✄私の居たい場所

 病室にあふれるアバターらしき影。

 輪郭りんかくはあいまいで、動きはホラー映画じみた不自然なコマ送り。にもかかわらず確実に人間が中にいるとわかる不気味さは。


(処理落ちして――アクセスの踏み台にされてる!?)


 この病室はクローズドでも私のデバイスはネットに繋がっている。


『――あぁ、思ったより――く燃えている。半月経っ――もこれだけアンチが釣れ――とは――』


 ザラついた画質のちぃあが途切れ途切れに言う。 

 私の回線でどこかのアンチコミュにリンクでも貼られたか。自分をガソリンがわりにするなんて。巻き添えはごめんだけどこれじゃ――。


〈これなに?〉〈死ね!!!!!!!!!!!〉〈今さら何してんの〉〈誰?〉〈病院に隠れてんのか〉〈a-gwas-01/okr/mm/sun.exe〉〈a-gwas-01/okr/mm/sun.exe〉〈a-gwas-01/okr/mm/sun.exe〉〈特定した〉〈気持ち悪い〉〈逃げられると思うな〉〈お前が壊した〉〈ヤリチンカマ野郎〉〈病院ごと燃やしてやる〉〈拡散しろ〉


 狂ったようにわめきながら暴れるアバターたちはむしの羽音を思わせた。それらの目が私へ向き、悪意に満ちた手が殺到する。


「ひ……」


 これか。こんなのがアンタの理想のファンの姿か。

 悪だくみをジャマされないために、わざと東京くんだりまで行かせて足止めさせて?

 どっちが傾国けいこくだクソガキが、こんな所でやられてやるか。

 胸を叩く声が叫んでいる。

 わかってる。見捨てたりなんかしない。たとえ都合のいい夢でも、私はアンタが誰かを魅了する姿が観たい。


「――命令実行/インストラクション――Longinus/ロンギヌス」


 白光がぎ払われた。

 命令コマンドと同時、ケタ違いの暴威に触れた影たちが消滅する。その絵面にいつわりはなく、伝わってくるのはいくつものあかりが消えた感触。

 個人デバイスでアクセスした複数人は社会から断ち切られた。ある管理職男性の職場からはデータが全消去された。運転中だった女はドライビングアシストを喪失した。

 大きすぎる害意の応報。同時にデバイスが負荷から解放される。


『は、何故だ……どうしてリュシャはキミにそれを……?』


 オフラインの壁の向こうへ逃げ込んだちぃあがうめいた。


「別に……ついでじゃない?」


 結ばれた複数マルチデバイス契約ライセンスの中に、この眼鏡グラスも含まれていたというだけ。


『つい……ハハハっそうか、試されたのは僕か! リュシャ、ずいぶんと女の子らしいことをするじゃないか! 突き放して怖い目にあわせて、それで反省して帰っておいでって? まるで姉妹だ、情け深い――』


「――僻目ヒガメ――割符ワリフ――Longinusロンギヌス――神之命/サリエル」


 光の矢がちぃあの両眼を射抜いてハリネズミのようにした。呆然と、生えた矢羽に手をやるちぃあ。


『――異なる体系コードのコンバート? いよいよ不思議なガードウェアだ。まるで始めから極限運用サバイバルを予期しているような』

「興味ない。私はただ、かかる火の粉を払えるだけでよかったのに」


 少女のアバターが断層のようにズレて壊れていく。ガラスの粉のような残骸に、最後に残った3Dコード入りの義眼を私は保存キャプチャした。


『――守るより壊すほうが簡――なんだ。隙だらけだ――らね、プログラムも人――も――』


 よった眉間みけんのしわが戻らない。重い泥をかぶったような気分。


「馬鹿ばっかり。もうわかった。なあなあじゃダメだって」


 ハッキリさせないと。私と、私たちと、世界の関係を。今のままじゃ悪い方へばかり転がっていく。

 けじめをつけようと決めて面会室を出た。





 非常ベルが鳴り響いている。

 閉鎖病棟で何かが壊れたらしい。大きな音の後、パタパタと看護師が飛び出してくる。私を認めるなり声をあげた。


「あなた、ちょっと――!」


 ちぃあが何かやらかしたか。

 記事にあったイナバ已亡イムのお披露目配信まではあと六時間ちょい。新幹線を使っても間に合うかギリだ。


「っ、急いでるんで!」


 階段をジャンプで駆けおりる。着地でかかとの骨が悲鳴を上げた。くっそ駄目だもう若くない!

