✄キッズだ!?

 公私の別というのは重要だ。

 特に私たちのような人種は、オンレコとオフレコをわけないと大変なことになる。悪意のあるなしを問わずげ足をとろうとするやからはたくさんいるし、SNSの写真ひとつからでも人を差別主義者と糾弾することはできる。

 つまり何が言いたいかと言うと。


「公共の場! ここは公共の場です!」

「なんですかぁ? 膝の間に中学生を座らせるのがそんなにワイセツだとでも?」

『お二人とも~とりあえずハッチを閉めた方が~』


 伸ばした手でアクリルのドアを閉めると狭い室内が消灯する。一瞬おいて周囲の壁を這うネオンパイプがぼんやりと光りだした。巨大なゲーミングPCの中のような空間。


 ――タクシーが着いたのは郊外にあるネットカフェだった。

 灯糸のスマホに映った幼女キャラに言われるまま、偽名で別々の席をとったはず。


「アンタの部屋のほうが広かったでしょーが!」

「ちょうど天井に監視カメラあったんですよ、最悪」

『ここは一人部屋ですから追手もかわしやすいかと~。あ、逆方向のロードビューイングに偽のクルマ走らせときましたぁ』

「一人部屋じゃなくて一席って言うんだこれは!」


 私があてがわれたのはいわゆるVRシート。

 ロボットのコックピットみたいな筐体が座席を覆い、前方は九面液晶になっている。手元はスティックコントローラで広いとはいえず、完全に特定ジャンルのゲームプレイに特化している。天井も開いてないし防音もされているが、宿泊用ではない。


「というか何気にスゴいこと言った? 公益車載中継ロードビューイングを?」

『はい~。仮想の車載カメラちゃんたちにAI合成したタクシーと道路のビデオを読ませて51%アタックを~。交通量の少ない道を選んでるので多数的正当性マジョリティーを獲れますし気付かれにくいかと~』

「あーわかんないわかんない。ちぃあはそういう切り貼りとか得意なんですよ。ていうかビデオって、古っる」


 座った足の間にすっぽり収まった背中がおかしそうに痙攣する。うっすら浮いた背骨の感触と、肩幅の狭さに脳がバグりそうになる。あれ、キッズだ!?


『あぁ~お姉様ひどい! くすんくすん、どうせちぃあはオジサンですよ……』

「おじ……?」

『あぁ~いえっ精神的にってことですよ~モチロン!』


 空色のスモック服からはみ出た指先がわたわたと振られた。

 スマホに映るキャラクターは、フワフワのくせっ毛に黄色く発光するUFOっぽい帽子。両サイドに着いた二つのパラボラアンテナがネズミの耳を思わせる。


依炉いろりちぃあ、って知らないですか。同期なんですけど」


 灯糸がなにか企むように振り返った。


「いや、最近の子はあんまり……」


 そもそも【WaQWaQ】は外部コラボをあまりしない。大勢のVCを抱えているのでわざわざ外に繋がる意味が無い。個性豊かなシビリアンたちがそれぞれに引っ張ってきたリスナーが、内部コラボを通じてやがてグループ全体のファンになる。

 その閉鎖性もあってあまりアンテナを張っていなかった。


古参面こさんづらやめてくださーい。ファンサイトありますよ、えーと」


 ぷいと前を向いた灯糸がスティックコンを傾ける。超大画面に普通のPCデスクトップやWebブラウザが表示されてるのはすごいムダ遣い感。


『もぅもぅお姉様、わざわざいいじゃないですかぁ』

「いいからさっさとボイチェン切りなよセンセー」

『ひぅ』


 冷たく切り捨てたのとホームページが立ち上がったのは同時だった。非公式のVC紹介サイト。【WaQWaQ】に所属する五十人以上の一覧の中に『依炉ちぃあ』の名前はある。クリックすると基本情報の上に最新のハイライトムービーが再生された。


〈バーチャル美少女受肉おじさん〉〈もう中年しか推せない〉〈これマジ?〉


 小さな体をめいっぱい使ってゾンビと戦う幼女。角材に振り回されながらブン殴り、バズーカ砲を逆さに持って背後を吹っ飛ばし、踏んだゾンビに足を掴まれ泣きじゃくる。絵面はコミカルで実際プレイはヘタだ。むしろ必死さがウケているらしく。


