第19話 コスプレ
「コスプレしよっか」
玲奈はコスプレの内容が書かれたメニュー表を指差しながら言った。
メニューには定番のナース服、スクール水着、制服、メイド服からアブノーマルな女王様の衣装まである。どうやらフロントへ電話かければ持ってきてくれる仕様になっているが……。
恥ずかしすぎる。
「もう楽しんだし帰りたいんだが……」
「ダメっ。一応テープ録音にはないけど、別なヒロインがコスプレするところあるんだよね」
確かにそういうシーンあった気がする。
「別なキャラも受けるのか?」
「もちろん。みんな一人のキャラに専願するわけじゃないし、もちろん私も……そりゃメインヒロインがいいけど」
「わかった。少しだけだぞ」
俺としては早く帰りたいが、玲奈のコスプレを見たくないわけではないというか、なんというか。
「私がなんのコスプレするか当ててみてよ」
玲奈はメニュー表を差し出した。
もしかして……希望通りにコスプレしてくれるとかあるのか?
「どのコスプレか決まってるのか?」
「もちろん。当てたら今日の晩ごはん作るよ」
ゲームで決めようというわけか。この間の映画館では負けてるし、ここは勝っておくべきか。
玲奈のことだ。原作でヒロインがやったコスプレをするはずだ。
思い出せ。原作では確か……。
ナース服だったはずだ。
「ナース服だな。間違いない」
「後ろ向いて。コスチューム取ってきて着替えるから」
玲奈に言われた通り後ろを向いて待機する俺。しばらくすると、ゴソゴソ物音が聞こえてくるが、着替え中だろう。
数分後。ちょんちょんと背中を叩かれた。振り返ってという合図だ。
俺は振り返ると――
メイド服を着た玲奈の姿があった。黒を基調とした生地に白のエプロン。端にはフリルがあしらわれている。おまけにミニスカートで胸元は大胆に開かれている。
「どう? そそる?」
「そそるとか言うんじゃねーよ。似合ってるよ……でもナース服じゃないんだな」
「ナース服が良かった? 太一の趣味に合わせてスモックかメイド服か迷ったんだけど」
「どんなイメージなんだ、俺……」
玲奈がぐるりと回って見せると、ふわりとミニスカートがめくれる。気にする様子もなくそのまま、
「おかえりなさいませ。ご主人様。ご飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し」
上目遣いでコチラを見て誘惑する。
こいつ……テープ録音とか関係なく楽しんでやがる。そして、憎いことにしっかり声を作り込んできてやがる。
「…………帰って飯食いたい」
「ご主人様はヘタレでございますね。かわゆいわたしがいるのに。精一杯ご奉仕いたしますのに」
なにもしないことを見越して挑発してきた。誘惑してきたので罰金五千円とりたいところだが、のらりくらりかわされるだけだ。それよりも効果的なのは――――
「じゃぁわたしをいただこうかな」
そのままベッド際に玲奈を押し倒した。
「えっ……ちょっと」
らしくない声がこぼれるが、知ったことではない。めくれかけたスカートも無視して俺は馬乗りになった。
「冗談……だよね」
「冗談に見えるか?」
ゆっくりと玲奈の頬を指先でなでると、嫌がるようにギュッと目をつぶった。同時に玲奈の手は小刻みにふるえていた。
「いつも誘惑しといて、やられない自信があったのか?」
続けざまに腹部を指先でなぞると、細い体ががちんとこわばる。足をバタつかせるが、この態勢では全く意味もない。
「ホントに許してっ」
目尻から涙がこぼれていた。本気で嫌がっている。やはりか……。
俺は玲奈の上から離れた。玲奈は腕で顔を覆ったまま起き上がる気配すらみせない。
「悪かった。襲うつもりはサラサラなかった。だが、確かめたいことがあってな」
「……確かめたいこと?」
ようやく気持ちも落ち着いてきた玲奈が上体を起こしながら尋ねた。
「俺たちあの夜なにもなかっただろ?」
俺の言葉に玲奈はうつむいたまま反応しない。肯定と捉えていい。
簡単な話だ。俺と玲奈は最初からヤッてなどいなかった。後で確認したら、ゴミ箱にコンドームがなかったなど疑問はいくつかあったが、決め手はやはりさっきの馬乗りになったときの反応だ。
おそらく玲奈は経験がない。それくらい同じく経験のない俺でも、俺だからこそわかった。
静まり返った室内。ぽつりと玲奈が呟く。
「私を追い出す?」
雨に濡れた子犬みたいに体育座りになると、膝を抱えたまま身を縮める。
「いや、追い出す気はない」
俺の言葉に玲奈は微笑んだ。
「太一優しいんだね」
「知ってたくせに」
「うん。知ってた……聞いてくれる? あの夜なにがあったか」
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