✄もうオチてるくせに

【第2セントラルストリーマービル......】

【投票表决......〔51:3〕落选了!】


 空にシステムメッセージが大写しになった途端、足元のステージが崩れて落ちる。

 【蜃楼都市】はもともと都市計画を可視かし化するために作られたもの。最初こそプロパガンダ色が強かったもののプラットフォーム化にともない民主化した。【投票表決】いわゆるコンペ機能もそのひとつ。


『ねーいらないよねあんなの。じゃーねセンパイ!』

「おまっ、お待ちなさい!」


 参加者が都市計画について案を出し合う。観衆はそれに投票する。今のやり取りでは私の【案】に灯糸あかしの【対案】がぶつけられてリスナー投票で圧勝した。


「【汎用はんようビル群‐1】!」


 更地と化したスペースの隣にハリボテのビルを召喚する。対案を出される前に屋上を蹴ってまた次のビルへ。


『それも【更地】!』


【投票表决......〔51:2〕落选了!】


 ジャンプ先が消失する。過半数が早すぎる。訓練されすぎだろリスナー脳死か!?

 灯糸が手を掲げる。


『【大火鹰たーほーいん】!』


 巨大な不死鳥が夜空を燃えあがらせて現れた。干渉性のオブジェクトだと予想。仕様による焦滅しょうめつなら【ロンギヌス】のカウンターは発動しない。だからってこっちから撃てばそこで話は打ち切り。

 【対案】は間に合わないし意味がないだろう。現状9割以上のリスナーが灯糸を支持している。


「――磐座イワクラ――抜荷ヌケニ――制札セイサツ――摩利支天/マリシテン」


 急降下してきた大鳥に喰われる寸前、あらゆる属性タグをはぎとった私は干渉範囲から辛くも逃れた。ワールドの法則からさえ見放され固定フリーズした肉体アバターが、世界の裏面へちる寸前で属性を取り戻す。

 背後でアスファルトの地面がマグマのように融解ゆうかいした。

 即座に新たな地面とビルを召喚して跳躍ちょうやく


「ご覧なさい、こういう癇癪かんしゃくを起こしますのよこの子! なんでも任せていたらいつか大炎上やらかしますわ!」

『センパイが勝手なことするからでしょぉー!?』


 まずは絶望的な支持率をどうにかしないと始まらない。


「――触穢ソクエ――抜荷ヌケニ――廃嫡ハイチャク――丑御前/ウシゴゼン」


 天高くターンして再来する不死鳥。竹冊ちくさくを三枚にぎりこんだ手でそのくちばしを殴りつけた。瞬間、翼も鉤爪も何もかもが私と地面をすり抜けてワールドの彼方へ消失する。

 タイミングを間違えば自分もああなっていたかと思うと胸がヒュッとした。


「わたくしは先輩。二代目かのじょには自由に、けれど長く安全に楽しんでほしい。その気持ちはみなさんも同じはず」

『大きなっおっ世っ話ぁーっ!』


 炎塵えんじんを切り裂いて降ってくる大上段。


『【黄鉞えくせきゅーと】!』


 のけぞった鼻先を長柄斧ポールアクスが通り抜けた。衝撃で画面がチラつく。地面を是非ぜひもなく砕く優先度いりょくに鳥肌がたった。マズい、この距離は灯糸の独壇場どくだんじょうだ――!


『配信をやめたセンパイに、あたしたちのことがわかるワケない!』

「っ」


 足元にビルを召喚して無理やり上昇。


「やめてない! アンタが邪魔にしたんでしょ!?」

『ウソつかないで。勝手に距離おいたくせに』


 だるま落とし式に根元をられて慌てて次へ飛び移る。


「それはっ、ついてけないと思ったから」

『ほら嘘。被害者ぶらないで、素直に嫉妬シットしちゃうって言ったら?』

「な……っ」


 出した足が空をきる。投票がどんどん早くなってる。ちぃいっリズムゲーじゃねえぞお前ら!