〈ゾンビになりたい〉〈幼女より幼女らしいおっさん〉〈おやつ(タバコ)〉〈お昼寝(整体)〉〈いったん業務に戻るか?〉


 ウチとは別ベクトルで治安の悪いコメントで盛り上がっている。内容を裏付けるようにプロフィールには『中身は男性』と明記されていた。


『よろしいでしょうか』

「うわ」


 くぐもった男の声にのけぞる。発信元は画面のロリアバター。


『すみません。隠すつもりは無かったんですが。職業病で素性を明かすのに勇気がいるんです』

「いやまぁ、そりゃ……」

「なに色気づいてんの? さっきみたいに喋っていいんだよ?」


 どこにでもいそうな中年男声はためらう気配の後。


『はわぁリュシャお姉様ぁ、入口に警察がきてますぅ』

「っ」

「ぐ」


 通話を切り、シルエットを消すようにしがみついてきた灯糸のひざが下腹に入った。息を殺して続報を待つ。

 すぐ外のマットを踏んで行く気配がした。


(……だから軽いって)


 全身にかかる体重にやめてくれと思う。年長者なんてガラじゃないんだから。

 けたたましいコール音がスマホから響いた。


「「~~~~ッ!」」


二人で奪い合うように脇に置いたそれをむしり取り、画面も見ずにブチ切りする。

直後、インスタントメッセージが届いた。


〈すみません、冗談でした〉

「ふっざけんなあのオヤジ!」


 声を荒げて跳ね起きると灯糸は通話を繋ぎなおした。


『ふぇえ、怒らないでくだしゃいぃ』

「あっはセンセーってば、キモさは免罪符じゃないよ?」


 二人がやりあっているのを聞きながら長く息を吐く。画面に表示された情報をスクロールして追っていく。


「ねえ、その先生って?」


 探しても分からなかったことを訊ねると口論が一瞬止んだ。


『えっと~、ちぃあの本来のお仕事は新人VCさんの研修でして~』

「スパイなんですよこの人」


 まったく違う二つの答え。見比べた私に何か言おうとしたちぃあを、灯糸の指がミュートする。


「情報教導、っていうのを受けさせられるんです。事務所に入ると」

「……メディアリテラシー的な?」

「そうです。反感アンチコミュニティを分断して瓦解がかいさせたり、逆にファンから信者を作ったりするノウハウですね」

「何もそうですじゃないが!?」


 私の知ってるメディアリテラシーと違う。


「VCは情報戦争プロパガンダの一形態ですから。あえて対立を煽ってトレンドに載ったり、失言したフリして沼にハメたり、できないといけないんですよ」

「考えたこともないんだけど……」

「ほとんどのVCは形だけ真似た後追いです。ただエンタメ配信者が政党に飼われてるだけ」

 ――あなたも。


 見下ろす目が言っている気がした。だとしても腹も立たないけど。


「VCの本質は新しい意識分断イデオロギーを創り出すこと。世界の裏側を切り分けて社会を越えた対立を生むことにあるのに」

「……革命家に足をつっこんだ覚えはないよ」

「あはっ、自覚がないほうが悪質じゃないです?」


 ディスプレイがスリープして部屋のあちこちに影が生まれる。ぼんやりしたスマホの明かりがかえって灯糸の目の色を鮮明にした。


「あなたがいる。それだけで投げられた票は本来の役目を果たしません。政治意向を反映しない票を量産する存在は民意を漂白してしまいます」

「それは……」


 否定できない。一度はぶつかる批判だ。私はあくまで業務の一環だと深く考えないようにしてきたけど。


「あたしたちは民主主義の破壊者ですよ。でも力を持つにはこれが一番簡単です」

「そこまでして何を……」

「さあ。弱いよりは強い方がいいでしょう? 先行き不安な時代ですし」


 矛盾だ。不安を消すために世の中を壊してどうする。

 ふと、灯糸の言葉が耳によみがえった。自分の道を曲げさせない、そう言った彼女は今よりも真剣だった気がして。


「で、そのために日本でどうすればいいか、バーチャル世紀末まっしぐらな企画をねったのがこの人です。はいセンセーどうぞ」

『……参ったな。ここまで印象を悪くされると。君なりの独占欲なのか?』

「やだぁキモチワル、勘違いオジサンとかサイテーですよ?」

『いや、そっちじゃ……まぁいい。イナバ已亡氏、今は初代氏と言った方がいいのかな』

「どちらでも。なんですか」


 自然と言葉にトゲがでる。別に灯糸にノせられたわけじゃないけど。


『リュシャの話はだいたい真実です。僕は日本人ではないし、WaQWaQのとは別にちょっとした仕事を受けてもいる。でも誤解しないでほしい。僕の目的は社会の破壊ではなくバリアを取り払うこと。既得権益きとくけんえきに都合よく貼られたレッテルをはがして真に自由な言論の下地を作ることに――』

