第9話 記憶を巡る旅

 新宿の飲み屋が立ち並ぶ場所。


 俺と蜜柑はその一角のカラオケ屋の前に立っていた。昨日の二次会が行われた場所らしい。ホント、二次会がカラオケだった記憶はあるが、この場所だったとは実際に足を運んでみて気づいた。


「それでカラオケの最中に抜け出したと?」 


「はい。ちょうどドリンク取りに行ってるときにフトイチ先輩に声掛けられまして」


「なんて俺言ってた?」


「ぐへへ、かわいい子見つけたでござるよ。お持ち帰りしたいでござる」


 蜜柑は声のトーンを突然変えて、いたずらっ子のように口角をあげてみせた。


「俺のマネかよ。口調ござるになってるし」


「まぁ実際そんなこと言ってないんですけどね。ノリ悪いですよ、センパイ」


「……」


 その雑なボケにどうツッコめと?


「実際にはフトイチ先輩が『君つまらなさそうだけど、大丈夫?』って声かけてくれました」


「そんなにつまらなかったのか」


「はい。ハッキリ言って一次会は最悪でしたね。男どもは飢えた豚のようにガツガツしてるし、すでにできあがっちゃってて女子との温度差ずこかったですし」


「……それはすまん」


「一次会で帰ろうと思ったけど、アズミが行こうってしつこくて、イヤイヤ二次会行ったんですからね」


 そんな嫌だったのか。本人いるんだし、もうちょいオブラートに包めよ。


 蜜柑はさらに続けた。


「まぁ、先輩の声掛けも最初無視したんですけどね……」


「えっひどくね。そこからどうやって抜け出せたんだ?」


「ドリンク注ぎながら、スマホイジってたら落としてしまって画面見られました」


「エロい画像でも見てたのか?」

 

「ハァ?」


 そのゴミを見る目はなんですかね。コイツ下ネタいけるんじゃなかったのかよ。


「まぁエッチな画像のほうがよっぽと良かったんですけどね。ホントはワタシの書いてたウェブ小説を見られたんですけどね。あーしくじったなぁ。よりにもよってセンパイに見られるなんて」


 蜜柑にとっては自分が書いている小説を他人に見られることは恥ずかしいに違いない。現にこうして改めて告白したときですら少し言い淀んでいた。まぁ俺の方はラノベとか読んでるから全く抵抗ナッシング。むしろ共通の話題ができてラッキーくらいにとらえるはずだ。


「それで、どうなった?」


「センパイはワタシのスマホに虫のようにたかってきました。正直キモかったです」


 蜜柑は気味悪そうに両腕をさすってみせた。家畜ぶたから害虫に落ちていってるようにみえるが……。 


「でも……嬉しかったんです。友達とかとこうやって趣味の話できる人が今までいませんでしたし。だからもう少しこの人と話してみようと思ったわけです」


 蜜柑はそこまで言うとカラオケ屋の前から歩みを進めた。俺も黙ってついていく。きっと次の場所へと向かうのだろう。


 しばらく歩くと、蜜柑は立ち止まってコッチへ振り返った。


「ここで事件が起きました。センパイがひったりくりにあった女性を助けたんです」


「唐突だな」


 蜜柑が言うには、目の前の居酒屋で俺と蜜柑はアツくウェブ小説について語ったそうだ。覚えてないが、絶対その時の俺はいつもの2倍ほどアツく、2倍ほど早口になってそうな気がする。


 そして、会計を済ませたあと、外でその事件は起こったらしい。


 俺の目の前で鞄をひったくられた女性がいてそのまま犯人を追いかけて行ったらしい。ここで蜜柑を置き去りにしたっきりそのまま帰ってこなかったとのこと。


 いや、我ながら一緒にご飯食べてた女の子を放置するとはひどすぎる……。蜜柑が怒るのもわかった気がした。酒によってて目の前のことしか見えなかったと信じたい。


 ――俺は記憶の糸を辿ってみる。


 ここまで蜜柑の話を聞く限り、結末はひったりくり犯から鞄を取り返したか否かだ。


 思い出せ……。



『ありがと。今日のこと忘れないから。よかったら、今度バーに飲みに来てよ。おごるからさ』


 そうだ。バッグを取り返して、バーの前まで連れてきたんだった。そして……。くそっ、その先が思い出せない。その子の顔にも靄がかかったように曖昧だ。


 探してみるしかない。


 俺は歩き出した。


「ちょっと待ってくださいよ。また置き去りですか」


「すまん。つい」


「ついって……センパイ女の子とデートしたことないんですか?」


「はぁぁ! あるし。そのぐらい」


 いや、実際はない。なんかコイツに煽られそうな気がして、咄嗟に嘘をついてしまった。


「嘘ですね。デートしたことある人なら普通女の子に歩くペース合わせます」 


「やべっ……」


「えいっ」 


 ふと、俺の掌に柔らかい感触がきた。見ると、それは蜜柑が俺の手を握っていることに気づいた。


「センパイ。これで一緒に歩けますね」


 あざとい。可愛いい。くそっこんなんで心を揺らぐとかアホだ。なっちゃん先輩に見られでもしたら……。


 蜜柑の手のぬくもりが伝わってくる。俺もつい握り返してしまった。


「センパイ、手が震えててキモいですよ? やっぱ、女の子と手すら繋いだことないんですね。プッ」


 やっぱコイツ可愛くないわ。


 蜜柑と手をつなぎながら、周囲を探していると目にとまる場所が、あった。それは俺の記憶のほんの隅にひっかかった程度だったが……今の俺にはここにかけるしかない。


 木でできた重厚そうな扉を開けた。  


「何名様でしょうか?」


「……」


 目の前にいたのは見知った顔。


 ――玲奈だった。

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