『最初に言ってたもんね。自分より配信えするあたしとコンビなんて組めないって』


 着地狩りに斧槍が突き込まれる。左足を刺されて理解した。

 その特性は消去。管理者権限を伸ばしてサーバーキャッシュからデータを消去する神の消しゴム。

 画面ブレのあと片足が消失する。


「つあ、違う! あれは……!」

『何が違うの? オトナぶって文句つけて。気に食わないんでしょ?』


 自動で【クダギツネ】が展開しなければ全身もっていかれていた。データをアップしなおすには再ログインすればいい、けどその切断を見逃す灯糸じゃない。


「……超ファンだよ」


 腹をくくって間合いをはかった。たまたま観客を背にして追い詰められたせいで灯糸の攻勢が止まる。


『また嘘』

「本当。じゃなきゃしないし、させない」


 売り言葉に買い言葉でつい言い返してしまった。呆れたように灯糸が小首をかしげる。


『……いいオトナの初めてにそんな担保たんぽ力あります?』

「はっ初めてじゃないが!?」


 ていうかボカせよ振ったの私だけどさあ!

 疾風。長柄斧を変化させたアサルトナイフがふところへ飛び込んでくる。


『ファンだったら尊重してよ。厄介さんなのかな?』

ぉっ、ファンっだっ!」


 前に同じ手でやられていたのがさいわいした。へたりこんで胴ぎをかわすと這うように逃げ出す。


「目の前で火遊びしてる妹をほっとく姉がいるかあっ!」

『あぁあーうるさ。保護者ヅラやめてくださーい』


 頬をかすめる刃輪チャクラム。急上昇した負荷に、全身のセキュリティがざわめくのを感じる。続く背後の風切り音に横っ跳び。


「だったら相方として――!」

『だからぁ。半月も無視しといていまさら』

「毎日!」


 リアルのほうが息切れしてきた。デタラメにビルを召喚してその影へ。


「毎日いっしょに配信する! これから! だから聞いて!」


 はりついてきた足音が止まる。


『いや、毎日はメーワクだし』

「じゃあいつでもっ、朝でも夜でも何てつ耐久でも呼ばれたら行くから。それなら迷惑じゃないでしょっ?」


 隣のビルが同じくらいのデカさのハンマーにぺしゃんこにされた。


『そういう問題じゃなぁい! クチ出してくんなって言ってるの!』


 それが外れたんじゃなく外されたとわかって、私は口を加速させる。


「なんにも言わないよ、普段は。アンタは好きにやってるのが面白いし」


 言葉は確実に響いている。灯糸にじゃなくリスナーに。建てたビル群がまだ無事なのが証拠だ。灯糸もそれに気付いているから強い手段に出られなくなった。


「ただ新しいシステムがもし、アンタの理想を外れたら修正するだけ。誓うよ」


 というか、上からいろいろ言ってくる連中がウザいってのは共通認識なんだから。


『教えてくれればいいじゃん。二つ目のビルなんて必要ない』

「それじゃ何かあったとき、アンタひとり燃えちゃうでしょ。リスクヘッジだよ」


 リスナーの感情をあおりたてる灯糸は短期決戦を得意とする。理詰めをしようとするなら、論点のすり替えやレッテル貼りで泥沼どろぬま化される前に決めないといけない。


『信用できない! センパイはいっぱいお給料もらってるもん!』

「一度はぜんぶ捨てて逃げてあげたでしょ?」

『あれはっ、あたしのセクシーさに釣られただけだし』


 何言ってんだコイツ。まあいいや。


「なおさら安心じゃない」


 ちょうどいい。これは言い合い関係なく伝えたかったこと。


「アンタ以外にはなびかないってことなんだから」

『そっ――』


 灯糸に対抗すれば排除される。好きになれば利用される。ただ排除と利用は両立できないけど、対抗しながら好きでいることはできる。

