第11話 玲奈の夢


「フトイチ先輩、モテないのがわかるんですよ」 


 乾杯から二時間くらい経ったころ。

 顔がほんのり赤い蜜柑が俺へのダメ出しを始めた。ところどころ呂律も回っていない。


「そろそろ飲むのやめようか」


 俺の忠告に蜜柑は聞く耳を持たないのか玲奈へ注文しようとする。


 あれから玲奈と競うように飲み比べを始めた蜜柑だったが、他の客も入ってきて玲奈は飲むのをやめて仕事に戻ってしまった。結果、蜜柑一人だけ酒が進んでいる状況だ。


「聞いてますか? モテない先輩」


「なんか好き放題言われている気がする」


「だって先輩、合コンで誰とも話せてなかったじゃないですか。会話に乗れてなくて、見ててウケるんですよね。なんのためにこの人参加してるんだろうって」


「うっせ。別に普通に会話できてたろ」


「いやいやいや、適当に相槌うってただけじゃないですか。首ふるだけなら赤ベコだってできるんですよ」


「……」


「それで誰か連絡先交換できたんですか。できてないですよねぇ? 合コンからのデート期待しちゃってました? プッ」


 なんか酒に酔ったのか蜜柑がシラフの数倍ウザい気がするが……。


「別にデートとか期待してねぇよ」


「ホントですかぁ? そんな強がりセンパイに朗報です。今ならワタシと連絡先交換できます」


「……」


「なんですか。センパイに連絡断られるとか……屈辱にも程があります」


 ムッとした様子でコッチを見る蜜柑。

 俺としては連絡先交換を断ったつもりはなくいのだが。

 というか、よくここまで煽っておいて連絡先交換できるよなぁ。


 結局連絡先を交換することになった。蜜柑は自分の要求が通って満足したのかカクテルを頼むと一気に飲み干してしまった。


「おい、そこまでにしとけ」


「なんですか。昨日先輩だって酔ってたじゃないですか。ワタシだってお酒飲めるんですよぉぉ。あっ、さっきのカクテルもうひとつ」


 蜜柑の注文に玲奈はこちらを見ると、案の定静止をかけた。


「飲み過ぎなんじゃない?」


「うっさいですよぉ……これでワタシの勝ち……」


 ここまでいうと、蜜柑はテーブルの上に突っ伏してしまった。


「おい……」


 揺すっても動かない。

 しばらくすると、かすかに寝息だけきこえてきた。

 怒涛の煽りをしたかと思うと、今度は一転眠りについた。なんというか、自由すぎる……。


 玲奈は蜜柑の飲み終えたグラスを回収するのと、そのグラスを洗いながら話しかけてきた。


「お客さん少ないし。しばらくその子寝かせておいたら?」


「すまん、玲奈」


「眠っちゃうお客さんもいるし、気にしないで。それで……その子は太一とどういう関係?」


 洗う手を止めると、カウンターごしにコチラをじっと見てきた。蜜柑との関係を疑っているのか? まったくやましいことはないし正直に答えることにした。


「ただの知り合いだ」 


「ふーん、それならよかった。彼女いるの同居するのはさすがに悪いって思ったから」


 玲奈は安心したように目線を下に戻す。


「それなら安心だ。自慢じゃないがモテない。恋人との会話にでも聞こえたか?」


「たしかに恋人の会話には聞こえない。でも太一に好意があるように見えたから」


「ははは、冗談だろ」


 横でテーブルにつっぷしたまま酔いつぶれて動けない蜜柑に目をやる。コイツはただ俺をからかったり、煽ったりしているだけだ。

 それに……おそらくコイツは俺に好意があるから一緒にいるわけではなく、自分の趣味しょうせつを話せる友達がほしいだけだ。


「ねぇ……」


 玲奈は声のトーンを落としながら話しかけた。


「私の話笑わないで聞いてくれる?」


「ははは、急にどうした?」


「話聞く前から笑わないでくれるかなぁ」


「悪い。話によっては笑わない保証はできない。だが、バカにするつもりはない。それでどうした?」


 玲奈は一呼吸おくと、話し始めた。


「私、夢があるんだ。声優になるって夢。そのために声優事務所にいて、夜はバーでバイトして生活費貯めてるの」


 昼間、引っ越しのときのふざけた朗読がやけにうまいと思ったら声優志望だったのか。


「まぁ、人の夢は笑わないよ」


「ありがとっ。それで高校卒業して実家の親に反発した感じで家出ちゃったから、けっこうお金なくってね」


 玲奈が同居をしたがる意図が見えた気がした。おそらく実家から金銭的な支援を得られずに、声優になるため、養成所の費用から生活費までを捻出するためだ。


「俺がいなかったらどうする気だったんだ?」


「どうしたんだろうね……」


「諦めて帰る気はないのか?」


「絶対ないっ。必ず夢叶えるから」


 玲奈は言い淀むことなく言い切った。そこまでしてやりたいことがある。

 普通に大学卒業して、サラリーマンになると思っていた俺にとって、それは羨ましくも感じてしまった。


「絶対、叶う。俺応援するから」


「ほんと……」


 玲奈はそこまで言うと口をつぐんだ。そして、含みのある笑顔で俺を見ながら言った。


「そんなわけだから、帰り遅くなるね。先に寝といていいから。布団二組あるからってその子お持ち帰りしないでね」


 玲奈は未だ起きる気配のない蜜柑を指差した。


「今日はそんな飲んでないし、しないよ」


「飲んだら私みたいにお持ち帰りするんだ。誰でもいいってことかぁ。ショックだなぁ」


「なんかいい話してたのに、なんでそっちのほうに持っていく?」


「私あんまり真面目な話嫌いだからね。そんなわけだから相棒。これは話聞いてくれたサービス」


 玲奈はにっこりと笑うと、カクテルを俺の前に置いた。それは甘いはずなのに、どこか苦味を感じた。

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