 小走りで非常口を飛び出し大通りへ。無数の車載カメラがこちらをにらんだ気がした。


(土地かんがない、通報されたらほぼ詰みだこれ)


 駅は一番に押さえられるだろう。先んじてタクシーなり掴まえれば逃げ切れるだろうがこんな場所でモタつけば見つかるリスクが跳ね上がる。


「なんっ……っっにもしてないのにぃ!」


 あのネズミ気どり、いつかブン殴ってやる!

 激情ごと吐き出したとき電話が鳴った。


  〔着信中 傾城・フォック・シー〕


「……」

『――やぁやあ、なんかトラブってない?』

「……どうして」

『あは図星だ。いやね、アンチスレに連投されてたリンク踏んだらさ?』


 まさかあの中にいたのか。というか何でそんな場所に。


灯糸あかしの指示?」

ウチの監視はね。でも電話したのは親切心だよ。東京でしょ? ワタシの部屋に避難してもいいよ』

「……」


 信じていいのか。利害でいえば彼女が味方する理由がない。灯糸の思惑を知らない? だったらなおさら手のひらを返される危険が。


『告知は見た? あの子が作ろうとしてるのは巨大なクラスターだよ。ファンシティに加入したリスナーを演算資源えんざんしげんに変えて情報戦を支配するつもり』

「……御寄進箱クラスター


 かつて私が貧弱なマシンスペックを補うためにやっていたリソース払いのファンコミュニティ。それを今のフォロワー規模でやればどうなるか。たぶんそんじょそこらのサーバーなんて比じゃない。ユーザーのクローラー監視、敵対コミュニティを中傷するフェイク映像やデマ投稿の自動化。およそWebで他人をおとしめるほとんどの手段を無制限に行使できる。出資者にそれと気付かせないまま。


稼働かどうされるといよいよWaQWaQはおしまいだ。ワタシにだってハコへの愛着くらいあるからね』

「その割には灯糸に協力してたじゃないですか」

『なに、ヤキモチやいてるの? そりゃ今のリューちゃんには勢いがあるから。ワタシがいればこっちへ移籍できるって友達も多いし』

「やいてません」

『けど頑固ガンコな子もいてさぁ。よりによって同期なもんだから……できれば説得までの時間を稼ぎたいんだよね』


 気付けば道路へ飛び出している。分離帯ぶんりたいを乗り越え対向車線のタクシーを無理やり止めた。


「住所どこですか、配信環境あるんですよね」

『おっ、よかったありがと! 今マップ送るから。けどなんで?』

 ――疑ってたでしょ?

「……別に。言いかたが面倒くさそうだったので。同情させたいならもっと大事な友達っぽく言うだろうし」

『ふはっ! っふふ、よく分かるね。そう、ロクな縁じゃないんだけどさ』


 嫌そうな中にも親しみをにじませて、やっぱり仕方がなさそうに傾城かぶきは嘆息する。


『なんとなくね、放っとくと寝覚ねざめが悪いというか。んー』

「わかります」


 やり方が違おうとソリが合わなかろうと、一度そのイビツでねじくれた中身へ触れてしまったなら。


『泣いてるの?』

「……いえ」


 タクシーの運転手はずっと若者の交通マナーについて怒っていた。あとで連絡すると断って、私も情報収集に入る。





 着いたのは下町の風情ふぜいをブチ抜いてそびえるマンションだった。

 一帯を開発しようとしてそこで終わってしまったような、不自然な空き地に挟まれたエントランス。送られてきたワンタイムコードをオートロックに読ませてドアを開く。部屋は二階ということだけど。


