✄もう一人のわたくし!?


ひゅぺっ、ひゅぺしっ


『んぁー、脳がツーンとしてきた。見えますわぁ、黄金の尻軌跡ヒップラインが……』


〈エナドリをパカパカ空けるな〉〈同接エグい増え方だな〉〈何で卒業でこのゲームなんだよ〉〈大丈夫だった?〉


 事務所2Fの会議室を改装したスタジオ。

 防音、壁面マーカー、モニターにAMFマイク。少ない予算でそろえるだけそろえた私の城。今は草原の仮想空間ワールドが投影されていて、金毛のしっぽが乱舞する。

 『ツーテールレジェンド』は互いのアバターに着けたしっぽをぶつけ合うシンプルな格闘ゲームだ。しっぽと言いつつ選べる武器はゾウの鼻からミサイルまで闇鍋やみなべで、物理演算もガバガバないわゆるバカゲー。

 私はリリース直後から使い続けている【金毛こんもう二尾にび】で相手リスナーの【クリーナーノズル】を叩きとばしたところ。


『さて、頃合いでしょう。前回の配信のトラブルのことですわ。ご心配をおかけしました。おかげさまで大事には至らず……この通り皆さまと話せております。ありがたいですわね』


〈マジでビビった〉〈貴重なお嬢様要素〉〈魂は予定通り変わるの?〉


 ひゅぺしっ、ぺしぺしっ


『えぇ、えぇ〈だから逃げろって言ったじゃん!!!〉と。いつも通りマウント小狐どもであふれてますわねウチのコメントは。ゲームじゃないんですから簡単に指示が通ると思わないでくださいまし』


〈無能UI〉〈あれからどうなった?〉〈このランク帯じゃもう敵いないな〉


『おらぁっ野狐旋撃フォックスピン! えー〈犯人捕まった?〉と………………捜査中です、とだけ申し上げておきましょう。とはいえ今は大丈夫ですわよ』


〈なんだ今の間〉〈腰ががが〉〈ババア無理すんな〉〈近くに誰かいる?〉


 絡みついてきた【テールスライム】を横回転の尻軌動スキルではじき飛ばし粉砕する。最高ランク帯まであとひとつ。


『さて、そろそろ本題にまいりま……あら?』


 [チャレンジャーあり]のシステムメッセージ。目の前の草むらから影が人型に伸び上がる。


〈ミラーマッチ?〉〈本題ききとうない〉〈相手ボイチャ勢か?〉


 ひゅんと舞ったのは【金毛二尾】。同武器のマッチング。相手の息遣いがかすかに配信にのる。


『度胸のある挑戦者ですわね。応じてさしあげてもよくってよ……ごきげんよう、お名前は?』

『――イナバ已亡』


 甘く澄んだ声音。ヘッドセットから流れ込んだそれに胸がひとつ高鳴る。――馬鹿じゃないのか、ただの名乗りでどうしてこうも違う。


〈来た!?〉〈あーそういう〉〈クソ可愛いが〉〈もう一人のわたくし!?〉


『〈厄介ファンか?〉いいえ、心配には及びません。わたくしも妖狐ようこのはしくれ。冬毛ふゆげが生えるように人格だって生えるもの。百年ごとにしっぽが一本増えまして、最終的には九重人格。なので今日は記念すべき二本目がね、えぇ、来てしまったというだけ』


〈なるほどね〉〈そんな若かったの〉〈泣きそう?〉〈じゃあ初代厶も続投?〉


『〈突然生えるのは設定だろ〉はい正解~、お黙りになって? さて』


 台本ブックがあるのはここまでだ。そう希望したのは他ならぬ彼女で、受けて立ったのは私。


『お尋ねしましょう、二人目のわたくし。何か言い残すことは?』


 皆久地灯糸の表情は見えない。ただこんな真似をした以上、半端なパフォーマンスでは来ないはず。けど。


(ぜぇったい負けない……!)


 せめてこの配信だけは。例え終わりは変えられなくとも譲れないものがある。私を惜しんでくれたリスナーを一人でも多く沸かせてから消えてやる。


〈バチバチで笑う〉〈交代配信じゃないの?〉〈殺そうとすな〉〈二代ムこい〉


『…………ぁ、あの、はぁっはじ、はじめましてっ』

『あ?』

『ほ、ほんじ、今日からデビューしました! 二代目イナバ已亡、です、わ!』


 なんだそれは、ナメてるのか? 初心うぶさを出すにしてももっとマシにやれるだろう。


〈ド緊張で草〉〈がんばれ!〉〈リリューシャ?〉〈HappyBirthday!〉


『うわうわ、コメント多くない? ですこと? ちょちょっと待ってね、えー』

(ん……?)


