第2話 シェフ気取り

 トントントンッ。


 小気味のよい音が台所から響いている。


 音の主、玲奈が包丁で大根を切っている音だ。おまけに陽気な鼻歌も混じっており、この場面だけ切り取るとウキウキの新婚生活のようにもみえるが……。


 あれからプリンだけではお腹が満たらなかった玲奈は再び冷蔵庫を開けると、「なにも入ってない」と呟いたきり家を出ていった。数分後、食材を買い込んでくるなり、台所を占拠してしまった。そして、今に至る。


 ふと、料理している玲奈の横顔を眺めた。肩にかかった艶のある黒髪に一つ一つ整った顔のパーツ。改めて見ても可愛いんだよなぁ。


「ん? なに?」


 俺の視線に気づいたのか手を止めてコチラ見てきた。


「いや、なんでもない。まぁ適当に……簡単な料理でいいよ」


「それ奥さんの作る料理に言ちゃいけないセリフ第二位ですけど……」


「ちなみに一位は?」


「『なんでもいいよ』かな。あれは家庭を戦場に変える導火線だね」


「ふーん、なんて言えば正解なんだよ」


「一緒に食材を買いに行こうじゃないかなぁ」


「難易度高すぎないか。別に……そもそも俺は朝ご飯作って欲しいと頼んでないはずなんだが」


「ああ、気にしないで。今日は私が泊めてもらったから、せめてものお礼」


 『今日は』って明日があるような言い方だなぁ。


「よし。できた」


 玲奈は出来上がったばかりの器をテーブルへと運んでくる。香りたつ湯気が鼻孔まで届くと

二日酔いを忘れさせるほど食欲をかきたてた。


「はい。当店の玲奈シェフご自慢の一品。『ミソスープ〜季節の白菜を添えて〜』です」


「おしゃれに言ってるけど、白菜入り味噌汁だよな。いま秋だから旬でもねぇし」


「もうっ文句多いなぁ。シェフの料理を食べてからにして」


「いや、文句はねぇよ。いただきます」


 味噌汁を一口啜った。


「……おいしい」


「でしょ! これは実家から代々伝わる秘伝のあれを使ってるからね」


 玲奈は得意げな笑みで胸を突き上げた。


「得意げなわりに情報が全くゼロだった。それで玲奈の実家はどこなんだ?」


「鹿児島」


「へぇ、遠いな。それでこっちで家借りて暮らしているのか」


「まあね。ここから割と近いかな。電車で3本くらい。でもあと数日で家を出ていかないといけないの。太一、お願い。ここにしばらく泊めて」


「それが責任ってやつか?」


「まあ、そうなっちゃうよね。ねぇ、お願い……その分ご奉仕がんばるからっ」


「ご奉仕言うなし…………」


 先ほどまでおふざけ気味の玲奈もこのときばかりは真剣な表情でコッチを見てきた。断られると行く先がないのかもな……。


「わかった。しばらくの間だけだぞ」


「ありがとっ。それより学校行かなくていいの? 明日は講義に絶対遅れるわけにはいかないって言ってた気がするけど」


 ハッとなってスマホを見ると、あと数分で講義が始まるところだった。今日の講義は欠席するわけにはいかない。日頃から出席日数ギリギリのため、単位下りなくなってしまうのだ。


 味噌汁を胃に流し込み、急いで大学へ行く支度をすませる。味噌汁を食べ終えた玲奈はいつの間にかベッドに潜り込んでいた。


「おい、玲奈はどうするんだ?」


「わたし今日夜まで予定ないからしばらく寝とく」


「わかった。鍵は机の上に置いておくから、出るときはポストの中に入れておいてくれ」


 俺の呼びかけに答えるように玲奈の手がぷらりと上がったかと思うとそのまま掛け布団の中へと吸い込まれていった。


 




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