「うっわきったな!」

『あ、あははー、いきなり岩手行けって言われてそれっきりだからさあ。あ、ゴミ捨てといてくれない?』

「ひいいぃー!」


 カンストした生活感が月日によってポストアポカリプス化した2DKだった。窓を開け換気扇をブン回し、ち果てた高層建築みたくなっている無糖質ビールとサラダパックの塔を解体。すっかり新世代ヅラしていた生存生物どもを虚無の心で滅殺めっさつ追放する。


「これお金もらっていいか!?」

『あー払う払う、ゴメンってホント。ワタシも頑張って工作してるからさ』


 かく座した掃除ロボットを巣にしていた一団を丸ごとゴミ袋へ放り込む。まあまあ高そうなモデルだけど知ったことか。殉職。


『あーあれあったよ、けむり出るやつ。シンクの下にたぶん』

「先に言えよそういうのは!」


 燻蒸くんじょう殺虫剤をふかしてベランダへ避難。たたんで置いてあったデッキチェアに腰かける。

 まさか東京にきて掃除する羽目になるとは思わなかった。


「……はあ」

『どしたの、失恋?』

「バカ無神経ですね、違いますけど」

『気遣ってあげてるのー、ねぇもう敬語いいじゃんやめなー?』


 低すぎる視点は柵にさえぎられ、その向こうの街並みさえ見えやしなかった。


「……灯糸って」

『んんー?』

「なんであんなに信じないんですか、人のこと。やっぱりご両親のことで何か?」


 ずっと聞きそびれていたことを聞くと、通話の向こうで息の詰まる音がした。やがてそれが何かを抑えるように吐き出される。


『それ嘘だよ』

「え……?」

『どういう境遇コンテクストが他人の警戒ガードを下げるか分かってるんだろうね。ワタシに初めて会った時は両親と姉を小さいときに亡くしたって言ってた。でもご両親は健在だしあの子に姉なんていない』

「そんな……じゃあ、じゃあなんで灯糸は――!」


 あんなに狂気的に誰かを、何かを敵対視せずにいられないのか。


『本当に分からない?』


 いつか聞いたような声色で傾城は言う。


『理由なんてないんだよ。生まれつきそういうモノで、だから原因をみつけて治そうとかってのがそもそも間違い。いい加減に認めたら?』

 ――アナタは騙されて利用されて捨てられた。


「そんな……っ……んぐ」


 目をつむって鼻をぎゅっとつまんだ。水に潜ったようにじっと息を止めてそれが過ぎ去るのを待つ。


『失恋?』

「ぷはぁっ最悪、何がしたいのマジで」

『あの子を止めてほしい』


 さらりと言われて呆気にとられた。だって今の理屈なら私にできることなんて何もない。


『生まれつきああだって言ったでしょ。だからこそわからない。スタンスが正反対の止町さんをどうして近くに置き続けるのか』


 それはそう。でもそれは。

 ホテルで灯糸に言われた言葉がよみがえった。


「……自分には理解わからないもので人と繋がってる」

『うん?』

「前に灯糸が私のことをそう言ってた。同じように人を操るクセに、って」


 私が当然に感じるものを、灯糸は見てさえいない。そう感じる瞬間はいくつもあった。

 だから灯糸は私を区別ラベルしたのか。都合のいい従属者フォロワーとして。さらにはもう使わない邪魔者として。


『んー、あ、そういうこと……?』


 しずむ思考にとらわれていると傾城が手を打つ。


『カナリア代わりにしたいのかも、アナタを。自分じゃわからない空気を察知するための、センサー的な?』


 カナリア、カナリアか。炭鉱で毒ガスを察知するための。私が迫る危険に鳴こうが暴れようが、灯糸は坑道を進むのをやめない。道を変えるだけだ。その雑な扱いが妙にしっくり来てしまった。