 ……違和感。は最初からあるんだけど、なんかこう、どこかで。


〈初代リスペクトじゃん〉〈初配信トレス笑〉〈そこ踏襲するんかい〉


『――っ、だあぁッお前っ!』


 気付いた瞬間わっと首元が熱くなった。こいつ、私の昔の配信の真似してやがる!

 そりゃコラボ相手の古参アピールは好感を得やすい。けど!


『ちょちょっと待ってねってなんか可愛いな、ふふ、これから使っていこうかな』

『やめろォ!』


 地獄みたいな記憶をほじくられてリアルファイトに踏み切るところだった。

 かわりに中空へ浮かぶ[ Fight ]のボタンをしっぽで叩き割る。HPゲージが伸びていく。


『〈こっちのが声は可愛いけどなw〉じゃねーんだブッとばしますわよ!』


〈結局キレてて草〉〈うるさ〉〈怒らないで〉


 接近する。さらに半回転して尻を振るった。


『このヒヨッ子狐があッ!』

『あはッ』


 犬耳と二尾が付いただけの初期アバターは、微動だにせず空のコメントを眺めていた。突然その目がこちらを向く。ついで姿が視界から消えた。


(っ、こいつ!)


 とっさにジャンプ。膝を抜いた灯糸がコマのようにブレない回転打ちを放っている。


『ハイそんなわけでー、二本目の尾として生まれまーしたっ! 皆さんこれからよろしくお願いしまーす!』


 溌剌ハツラツとした挨拶とともに屈んだ膝が、バッタのように鋭く跳び上がった。小さな尻がφの軌道を描く、これは――!


銀狐裂撃ふぉっくせーばー! できたぁ!』


 とっさに張った空中ガードを破壊される。


『おまっ、あなたっやりこんでますわね!?』

『初めてだもーん、えっへへぇ』


〈さすがに嘘〉〈うまい対空〉〈えへへ可愛い〉〈体幹ヤバくね〉


 距離をとる。ジグザグに尻を振って牽制フェイントをかけつつ。誰も極めようとは思わないバカゲーをリスナーとやり込んで見つけた最適解。それが。


『タン、タタ、タンタタタ、ここだぁっ』

『げえっ!』


 いともたやすく踏みこまれる。まるでリズムゲームで譜面を叩くように。こちらの呼吸をはかり、そして。


『わわっ本気のアセり顔みちゃった、かーわいぃ! でもこれ企画成立する?』

『ナ、メるんじゃありませんわっ!』


 乱してくる。遅れて出したカウンターを同じしっぽで絡められ投げられる。現実の体は動いていないのに仮想の視界が乱転して3D酔いを一気に加速させる。


〈企画とか言うな笑〉〈悲鳴たすかる〉〈強い新人きたな〉〈速報:声紋でリリューシャ確定 https://vcmatome.jp/....〉


 目をつむり三半規管の求めるままに床を転がって立ち上がった。


『うえぇっ……このッ!』


 迫りくるしっぽを当て勘だけではね返す。弾いた一本目の尾と二本目の軌道が交錯してXを描く。攻防一致の逆転技。


伏狐塞断フォックシャットからのぉッ!』

『ぁにゃっ?』


 暴れる二本のしっぽ。雑な物理演算ゆえにこうなるとコントロールは無理。でも。


白狐閃払フォックスフィア!』

『きゃぁあっ!?』


 その軌道から技に派生するものを見出してコールする。子供がぐちゃぐちゃに引いた線から文字らしきものを探すように。閃光がはじけ、私は灯糸の死角へと脱出した。

 灯糸が防ぎ、私がいなす。


〈今来たんですがなんでバカゲーで名勝負やってるんですか?〉〈クソ熱い〉〈運営がつぶやいてて草〉〈卒業配信が初バズりってマジ?〉


 本来十合も続けば長いはずの試合は今やその七、八倍にも届こうとしている。けど。


(くっそぉ、歴然……!)


 尾を交えるほどに感じる才能差。灯糸が初心者なのは本当だ。数日前にゲームを私が決めて、攻略サイトやマルチのマナーを説明しただけ。で、リリースからやっている私と互角。ゲーム勘が段違ダンチだし何より。


『わたくしのカラダ、そう簡単に渡すかぁッ!』

『あっははは! 強がっちゃって、無理やりされなきゃ濡れもしないくせに!』


 語彙ごいとタイミング。無邪気な後輩キャラでまとめながら、時折びっくりするくらい強い言葉を使う。腹黒さを積極的にデフォルメして押し出すようなキャラ付けは前にコラボしたときは無かったもの。それがウケている。でも私だって――っ!?


(嘘でしょ、なんで懐に……!)


