✄エピローグ
〈昨日のアーカイブなんで消されてんの〉
〈マジかよ初代(笑)出るならリアタイしたのに〉
〈ただの痴話喧嘩だった〉
〈ヤバいとこカットして上げ直すらしい〉
〈ぜんぶカット、て……コト……?〉
〈違法切り抜きあがってるぞ〉
〈だから最後に来たヘラ女誰だよ!!!〉
〈重大発表!とか言っといてグダグダな内輪ネタで見るに耐えんかった〉
〈自★未遂して後任の足引っ張るVCがいるらしいwww〉
「……ぐす、」
有人タクシーの後部座席で鼻をすする。
イナバ
「ごみどもが……」
運転手がじろりとミラーを見た。それが
愛想笑いのついでにアイメイクを確認して車を降りた。
午前1時。東京からめいっぱい時間をつかって帰ってきた〔東北のちから〕本部事務所は慌ただしい空気に包まれている。選挙直前なうえ昨日の配信はいくつかの計画を白紙にしたんだろう。
気配を消しながらオフィスに入りタイムカードを押した。
「っはょざまー……ッス」
「おはよう
目ざとく立ち上がってきた
「お慈悲ををを」
「なら働きな、サーバールーム。ちょうど復旧が済んだとこだから」
詳しくは向こうで聞け、と追い立てられる。
「昨日の配信」
踵をかえしたところを呼び止められた。
「見てらんなかったよ。ああいうのは裏でやりな」
「部長……」
振り返って見た顔がなんだか幼くてまばたきする。大きな手がドアップになって前髪を潰した。
「わぶ」
「ホラ行きな。ここにいるとタヌキ爺どもに絡まれるよ」
突き放されてオフィスを出る。もしかすると面倒な聴取から遠ざけてくれたのかもしれない。
一階のサーバールームをノックする。疲れ切った返事があった。
「うぁ~い……って、きゃーっ
「ぐえ」
冷却シートの匂いがする頭が押し付けられる。抱きついた
「ありがとう! よく食い止めてくれた! ウチのゴキ大発生を!」
「そっちかよ、いやそっちもだけど!」
「全バーチャルシビリアンの危機もね。こっちはまあ、継続中だけど」
まさかあんなオチになるとはねー、と組まれたその二の腕へ拳をあてた。
「な、なに?」
「いろいろありがとう、サポートとか」
「ワタシは大したことしてないよー。センセーじゃない?」
傾城が部屋の奥に視線を流した。薄暗い三畳ほどの、スチールラックにサーバーマシンが並ぶ室内。
その隙間に細長いマッチョがはさまってタブレットを叩いている。
「ひぃだ、誰!?」
「ちぃあちゃん」
「嘘つくなよ! あいつもっとキモいだろ!」
「…………
「うわぁ急に喋んな!」
あまりのことについハンドバッグを投げつけてしまった。ヨーロッパ系のスッキリした目鼻立ちの寸前でそれを受け止めて、彼は平然と手渡してくる。
「驚かせてすまない。けど僕のような男にモバイル入りの荷物を触らせるのは感心しないな」
チャコールグレーのスーツはややくたびれていて、厚い胸板は近づくとヒノキのような香りがした。
「習性でね。つい何もかもスキャンしたくなってしまう」
目の前にきたアゴを殴ったら、床に転がって大人しくなった。
「筒火ちゃん何か
「いや……カッとなって気付いたら死体が」
「わあ、いっちゃんアブないやつ」
「それより説明して」
って言ってもね、と傾城は苦笑。
「なんか逃げ出してきたから手伝ってもらってるだけだよ。ちょうど修羅場だし」
「Guh......そうだ、こんなことならもう一日遅く来ればよかった」
「大丈夫なの信用して?」
傾城が置かれたPCデスクへ座りなおした。
「さっきワールドの初期化が終わったところなんだ。コラボしてくれた子たちの建物を今から再建して、リスナーがアップしたデータも順次反映していく。センセーにはテスト以上の権限は渡してないから平気だよ」
「……リスナー、のも?」
意外な言葉に虚をつかれる。両手がはしっと握られた。
「そう!