「……でも、今は避けられてる」

『なんだろ、無意識なのかな。でもバーチャルだけど会いには戻れそうなわけだし』


 本当に邪魔ならあの子はもっと徹底的にやる、と先輩らしい声で傾城は言う。なんて事ない物言いに、自分でも捉えようのない青臭い気分がわいた。


「この汚部屋が片付けばですけどね」

『あ! パトカーが回ってるよ! 欺瞞ぎまんしとくからね! アハハ!』


 わざとらしくキーボードをガチャつかせた傾城はとにかく、と話を戻す。


『理解できない他人ほどあの子に警戒されるんだ。そういう意味じゃ、一線を越えたことのある止町さんがストッパーとしては一番有望』

「いッ、な、なんで知って……?」


 首筋から耳が熱くなった。あー、と気まずそうな声が続ける。


『やっぱり。見てたら分かるよ、ズブズブって感じだし。知ってる? あの子って人肌ニガテなの』

「な、なんとなくは」


 平静をよそおって頷く。内心はカマをかけられたことに気付いてそれどころじゃなかったけど。


『今年の頭くらいかな。自宅近くでファンがらみのトラブルに遭ってさ。マネージャーが間に合って大事には至らなかったけど』


 一瞬で頭が冷えた。容赦なく繰り出された護身術や、キレのある身のこなしを思い出す。


『昔はそれこそ、人を油断させるために抱きついたり手を握ったりってしてたんだけど。今はアナタくらい。だから』


 動揺する私にでもね、と傾城は釘をさした。


『覚えておいて。あの子のことを好きな人間は絶対あの子に勝てない。同情も駄目。誘導されて利用される。もう分かってるよね』

「べっ別に好きじゃ……」

『ないって言いきれる? あの子が泣いて味方になってほしいって頼んできても断れる?』

「……」


 想像した。無理かもしれない。


『ぜんぶ嘘だよ。あの子には人間にスイッチがついて見えるの。どれを押せばどう動くか分かるからいくらでもその場しのぎができる。だから信頼なんて必要としてない』


 見てきたように傾城は言った。


『あの子が攻撃するのは、押せるスイッチが無くなったとき。こっちからブロックしたり敵対したり。それに気付かれたら衝突しか道はなくなる』


 好きになっても同情しても、敵対しても駄目。なら。


「私はどうすればいいの」

『わからない』

「はあ!?」

『だぁって筒火トーカちゃんってばぜんぜん素直になってくれないんだもん』

「トーカちゃあん!?」


 急な距離の詰め方にのけぞった。でもすぐにそれが彼女なりの真剣さなんだと分からされる。


『まだ好きでヨリを戻したい、じゃ話にならないよ。どうするの』

「そ、そんなこと言ったって」


 測るような、えぐるような問い。私がいよいよ使えなければ傾城だって別の手を選ばなきゃならない。けど、だって。


「……ぐちゃぐちゃなんだもん。アイツ非常識すぎて。でも、だからって放っておけない」

『それは、どうして?』


 私の中に灯糸がいるから。それにたぶん灯糸の中にも。


「あんなやり方が続くわけない。いつか必ず潰される」

『だから? 筒火ちゃんには関係ない』


 ファンシティが大きくなるほど外界との軋轢あつれきは強まるだろう。それは最悪の道だ。アイツが皆久地灯糸らしく生きるための。


「私の半分を預けてある」

『半分、ってアバターのこと? そんなの』

「アバターじゃない」


 ことさら善人でもましてや正義の味方のつもりでもない。卑怯で、自分第一で、邪魔なやつらは消えてしまえと思うこともある。でも、いいじゃんそれで。


「――あんなロクデナシでも居ていいのがインターネットだよ。私はそれが好きだったし、だからそれを壊そうとするバカを許せない」


 情報統制に悪意の遠心? 自分のクビ締めてどうするんだアホ。皆がゆるっとやり過ごしてるものを露骨にすれば遅かれ早かれ標的にされるのはアンタ自身。だから。


「灯糸は私が引き戻す。ブン殴ってでも」

『……わかってる? それってあの子と――』

