第8話 ウザい後輩登場


 並木女子大の空き教室。


 外はすでに暗くなっており、当然この教室おろかフロアにはは人っ子一人おらず静まり返っている。


 ああ、ここなら助け呼んでも誰も来ないなぁ。


「へぇ。キョロキョロとよそ見する余裕があるんですか。そうですか」


 目の前にはショートカットの少女が立っており、俺はというと――


 正座していた。いや、されられていた。野上から連絡を受けて、呼び出されたことろを見事捕まったわけだ。  


 おのれ野上。俺を売ったな……。


 裏切り者のことはともかく今はこの状況だ。


「なあ? なんで俺は呼ばれてすぐに正座させられなきゃらならない」


「ホントは縄で縛っても良かったんですよ。感謝してくださいね」


 可愛げのない笑みを浮かべた少女。目鼻立ちが整っており、茶色く明るい髪色は今どきの女子大と言った感じだ。写真で見た合コンで連れ出した女性のはずだ。


なぜ、そもそも参加した女性の記憶がないかというと……作戦会議と称して野上たち男性陣とけっこうな量の酒を飲んでから合コンに参加したためだ。スタートの段階からほぼ記憶がないというわけだから本当に情けない。


「すまん。名前を教えてくれないか?」


「昨日言いましたよね? フトイチせんぱーい」


「フトイチ?」


「ほら、太一ってフトイチと読めるじゃないですか。太くて一回満足って意味」


「俺の両親と全国の太一さんに謝れ」


「でもフトイチ先輩の小さかったですけどね」


 少女は口元を手で覆いながら、ニヤケ顔を抑える。


 ヴッ――


 瞬時に股間のあたりを抑えた自分がいた。


「おっ……おまえ見たの?」


「プップッ冗談じゃないですか、せんぱーい。先輩とわたしが? ないない。やっぱ昨日の記憶ないって本当だったんですね。本気にしちゃってマジウケる。ワンチャンあると思いましたかぁ、プッ」


 コイツ……うぜぇ。


 どうやら野上から記憶がないと事前に聞いてるらしかった。


「名前教えてくれるとうれしいかな」


風見かざみ


「下の名前は?」


「べ……別にフトイチ先輩には関係ないでしょ」


「いいよ、後で友達経由で聞くから」


「卑怯……」


 少女はポツリと呟いたあと、頬を朱に染めながら続けた。


「み……みッ……みかん」


「は? なに言ってるか聞こえねぇ」


「みかんって言ってんのっ」


 バシンっ。


 蹴りを一発腹にもらった。


 蹴った本人はハァハァと肩で息をしている。名前を言うのがよっぽと恥ずかしかったのかさきほどまでの敬語も忘れてしまっている有様だ。


「可愛い名前だな」 


 バシンっ。もう一撃。


「うっさいです。フトイチ先輩、人の名前バカにしゃいけないって習いませんでしたか?」


「おまいう……」


 後から聞いた話だが、みかんは漢字でそのまま蜜柑と書くらしく、愛媛生まれから親がそう名付けたらしい。


「それで蜜柑はなぜ俺に怒ってるの?」


「あれ? ワタシ怒ってました?」


「俺に正座までさせといて、それはねぇだろ」


「ああ……そうだ。ワタシを置き去りにして帰ったからですよ」  


「すまんっ。覚えてないがそれは謝る」


「じゃあ、約束も覚えてないんですね?」


「約束???」


「パソコン買ってあげるっていう約束ですよ」


「俺がおまえに?」


 蜜柑はコクリと頷いた。どうやら……俺は酔ったあげくとんでもない約束をしたようだ。玲奈のときみたく責任問題ではないが、こっちはこっちで面倒くさい問題かもしれない。


「酔ってたわけだし、なかったことに……」


「覚えてないですませる気ですね」


「すまんっ」


 それは見事にきれいなフォームで土下座をした。謝って回避できるなら、いくらでもしてやるさ。


「はぁ……もういいです。そんなに期待してたわけじゃありませんし。先輩金持ちに見えませんし、期待してたワタシがバカって言うか先輩がバカっていうか……」


 なんか好き放題言われている気がするが気にしないことにしよう。


「それでせんぱーい。記憶ないってことはあんなことやこんなことしたって覚えてないわけですね?」


「なにが、あったんだ?」


「では昨日会ったこと知りたいですか?」


「知りたい」


「え〜どうしようかな? ワタシになにも特ないしなぁ〜」


 ウザっ。自分が有利な立場だからといって調子に乗り上がって。


「じゃぁ晩御飯奢ってくれたら考えます」


「わかった。それで手を打とう」


「ついてきてください」


 蜜柑は教室から出ようとした。  


「どこ行く?」


「昨日いろいろあった現場に行くんですよぉ」


「そうか……」


 蜜柑は急に振り返ると俺の方まで近づいてきて、耳元でささやいた。


「先輩とのデート楽しみです……なんちゃって期待しました? 顔赤いですよ」


 こうして俺たちは昨日の記憶を巡る旅にでる。果たして俺は昨日なにをやらかしたというのか。


 

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