まるで自分のことのように喜んだ傾城はふっと目を細める。
「たぶんね、あーちゃんも思うところがあったんだよ。昨日の配信で。もっとリスナーの意見も取り入れていこう、みたいな?」
「……いや」
どうだろう。そんな素直なら苦労ない気がする。多分――
「誰の話ですか?」
「ひきっ」
脇からのぞいたホワイトベージュのセミロングに跳び上がった。
「あーちゃん? 今日ガッコって言ってなかったっけ?」
「リモートで済ませました。ちょっとこの人借ります」
「私の意思!」
引きずられるようにサーバールームを後にする。出勤してまだ一度も座ってない。ぐいぐいと先を進む形のいい後頭部を眺めながら、そっと息を吐いた。
―――――――――
――――――
―――
――
「ぷ、ぁ」
くだけてしまった腰がシンクの扉をずり下がった。給湯室の床はひやりとしていて、そこから不純な熱が流れ出ていかないかと私は期待する。
「会いたかったです、センパイ」
「っはぁ、どういう、意味で……っ」
連れ込むなり人のスイッチを押しまくって抵抗力を奪った分からず屋は、首の両側から耳の裏側をなぞった。
「お礼をするのにバーチャルじゃ物足りないでしょう?」
「いっ、いらないそんな、ぅむふっ」
小さな唇の輪郭が私のそれへ吸いつくと、途端に大きなものに感じる。二つの仲のいい生き物がはじけるように蠢いて入り口を割ると、つるりとした舌が押し込まれてくる。
「……そんな嬉しそうな顔しないでください。やる気なくなっちゃう」
さりげなく前へずらした舌をかわされた。言うわりには
「ところでセンパイってやっぱりレズってことでいいんですよね?」
「……わかんないよ。好きになったのアンタだけだし」
瞳孔の開いた瞳がぱちぱちと瞬いた。
「あたし大好きなのは認めるんですね」
「そんなの、意味ないでしょもう隠しても」
「なくても利口な人は言わないんですよ」
うるさいな。どうせ感覚で生きてるよ。
「どこが好きなんです?」
「はあ?」
「もっと従順になって欲しいので、参考に」
「そういうふざけたこと言ってるヤツには教えない」
「本心ですけど」
だから悪いんだろうが。キョトンとするな。
「……素直になったつもりなんだけどな」
タイツに包まれた膝がすとんと私の足のすき間に着かれた。
「いきなりいい子にはなれないよ」
クイズのヒントをねだるような上目遣い。騙されんぞ。敬語はずす時はたいてい企んでるんだから。
「あー……その、自分カワイイって信じ込んでる態度とか?」
「それだけ?」
「に、人形みたいなのに腹黒いトコとか」
「悪口?」
「っちが、ぅ、そういうアンタだから……っ」
なりふり構わず奪いにこられるのが嬉しい。それが究極的にはぜんぜん性的じゃないのも、ちょっとヘンだけど悪くない。接触も会話の延長、とか言えば犯罪的な歳の差から目を逸らせるだろうか、ダメかぁ。
「もっと見たい、他じゃ出さない表情とか」
ともかく、私が代わりに要求するのはそういうもの。よくわからない彼女を知るためのひとかけら。そうやってお互いがお互いでいっぱいになれば、ケンカなんて鏡を殴るようなものだから。
ぷち、と胸のボタンが外される。
「いくらでもどうぞ」
癇にさわったのか微動だにしない表情筋の上で目だけがふつふつと沸いている。ブラウスの内側に滑り込んできた手を捕まえた。
「だからさ、アンタも。それ一辺倒じゃなくてさ」
考えろって。昨日も言ったじゃん。必要だと思えないなら私が
「もうちょっと真剣にやってみな? 挨拶とか世間話とか」
そういうひときわマトモなことを。利口すぎるアンタがすっ飛ばしてきたことを。
「そしたら私はもっとアンタが好きになるから」
狂人の真似をすればすなわち狂人という。平凡なことの積み重ねが本心まで変えるとは思わないけど、トライ&エラーには意味がある。私を突破するには
「面倒ですね」
「世の中ってめんどくさいんだよ。だから程々に回ってるの」
できればその偏りにアンタが意味を見つけられますように。そしたら世界征服だって付き合ってあげる。
「お尻、痛くないですか」
「……っくふ、あははっ」
そっちの膝だってキツそうだ。私は灯糸を抱きしめると、背中が汚れるのも構わずに倒れ込んだ。
卒業のち、世界の為のざつだん。 みやこ留芽 @deckpalko
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