第20話 初日――side玲奈



 あの日私はバイト先のバー向かっていた。シフトが遅番だったから、たいていはみんな二次会、三次会している時間帯だったかな。


 バッグには来週末のオーディションの台本。電車内とかのスキマ時間に読めるように入れておいた。今回は大きな役をもらえるかもしれない私にとって見ればまたのない機会だった。


 正直、オーディションまで進めたことで気持ちが上ずっていたのかもしれない。


 バイト近くの路上で誰かとぶつかってしまった。


「痛ッ――」


 気づいたときには手元のバッグは盗られていた。


「ちょっと待っ……」


 私が言い終わるより早く、素早く横を駆け抜けていく人がいた。


「おい。返せよ」


 その人はひったくり犯を追いかけていく。私もつられて走った。


 バイトばかりでろくに運動していなかった私は二人からどんどん離されていく。


 あのバッグには大事なモノが……。


 必死に足を動かすけど、追いつけない。


 つくづく運に見放されるってワケね。


 家も出ていくように言われたし、大事な台本も盗られるし。


 ホントついてないなぁ。


 私は息を切らして立ち止まった。涙が出そうになるのを必死でこらえるのが精一杯だった。


「ハァハァ……ホントに……ついてない。ダメだな……」


 台本なくしたなんて言えないし、今回はあきらめるしか―――


「なにがついてないって」


 バッグを持った男が現れた。私と同じ歳かちょっと上か。


「ほら、バッグ。お前のだろ?」


 男は私の盗られていたバッグを手渡した。


「ありがとうございます」


 バッグの口から丸められた台本が顔をのぞかせている。よかった、無事だ。


「ごめん。犯人は取り逃がした。アイツ俺の顔面にバッグ投げつけるんだもんな」 


 男の頼りない目の上には傷ができている。きっと取り返したときにできたものだ。


「ケガしてる」


 血で滲んだ傷をハンカチで拭こうとしたが、照れくさそうに払いのけられた。


「大丈夫。もう俺行くわ」


「待ってください。私は茅ヶ崎玲奈ちがさきれなと言います。名前を教えてください。もう少ししたらお金入るからなにかお礼がしたいです」


 男はくしゃっと笑うと言った。


中丸太一なかまるたいち。別にお礼とかいらねーよ。それに俺より年下っぽいけど、敬語はいらねぇよ」


「ありがとっ。私そんなに年下ぽいかな?」


「こんな時間に外に出て補導されてもしらないよ」


「失礼なっ。高校生じゃないよ。ハタチだよ」


「バカな……合法ロリだと」 


 太一は大げさに驚いてみせた。


「ホントに失礼だなぁ」


 じっと太一を見つめた。見たところ、飲み屋街にきた大学生ってところか。アルコール臭いし、足もフラフラしている。よくこんなんで追いつけるよ。


「誰かと飲んでたんじゃないの?」


「やべぇ。連れ見失った。どうしよ、どうしよ」


「あははっ。あとさき考えないタイプね」


「まあな。でもアイツもなんとかするだろ。それでどこまで行くつもり? 予定ないから近くまで送るよ」


「ども。近くのバーで働いてるんだぁ。よかったらこない? 今日は奢らせて……」


 奢るといいつつの給料からの手引きだけど……マスターも優しいから言ったら納得してくれるはずだ。なにも持ってない私には今はこのくらいしかできない。


「いいね。飲みたりなかったところ」


 私は太一を連れてバイト先へ向かった。





 

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