第5話 一年前

――――1年前の秋頃。

 なっちゃん先輩とは学祭のときに知り合った。野上と学祭を回っていたのだが、途中ではぐれてしまった。そのとき、この人は突然俺の目の前に現れた。


「ねぇ、そこの少年。絵買ってよ」


 ――詐欺かと思った。


 東京では強引に高額な絵画を買わせるやり口が増えていると聞いてたし、その時この人はガッチリ俺の腕を掴んでむこうへ引きずっていこうとした。


「ちょっと待ってください。絵なんて買いませんよ」


 強引に引っ張るのに負けじと踏みとどまった。


「ちょっとだけ……ちょっとだけ見るだけでいいから」


「なんですか。先っぽだけ、先っぽだけみたいに言わないでください。俺帰りますよ」


「今ならテニス部の出店の唐揚げ一個つけるから」


「もうこの人なりふり構わずだ。分かりました。見るだけですよ」


「ありがとう。はい、これダンス部のホットサンドね」


「テニス部の唐揚げはどこいった!」


「えへへ」


 笑ってごまかされた。ホットサンドより唐揚げのほうが好きだったのにな。


 それから互いに自己紹介をした。上原夏海、俺の同じ学部で一個上の学年だった。先輩はみんななっちゃんってよんでるから気軽になっちゃんでいいよと言ってくれた。


 そんな先輩に連れられて、絵が売られている会場へと向かった。そこには数枚の絵が額縁に、入れられて並んでいた。


 ――はっきり言って凄かった。

 芸術に興味のない俺でもわかるほどにうまかった。ただ問題なのは……


「なんで全部女の子の絵なんだよっ」


 そこには女の子の萌え萌えな絵が並んでいた。タイプは様々、制服を着た絵から水着姿の露出が多い際どいものまで。


 この子はここを同人誌の会場だと勘違いしてねぇか。そして額縁に入れる絵じゃないし。


「きゃわいいでしょ?」


「たしかにかわいいんだが偏りすぎてる気がする」


「わたしこういう絵を描くサークルやってんだ。でもまだ1枚くらいしか売れてないんだ」


 なっちゃん先輩はわかりやすく肩を落としていた。まわりにはサークルの人が数人いて暇そうにしていることからも、お世辞にも売れている店ではない気がする。


「ねぇ、買ってよ」


「買ってと言われてもなぁ……そうだ! ちょっと写真取らせてよ」


 急に絵の写真を取り始めた俺に首をかしげるなっちゃん先輩。


「今SNSで絵を買わないか友達に聞いてる。校内の学生に絞るより、アニメとか好きな連中に宣伝したほうが早いよ――――おっ早速買いたいって人からDMきた」 


「ありがとぉぉぉ」


 目をウルウルさせたなっちゃん先輩は両手で俺の手を握ってきた。ほんのりなっちゃん先輩の体温が伝わってきて、なんかむず痒い気持ちになった。


「まぁできることやっただけだから」


 先輩の潤んだ瞳に俺は顔を背けてしまった。


「それでもすごいよ、太一君。よかったら今度なにかお礼させて。なんでも言って」


 なんでもって……


 ゴクリッ。


 結局チキンな俺は後日なっちゃん先輩とご飯行くことになった。ここでエッチなお願い一つでも要求しとけば、この頃とっくに童貞卒業していたであろう。

 そこから俺となっちゃん先輩との関係は始まった。

 




「私と太一君の関係ってなんなんだろうね……」


 なっちゃん先輩の声で現実へ引き戻された。


 俺が昔を思い出している合間に目の前のパフェは溶けかかっていた。


「普通の先輩じゃないですか?」


「たしかに仲のいい先輩と後輩……」


 いつも天然で元気ななっちゃん先輩だが、その声はどことなくしりすぼみになっていた。


「関係って一言で表現するのって難しくないですか?」


「そうだねぇ。友達と言っても色々種類あるし。一言って案外難しいよね。私と太一君は友達以上恋人未満? みたいな感じ?」


「それってセフレ」


「えっ私たちセフレなのっ!」


 なっちゃん先輩は顔を真っ赤にして驚いてみせた。声が大きかったらしく周りが何人かコチラを見てきた。


 うわぁぁ……はずい。


「いや、違うんだが」


「だよね〜安心した」


 なっちゃん先輩は胸をなでおろしていた。いや、あんたが勝手に言って混乱してただけなんだが……。


「なっちゃん先輩なんかありました?」


「えっそう……今ね……就職活動してるんだけどね……なかなか決まらなくて」


 三年のこの時期まで就職先が決まらないということは確かに悩みだ。いつもより元気がなかったのもきっとこのせいだろう。


「先輩、絵の才能凄いですから、そっちの方では就職しないんですか?」


「ああ、私なんて全然大したことないよ。絵は趣味でできたらいいかなぁ」


「そっかぁ……」


 なんとなく気まずい間が流れたのちに、


「ねぇ、もしさ私、就職決まらなかったらさ……太一君のところに就職してもいいかな?」 


「それって一体どういう……」


 なっちゃん先輩は言ったあとに恥ずかしくなったのか少し笑ってごまかした。

 普段から少し天然なことを言う彼女のことだから今回も特に深い意味はなかった可能性もある。

 俺は取り繕うようにどうでもいい会話を続けたが、突然のなっちゃん先輩の言葉に俺はそのあとの会話が頭に入ってこなかった。

 




 









 


 






 

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