「そんなことはどうでもいいです」


 国とか社会とか言論とか、そんなものを目指してやっていたわけじゃない。


「配信は自由なものです。皆が」


 そこだけでもう方向性が違うと思えた。


「そりゃ、つまんない奴や空気の読めない奴もいますけど。アンチだって来ますけど。それも含めてエンタメなんです。表じゃない裏側の、人の面白くもなんともない部分を笑い話にできる場所」


 トイレの落書きも同然と言われたインターネットがそれでも続いてきた理由。それは自由そのものが楽しかったからだ。リアルで溜めに溜めたものを吐き出して、よくもここまでと少しだけスッキリするような。その快感は自分も他人も関係ない。


「そんなはき溜めでまで分断だ対立だってやるならいよいよお終いです。そんなのがVCの本質なら私はマネの後追いでいい」


 真偽も陰陽も混じり合った共通無意識。日々タイムラインを流れていくあおり合いも泣けるいいハナシも、自分わたしの心を映す鏡でしかない。


「ボンヤリしてるからいいんです。誰もマジメに受け取らないから、私たちは好きな形でいられた」


 メタバースなんて発想がそもナンセンスだ。せっかくの不定形カオス現実リアルのコピーにしてどうするという。

 幼女はその容姿に似合わない遠い目をした。


『確かに。でもそれは世界的な潮流だ。SNSの爆発的な大衆化とそれにともなう防御意識リテラシーの低下。僕らがその一端を担っていることは否定しない。けど一つ誤解を解いていいなら、僕自身は日本の土俗的なネットカルチャーを愛している』

「……まあ、それは」


 身じろぎに反応して画面がスリープから復帰する。押し寄せるゾンビを拠点ごと爆弾で吹っ飛ばしたちぃあが半べそでクエスト報酬を受け取っていた。


『祖国は貧乏だ。こんな仕事でもしないと家族を養えない。けどそれはそれとして日本のキャラクターコンテンツにはすさんだ心を救われたし、健全に発展してほしいと願っている』

「願うのはタダだもんねー」


 胸元から灯糸が茶々を入れる。


「センパイ、騙されちゃダメですよ。キャラ配信を道具に選んだのもこの人なんですから。教科書にのるレベルの迷惑ファンです」

『リュシャ、キミは本当に優秀な生徒だな……』

「うーん」


 灯糸の頭上で腕を組んだ。どうも話が大きすぎる気がする。


「……いったん置きます。ネットも私たちも現にこうなっちゃってるわけですし。味方なんですよね?」

『あぁ勿論。リュシャは教え子だし、彼女いわくスパイの僕にとって政党間のゴタゴタは願ったりなんだ。もちろんこのまま行方をくらましたいなら尊重するよ』


 僕はキミたちのファンだから、と幼女がサムズアップする。信用ならないが情報源にはできるだろう。灯糸の言うことだけを鵜呑うのみにするのもそれはそれで危険な気がするし。


