第12話 デート?の約束



 夢か……。


 それはとうの昔に捨てたものだった。あきらめ捨てたもの。一度目を背けたものだ。なっちゃん先輩のように就活して、結局普通に暮らしていく。そういう人が大半だ。玲奈みたいに頑張れる人が少ない。


 俺は自分自身を納得させるためにそう言い聞かせた。 


 でも玲奈を応援するとはいったものの1学生の俺にできることはない。この部屋を提供することぐらいかなぁ。


 俺はいつもより家具の多い部屋に横になって考えていた。

      

 結局あのあと、蜜柑は千鳥足になりながらも家に帰っていった。送るよと一応声はかけたが、『ワタシ襲われますよね……気分悪いんでまた、今度』と蒼白な顔の割には余裕のありそうなジョークをかましていたことろは蜜柑らしかった。


 ガタガタ……ガチャ。


 玄関のドアが開く音。


 少ししてから玲奈が顔をみせる。


「あーまだ起きてたの?」


 時計は深夜3時を回ったところだった。あれこれ考えてたら、結局こんな時間になってしまった。


「ちょっと寝れなくてな」


「もしかして、夜這いするつもりだった? おきてその四、エッチいの禁止。同意したでしょ?」


「いや、別にそんなつもりねぇよ。いつも帰り着くのこの時間なのか?」 


「まーね。バーだからけっこう遅くまでやってるのよ。今日はまだ早くあがれたほう。その分お金はいいんだけどね。明日は事務所に行くから早く寝ないと」


 そう言った玲奈は少し疲れているようにも見えた。事務所での声優活動に、夜は遅くまでバイト。

 声の仕事だけで食べられないのか少しハードスケジュールだ。俺もバイトはしているが、実家からの仕送りと奨学金もあるおかけでだいぶシフトはゆるくで済んでいる。


「明日は俺が朝食作るよ」   


「ありがとっ」


 それから二人、広くない部屋に二組の折りたたみ式のベッドを広げると横になった。


 美少女と二人で暮すことになるとは二日前の自分では考えられないな……。


 そんなことを考えながら横を向くと、玲奈の顔があった。


 互いに目が合う。


 玲奈はいたずらっ子のようににやりと笑ったあと、目を閉じて唇を突き出した。


 キス待ち顔……だと。


 俺は玲奈の額にチョップを入れた。


「――いったぁ」


 両手で額を押さえる玲奈。


「ちぇーっ。キスしてくれたら罰金五千円もらえるところだったのに」


 そうきたか。一回キスするだけで五千円もらえるとか……。


「この場合誘った側が罰金だからな。キスしとけばよかったか?」


「えーそれじゃ私損しかしてないじゃん」


 おい。損とか言うなよ。


「明日早いんだろ。もう寝るぞ」


「おやすみ太一」


「ああ、おやすみ」


 長らく言ったことのない言葉だった。寝るときに隣に誰かいることがなかったから当たり前といえばそれまでだ。


 目を閉じて、眠りつこうとすると――


「ねぇ、起きてる?」


「なにそのベタなセリフ」


「太一、『落ちこぼれヒロインは恋をする』好きなんだね」


「俺の本棚しっかり見てやがる」


 落ちこぼれヒロインは恋をする、通称『落ち恋』は累計発行部数100万部を突破する大人気ラノベだ。アニメ化も成功して今映画もやっている。当然、俺の本棚には全巻揃っている。


「私、この作品すごい好きなんだよね。オーディション受けたけど、ダメだった」


「けっこうオーディションとか受けるのか?」


「ほとんどテープ審査で落ちちゃうんだけどね」


 玲奈が言うには無名の声優の一般公募はまずボイスサンプル審査、その後、役の演技に合わせて原稿を読むテープ審査がある。

 その2つに通ってはじめてのオーディション会場に行けるというわけだ。


 わかってはいたが狭き門に違いない。


「私さ、ドジッちゃってせっかくオーディションまでいけたのに、大事なオーディションの台本が入った鞄、ひったくられちゃったんだよね」


 その鞄を酔っ払った俺が取り返したというわけか。


「酔っ払いの俺グッジョブだな」


「まじグッジョブ。来週のオーディション頑張るから」


 玲奈になにかできることはないだろうか。どんなに小さくてもいい。


 そんなことを考えているとひとつ案が浮かんだ。


「じゃあ、来週オーディションうまくいったら、落ち恋の映画に行こう」


「うまくいったらって」


 玲奈はクスクス笑った。


「おかしいこと言ったか?」


「いや、太一っぽいって思って……行こう、きっとうまくいくよ」


 映画に行く約束ができた。二人の二回目の夜は忘れずにいれられそうだ。


 



 


 



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