✄知りたいなって

 神経をすり減らした一戦目とはうってかわって。

 二戦、三戦となごやかな雰囲気でコラボ配信は終了した。

 公園のパーキングに音もなく滑り込んできた妙に長いタクシーに乗せられるまま東北のちから党事務所へ戻る。


 ――ようこそ此度このたびは――


 玄関では見覚えのあるようなないような爺さんが人をズラズラと従えて待っていて、傾城かぶきにバカ丁寧なあいさつをしていた。


「センパイなにしてるんですか」

「え、ダメもとでPCのデータをあさろうかなって……」

「明日にしましょう、まだ乗っててください」


 目と鼻の先でドアが閉まる。灯糸あかしと二人になった車内へ、傾城がちらりと物言いたげな視線を寄こした。





 カチチ、とテーブルグリルに火が入る。

 橙色だいだいの明かりに照らされた二人掛けの個室。巻き上げた髪をバンダナでまとめた店員のお姉さんが湯気のあがるマグを焼きあみの縁に並べた。


「ジンジャーハニーウィスキーとホットワインです」

「えっとぉ、エビと真イカとシャモ、あとチーズフライとアヒージョセットくださぁい」

「待て待てまてオイ未成年!」


 勝手に人の名前で予約したまではいいとしてさすがに看過できない。

 連れてこられたのは駅前からひとつ小路を抜けたダイニング。登美部長に一度連れてきてもらって以来たまに来ているご褒美的お店。


「えーじゃあセンパイにあげます。スミマセン追加でジンジャーレモン、アイスで」


 オーダーするとマグを押しやってくる。妙に素直だと思いながらホットワインに口をつけた。ふわっと頭全体を包む酒気。じっと見つめる視線に気付いて。

 

「なに?」

「ステキなお店ですね。部長さんが言った通り」


 やっぱり情報源はそこか。だろうと思ったけど。


「あの人とはデートで来たんですか?」


 温められた香気にむせる。口の上を濡らしたワインをぬぐうと反論した。


「あのねぇ! そういうのじゃないったら、私は――」

「わかってますよ。でも部長さんはそのつもりだったんじゃないですか?」

「んなワケ……」


 いや、どうだったのかな。そうかも。私はあまり考えずおごりだゴハンだと喜んでついてきた気がするけど。


「センパイって人の心のキビにうといですよね」

「あっアンタにだけは言われたくないけど!?」

「じゃああたしがどういうつもりで誘ったかわかります?」

 ――。


 見返した目の底。気付いてはマズい何かがあるような気がして手をかざした。


「打ち上げでしょ」

「ハズレでーす、あ」


 運ばれてきた焼き物を二人してもくもくと網へ並べていく。すぐにエビが赤くなって縮こまるのを灯糸が転がした。


「――ところで」


 二つ目のマグが半分になったあたりで灯糸が切り出した。


「今日流されたあたしのリーク、どう思いました?」


 気分のよかった脳に不快な記憶が浮いてきたのを思わずアルコールで押し流す。


「どう、って」


 まず抱いたのは疑念。それから怒り。

 真実なのか、と。そして一瞬でもあんな一方的な記事に心を傾けた自分への。

 あとは――。


「ほとんど本当でいっこウソなんですけど。わかります?」


 答えを待たずに重ねて灯糸。焦点のぼけた目をムリヤリ彼女に合わせて考える。

 何を聞かれたか二回ほど忘れながらなんとか答えに行きついた。


「……勝手に辞めた、が嘘でしょ。傾城が最初にねじ込んできた事だし」


 向けられるいたずらな笑みが心なしか満足げに深まった気がして、続ける。


「アンタがそんな隙を作るわけない」

「わぁ、ひいき目ですね?」


 白々しく目が細まった。倫理のないAIでも謙遜けんそんはするらしい。


「あんま読んでないんだよ、気分悪くなるし」

「でも、ちぃあに拡散させたでしょう?」


 ふわふわとした空気がスンといだ気がした。


 ――別にいいんですけどね?


 表情で嘘をつくな。煽ってすかしてを生態にしているようなコイツがこんないかにも何気なにげない顔をすることが逆に異常だ。

 間を取ろうとマグに唇をつけた。


「……アンタでもそうしたでしょ」

「そんな! 下手したらフォロワー全ロスのイチかバチか、あたしにはとても!」

「なぁによ、謝れっての?」


 わざとらしさに辟易へきえきして言い返すと。


「いえ。ただ理由が知りたいなって」


 センパイの言葉で、と灯糸は組んだ手にあごを乗せた。少なくとも責めようという感じじゃない。

 ゆっくりと吐いた息は鼻の奥をピリピリさせる。目を落とした先でエスカルゴとサザエが香ばしいあぶくを吹いていた。


「……消火は効果がなさそうだった。どうせ止められないなら利用するしかないから」

「それでネット中があたしたちを悪く思ったとしても?」


 まあ、その危険はあった。非難ひなん擁護ようごが悪意をぶちまけ合うコメント欄を見た時の、吐き捨てなければ収まらない不快感を思い出す。同じように目を背けたユーザーがきっと大多数で、それでも。


「トイレの落書きなんて、だかひとつで吹っ飛ばせる」

「んぐ」


 信じた。灯糸のパフォーマンスと、何よりアレに釣られてくる連中の弱さを。

 ぼっちでオタクで自意識過剰で、それでもお金や恋人や褒めが欲しい愛すべきロクでなしども。人の悪意にばかり敏感な彼らは、けれど誰よりと蹴っ飛ばしてくれる存在を求めている。

 灯糸のような。


き溜めは汚いほうがつるがキレイに見えるでしょ」

「ぷはっ! 食事中なんですケド、くく」


 堪えかねたように灯糸は吹き出した。

 つい言葉が汚くなったけど、まぁ言いたいのはそういうことで。

 灯糸は自身がとびきりの鶴だと証明した。そのフォロワー数は現在、傾城とほぼ同数。本当にさらってしまった。あの観客すべて、それ以上を。


「止町先輩」

「んぁっ、な、なに改まって」


 うっかり沈みかけた意識を手繰り戻した。灯糸を見返す。

 手品みたいにその組んだ手から光がこぼれ出た。チェーンつきの銅プレート。

 表面に打刻された数字が、まるで脱出ゲームで引いた正解パスのように見える。

 こぼれ落ちたルームキーが私の方を向く。


「あとに、部屋をとってあるんです」


 でこぼこした表面に歪んだ、呆けた顔が映っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る