第15話 なっちゃん先輩と俺
大学も早く終わり、バイトもない日。玲奈はバーとは別なアルバイトに出かけていて、部屋にいない。
俺は玲奈から課されたラノベを読んでいると、連絡が入った。
なっちゃん先輩からだ。カフェで分かれて以来、一切連絡をとっていなかった。なんとなく、俺の中で気まずさがあった。
メッセージを見ると、
『今日、暇?』
とだけ書かれていた。おっとこれは罠かな。なにも用件がかかれておらず、空いている日を聞かれるとか……面倒事を押し付けられるときの常套句だ。なっちゃん先輩の場合だと、特に深読みしなくても大丈夫なはずだ。
俺は暇ですとだけ送った。
すぐに既読がつくと、
『展示会行かない?』
とお誘いを受けた。特に予定もないため、行くことに決めた。
一時間後。なっちゃん先輩と近くの駅で落ち合うとそのまま展示会へと行った。
中へ入ると、いろんなアニメのイラストがところ狭しと並んでいた。
いや、イラストレーターの展示会なのかい。
中に入るまで全く情報がなかったため驚いた。
「わああ、可愛い子がいっぱい」
なっちゃん先輩は目を輝かせながら言った。
「そこだけ切り取るとマジでおっさん」
「可愛いのを可愛いと言ってなにが悪いのかな?」
「まぁ……そうですが」
「例えばだよ? ウサギ可愛いって言うのはおっけいだよね?」
「ああ」
「だったら、絵を〇〇ちゃん可愛いって言うのもおっけいだよ」
「俺もどちらかと言うとそちら側の人間なのでそもそも反論してないです」
「履いてないだとッ―――」
俺の話など聞かずに、なっちゃん先輩はイラストの少女(スカートの中)をローアングルから覗き込もうとする。もちろん絵だから見えるはずもない。
「やばいやつやんけ」
「太一君、この子履いてないよ」
「なぜ二回言った?」
「確認のため」
「なんの確認ですか」
「それはパンツ確認」
なっちゃん先輩は人差し指を立てて自慢気に言った。どこか天然ぽいところは彼女らしく平常運転だ。この間のカフェで言った。
『ねぇ、もしさ私、就職決まらなかったらさ……太一君のところに就職してもいいかな?』
これはやはり彼女の冗談だったぽい。
仲の良い女友達などいなかった俺は少しだけ意識してしまった。
そりゃ、俺が告られるわけないよなぁ。
そのままなっちゃん先輩とイラストを見て回った。あまり知名度もなく、俺もほとんど見たことのないものだった。横にいるなっちゃん先輩は絵を見るたびに小さく感嘆の声を上げていた。
「このイラストレーター有名なんです?」
「いや、私もほとんど知らない」
「知らないんかいっ」
思わず突っ込んでしまった。展示会に行くほどコアなファンかと思ったわ。
「でも高校生のとき、この人の絵を見て、わたしも描いてみたいって思ったんだよ」
なっちゃん先輩が絵を描きはじめたきっかけを作った人か。
「どことなく先輩の絵柄に似てますね」
「でしょう。この人を真似て描いたのがスタートだからそうなるよね」
「絵で食べていこうと思わないんですか?」
カフェで聞いた質問をもう一度した。なんとなくだけれど、答えが変わるような気がして。
「思わない。思えないんだよ。太一君ならわかるよね? プロで食べていくことの難しさ」
ああ。思い出してしまった。俺の周りではなっちゃん先輩だけに話していたこと。
それは俺が一度はラノベ作家としてデビューしていたこと。
俺は高校生のとき夢があった。それはラノベ作家として食べていくことだ。思い立ったらすぐに執筆活動に専念した。
そしてラノベ新人賞に応募一回目にして賞をとった。
当時クラスで俺は有名人だった。
だってそうだろ? 高校生にして作家デビューおまけに夢の印税生活の期待があるわけだ。
正直天狗になっていた。軽く書いただけで賞をとってしまう自分は天才とまで思っていた。
――――だが、本が書店に並ぶと、その自惚れも次第に消えていった。
本の売れ行きが芳しくなかったからだ。
ネットのレビューでは星一つ、二つなんてのはザラにあった。ひどいときは誹謗中傷のコメントまでそえられる。
高校生の俺にはそれが耐えられなかった。あのときを思い返すと、俺は確かにパソコンに向かって執筆するのが怖くなっていた。
そして次第に執筆の時間も減っていく。
気がついたときには、3巻の発売を待たずして連載終了を告げられた。
その時は悔しいというより、終わってくれてホッとしたという気持ちが強かった。
――その時から俺は夢を見るのをやめた。
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