 灯糸の姿が再びかき消えた直後。

 リスナーからは私が無防備に踏みこまれたように見えただろう。灯糸はという離れわざをやった。大きくステップし、振り向ける私のVRゴーグルの端を正確に把握して数ピクセル分外れてみせた。

 恐ろしいのはそうしながらも彼女のしっぽが五芒星を描いていたこと。


天狐フォック旭光昇サンライズ! とぉりゃあぁっ!』


 狐尾が金色の炎となって燃え立つ。ロマン技らしいタメの長さはしかし、こう距離を潰されればちょっと冗長な死の宣告でしかない。視界がまばゆく塗りつぶされ、わずかに残っていたHPバーが砕け散る。光の中に朱筆で[ 天 狐 ]の書き文字が浮かび上がった。


〈すげええ〉〈おいさっきなんて言った?〉〈魅せ技で勝ちやがった〉〈ブックだとしてもクオリティ高い〉〈NTR?〉


 見たこともない速さで流れるコメントをへたり込んで眺める。終わった。当初の予定通り。私は積み上げてきたすべてをぶつけて負け、リスナーの関心も奪われた。

 どこかホッとしている自分がいる。


『はぁ、皆さん……っぁぐっ?」


 最期の挨拶をしようとしたとき、腕をひねられ視界ゴーグルを奪われた。仮想バーチャルから現実リアルへ。床にうつぶせにされた私の目の前に、灯糸のゴーグルが脱ぎ捨てられる。


『やったぁ、乗っ取り完了~ぃぇいっ!』

「ちょ……」


 ここまでやるか。そりゃエンタメとしちゃ盛り上がるだろうが反感だって同じくらい買いかねない。二代目あかしに魅力を感じられず、ただ初代わたしを惜しむだけのファンだっているはずだから。……いるよな? いて?

 まあ、とはいえ。


「待ってぇ!? 挨拶もまだなのにいやぁああ!」


 それは灯糸が決めることだ。敗者は役割ギャグに徹しよう。しめっぽいのが無いのはそれはそれでだろう。だいいち足を引っ張った、なんてコイツに思われたくない。


「あははっ、お姉ちゃんイムは妹にカラダ取られて泣いちゃったりしないよねぇ?」

「やだあ! がえじてっ、まだやるの゛ッッ💢💢」


〈卒業配信ですよね?〉〈いつもの悲鳴〉〈めちゃくちゃ煽るな〉〈今日も情けなくて嬉しい〉〈これが生存競争か〉


『っよし! かぶった、かぶりましたわ! 新人のゴーグルですけど……今コメントで笑ってるやつら卒業しても忘れんからなマジで!』


〈じゃあ笑うね〉〈床舐めながらキレるな〉〈笑笑笑〉〈往生際って知ってる?〉


 あぁこのクソボケども。最後まで変わらなくて嬉しいのはお互い様だ。こんな時でもよくいつも通り楽しんでくれた。私が圧倒的に面白ければこの関係も続けられたろうに、本当にごめん。


『卒業? するの、イムちゃん?』

『するんだよ誰かのせいでな! というかあなたもイムちゃんでしょうに』

『いやいや、そうじゃなくって。しなくてよくない? マジメな話ね』

『は……ぁ?』


 私を尻に敷いたまま、ゴーグルをずり上げて覗き込んできた灯糸にとてつもなく嫌な予感を覚える。


〈どうした急に〉〈これ台本?〉〈しなくていい!〉〈お前が来たからだろ〉


『ううん、あたしだったら絶対イムちゃんを辞めさせたりしない。イムちゃんがいなきゃ、ここにだって立ってなかった。みんなもイヤだよね? イムちゃんはこんなに可愛くてカッコいいのにさ』

『お、おま、なんですって……?』


〈それはそう〉〈流れ変わったな〉〈やめないで!!!〉〈もしかして元ファン?〉


『ねぇ、逃げちゃおうよ。アカウントごと全部もってさ。立ち上げからずっと一人でやってきたって言ってたじゃない。あたしたちならフリーでできると思う』

『ば……ッ何言って!?』


〈アウトー!〉〈おい配信止めろ〉〈選挙前やぞ〉〈やばいヤバい〉〈駆け落ち?〉


『初代と二代目、一緒だっていいじゃない。二人ならもっと面白いことができる、でしょ?』

『はぁ、ふざ……っ自分より配信えするヤツとコンビなんて組めるか!』

『えっへへぇ、まーそれは否定しないけど?』


〈そこかよ〉〈そうじゃない定期〉〈最低な理由〉〈うるせェ、組もう!〉〈魂はみでてんぞ〉


『でもぉ、フリーじゃなくたって場所はあるでしょ? ピピー党とかホニャホニャ党とか。あたしもイムちゃんも別にここの政策に賛成ってわけじゃな――』

『ウェイクアップ 蜃楼シェンロー、ライブを終了して!!』


LIVE END!

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