「えーセンパイ優しいんだぁ。基本ぜんぶ口先ですよ、その人?」


 どの口が、と内心で毒づく。第一。


「アンタ最初から使う気でしょ、この人のこと。だったら私の考えなんてどうでもいいんじゃない」

「ぇ」


 そうだろう。じゃなきゃ紹介する意味がない。分からないのはあえて悪印象へ誘導したこと。

 灯糸は鼻をつままれたような顔をした後、気を取り直したようににやりとした。


「ぇえー拗ねてます? ココの矢印そんなに太くないですよぉ?」


 自分とちぃあを指さしてにやつく。


「な、そんな話してな……」

『リュシャお姉様ぁ、ビミョーにブーメランっぽいで――』


 何か言いかけたちぃあとの通話がブチ切られる。そのままオレンジのマニキュアが画面を滑ってメッセージを送信した。


「あの人は外注のフェイクボット業者くらいに思えばいいです。いろいろ頼めますよ。いいパソコン持ってますから」

「え、あぁ情報戦ね。うーん……」


 いまいちピンとこない、というか気乗りしない。


「ニブいリアクションですね。今だって相手がその気ならあることないこと拡散されてるんですよあたしたち」


 ピコン、とメッセージ音。

 スマホに目を落とした灯糸が手元でモニターを操作する。

 つぶやき型SNSのホームに『新生★イナバ已亡(仮)』なる新規アカウントが開設されていた。


「名前ダサ……見せたほうが早いと思いますけど、その前に初ツイートだけしちゃいますね」


 スティックのトラックボールが転がされると画面のテキストが伸びていく。


___________________________________________________

イナバ已亡@人格生えました!VCivilian @Inaba_Imu_MK2


バトンタッチ配信、バタバタしちゃってごめんなさい!

今後の活動は初代ムや、協力してくれる人たちと相談して決めます!

もちろんみんなとも!

はいっじゃあここで初代ムからひと言~? ↓


 午後10:11 · 203▯年11月13日·Twitton for WebApp

 🔁 ‐ 👍‐  💬‐

___________________________________________________


↑ いまさらいい子ちゃんするな可愛い。とのこと。🤔❓


 午後10:12 · 203▯年11月13日·Twitton for WebApp

 🔁 ‐ 👍‐  💬‐

___________________________________________________


「おい」

「これ! っぽくないですか? センパイ言いそー!」

「前半だけね、捏造ねつぞうツイやめな? ていうか言ったのアンタじゃん」


 どういう誘導をやってるのかフォロワー数はすでに伸び始めていた。


〈無事でよかった〉〈爆発したPCからツイートしてます。頑張ってください〉〈ちょっとほだされてて草〉〈早く謝りに行け〉〈初代ムもともとあざとい系好きだもんな〉


 おい人の性癖をバラすなフォロワー。そんな可愛いもんじゃないぞ。


「パッと見そんな荒れてなさそうだけど?」

「こっちの出方しだいでしょうね。だから玉虫たまむし色のツイートにしました」


 つぶやきを読み返す。活動はする、でもどこで誰とやっていくかは明言していない。


「センパイの党的には今、訴えたりしたくないハズです。あたしたちを切り離して減るのは自分とこの票ですから。ただ東新党ウチがどう動くかは……」


 灯糸が言葉を切って画面にのめり寄った。ツイートにぶら下がったリプライのうち、爆発的にリアクションを増やして上位へ詰めてくるコメントがある。


___________________________________________________

傾城・フォック・シー @Kabuki_Fox_Sídhe_WaQWaQ


 はぴば!🌟🎊 コラボしよーっ!🎉🎁


 午後10:13 · 203▯年11月13日·Twitton for iPhome

 🔁1.2万 👍4.8万 💬238

___________________________________________________


(あれ、この人)


 覚えがある。そうか、灯糸と同じ事務所だったんだ。

 直後、待っていたようにダイレクトメッセージが届く。

 本文なし。ただ同アカウントのツイートが張り付けてある。


____________________________________________________

傾城・フォック・シー @Kabuki_Fox_Sídhe_WaQWaQ


 さっき知りあったお友達とごはん🙏🏻🍶  めちゃカワイ~❣💕💖


 午後10:11 · 203▯年11月13日·Twitton for iPhome

 🔁3.8万 👍10.1万 💬316

____________________________________________________


 添えられた写真。居酒屋のカウンター。実写の人間と入れ替わった3Dキャラクターが自撮りに腕をのばしている。あちこちスリットの開いた道士服をまとった凛々しい美女。もう一方の手が奥の席に座った誰かの腰へ回されている。

 どん、と反り返った灯糸の後頭部が胸を叩いた。


「やられましたね、どうやら白黒つけないとダメらしいですよ」


 絵文字のスタンプで顔こそ隠れているものの、パンツスーツを盛り上げる隆々とした肢体は見間違えようがない。


「何やってんですか部長……」


 赤ら顔で口端をゆがめる笑顔が浮かんだ気がして私は片目を手で覆った。


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