレな場所とオシャレな酒とは無縁だ。玲奈は「はい」とだけ言うと、なにかオシャレなボトルをとって、グラスに注いだ。


「フトイチ先輩。大人ですねぇ。ここはセンパイのおごりでいいんですよね?」


 たしかに蜜柑にご飯おごると言ったので、俺は無言で頷いた。


「じゃぁワタシはぁ〜なにか甘いので〜。あっワタシお酒弱いんでぇ〜弱目のでお願いしますよぉ〜」


 蜜柑の甘えたような猫なで声に、玲奈は「はい」と短く返事すると、奥から一本のボトルを持ってきた。


 ――ラベルには『56%』と書かれている。


 誰がどう見てもアルコール度数だ。


 そのままグラスに注いでいくと、すっと蜜柑のテーブルへと置いた。


「こちら最近入ったオススメのものです。まずはストレートでどうぞ」 


 すました表情の玲奈だが、あきらかに悪意があるのは一目瞭然だ。それは蜜柑もわかっているようで、


「ありがとございますぅ。どうです? 一緒に飲みませんか?」


 にっこりと笑うと、先ほど注いだボトルへと一瞥くれる。口角は上がっているが、目が笑っていない。意訳すると、そっちがその気なら戦ってやるよというわけだ。


 いや、この場は俺が会計もつと言ったけれど、玲奈の分も払うの?


 そんな俺の心の叫びなど無視するかのように、玲奈は自分の分のグラスに蜜柑と同じ分量だけ注いだ。


「「「乾杯」」」


 三者ともグラスを傾けた。記憶を無くした昨日ぶりのアルコールだ。あんなことがあったばかりなのに飲んでしまうとは……。今日はセーブするか。


 そんな俺とは関係なく、目の前の二人は飲みすすめていく。なにも起こらないといいんだがな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る