 ――二度と一緒にはなれないってこと。


 きゅっと縮んだ胸のうちを服の上から握りしめた。息を一瞬止めてすぐに吐き出す。


「今さらでしょ。元からアイツにそんなつもりなかった。だから」


 大丈夫。期待しないのは得意だ。問題は具体的にどうすればいいかだけど。


『……わかった。手引きはこっちでやるから筒火ちゃんはあっ、ちょ、ごめんいま事務所なんだけど、変わるね!?』

「え?」


 変わるって誰に。


『――止町』

「ぶ、部長」

『悪かった、全部聞いてた』

「うわ、ちょっとやめてくださいよ気マズいなあ」


 私なに言ったっけ? 謝ったほうがいいかな。


『怒っていいよ、けど提案させとくれ。アンタが戻らなくても皆久地は止められる。配信途中にスタジオをダウンさせればいいだけだ』

「……それ部長がタダじゃ済まないでしょう」


 うえの意向にも反するし、何より灯糸にとって明らかな敵対だ。その場はしのげてもアイツは最優先で部長を排除しにかかるだろう。ちぃあにしたように。


『構わないよ。……構わないんだ、これ以上アンタが傷つくくらいなら』


 目の奥がツンとした。流れたものは穏やかで、今度は無理にせきとめなくてよかった。


「ありがとうございます。甘えさせてくれるなら、次の就職先とか世話してほしいなーとか」

『……アンタはさぁ』


 大きなため息に申し訳なさがつのる。でも人任せにしたって結局、いつかはツケが回ってくる気がしていた。私と灯糸はたぶんそういう巡りあわせの上にいる。


『職種の希望はある?』

「喫茶店とかいいですね。金持ちが税金対策でやってるようなやる気ない店で」

『声かけとくよ、好きに暴れて戻っておいで』

「マジですか? よっ理想の上司! じゃあもうムチャクチャやりますね!」

『おバカ。マイク戻すからね』


 ガチャッと大きな音がして声の主が傾城に切り替わった。


『……ファンシティへの入場は今のところ許可制。こっちでアクセス権をいじって道を開く。タイミングの希望はある?』


 配信までは3時間弱。準備時間としては心もとなすぎる。でも。


「掃除して、ご飯食べる。その間に考えるからいったん保留で」

『おぉ……タフだね。掃除はテキトーでいいからね?』

「防音室の床に下着おちてたよ」

『あ、それは片付けてもらって……たはは』


 パンッと頬をはたくとガラス戸を開け放った。不十分な密閉時間で死にきれなかった黒くてしぶといヤツらが群れをなして飛び出していく。白い煙が薄れた部屋に再び足を踏み入れる。


「よしっ、やるか」


 掃除機コロニーごと突っ込んだゴミ袋が暴れていたので、そっとベランダに送り出した。森へお帰り。


『ギャーッ、ご近所トラブル!』

「知らんそこまで。まだいたの」


 通話を切って床をふき、袋に分けた服と雑貨をベッドの下に放り込む。

 それで最低限、スッキリした配信部屋ができあがった。四畳ほどの防音室とパソコン、ゴーグル型デバイスにベースセンサー。

 冷蔵庫には――幸いにも――何もなかったのでコンビニへ。買い込んできたバゲットサンドをゼリー飲料で流し込んだ。


「ふう……」


 人心地ひとごこちつく。半月のブランクがあるとは思えないほど気持ちは配信へ向いていた。何ひとつ決まっていないのにやることだけは明白に自分の中にある。


(私の居たい場所)


 誰かのいない世界でも、誰かのための世界でもない。欲しいのは不自由さを笑いのめせる頼りなくて不確かな明るい場所。

 そこに灯糸もいて欲しいと願うのはたぶん大きなお世話なんだろう。

 でもやる。先に手を出したのはそっちだ。文句ないよな?


  〔イナバ已亡 重大発表 & 凸待ち企画〕


 画面におどったサムネイルを睨んだ。もう配信が始まる。

 まずはいち視聴者として。

 私は緋色ひいろの社殿と鈍色にびいろ摩天楼まてんろうのすき間を落ちていく。

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