 人によってはそれを好敵手ライバルと呼ぶかもしれない関係。


『――んなのわかんないもん!』

「本当に?」


 問題はそのどっちつかずが灯糸の世界観に認められるかということ。

 残ったビル群を撤去した。


「わかるでしょ、アンタなら」


 アバター越しだろうと読み取れるはずだ。さっきからどんな顔で喋ってたと思ってる。

 コメントなんてとっくに怖くて見れない。それでもアンタに理解させられるならそれでいい。


『……』


 まばたきほどの視線の交わり。

 灯糸が手のひらを突き出す。とっさに一歩下がると背中が透明な壁にぶつかった。


「っ、おま、あ!」

『わかんないよ、なんか疲れてる?』


 羞恥で後ろ首が燃え上がった。距離を詰めた灯糸の腕が横の逃げ道をもふさいだ。


『口だけなら何とでも言える。約束だって』


 リアルでも防音壁に背中がぶつかる。カチカチと後退のスティック音がむなしく響く。


『んー? どうしたの?』


 被捕食者しょくりょうが最期に見る景色。


『今、なんかカッコいいこと言ってたよねぇ?』


 駄目だ、この目にのぞき込まれただけで腰が砕けそうになる。あぁもう需要にガッチリ噛み合いすぎだろ失恋ソングか!?


『ね、そんなにあたしのこと心配?』

「そりゃ……」

『嘘。あたしならやれるって思ってるクセに。この距離で隠し事できると思ってるの?』


 うるさい、肝心なことはサッパリ伝わってないくせに。


『今ならわかるよ。嫉妬ヤキモチはヤキモチでもあたしにじゃない。みんなにでしょ?』

『あたしと遠くなるのがなんだ。ホントに厄介なんだから』


 違う、そんな話をしに来たわけじゃない。


『大丈夫。あたしはどこにもいかない。みんなと一緒に大きくなって、誰にも負けないようになって、それで』


 でられた頬がリアルでそうされたようにゾクゾクする。本心がけて見えるのはお互い様だ。


『センパイを飼ってあげる。好きな配信をさせてあげる。あたしはセンパイのファンだから』


 全部が全部ウソだった。口からでまかせで私を懐柔かいじゅうして最悪の選択をさせようとしている。


『本物のタワマンにも住みたくない? ていうか一緒に住も? センパイが毎日いてくれるならあたし良い子になるよ?』


 でも、だっていうのに。


『交換条件だよ。センパイのワガママを聞くかわりにあたしのお願いも聞いて』


 悪意にまみれたキレイな言葉が、ジンジンとお腹の底を圧す。

 吐き出す唇の蠢きが目を釘付けにして離さない。


『センパイと一緒ならもっと大きくなれる。あたしたちは二人で一つ』


 ぎらぎらした瞳に吸い込まれそうになる。


「し、んじられない」

『元からでしょ? 誰も信じてないし期待もしてない。自分のことだって。だからアンチにも鈍感だし、顔だってさらせる』


 刃輪のかすめた箇所から顔が崩れ始めている。タグを貼り替えるも止まらない。


『あいまいでも穏やかな世界? 逃げてるだけじゃない。汚くて痛いから薄目うすめしか開けなくなった可哀そうなセンパイ。ブッサイクな笑顔向けられる人たちも迷惑でしょ』


 うろこをはがすように傷口をなぞる指先。


『わかってるよ、どうしようもないことばかりだったんだよね。でもいいの、これからはあたしが決めてあげる』

『おっきな目標、中ボスにラスボス。エンドロールに名前だって出るよ。あたしのイチバン大切な人』


 ピンクの舌がちらちらとのぞく。小さな魔女のもっとも強力な下僕は、彼女に従うだけでどれだけの達成感と快楽を得るだろうかと、考えて。


『ねぇ、いらないでしょ信頼なんて?』


 あぁ、気付いてしまった。

 私のなりたいものはそれで、だったら私という意識すら必要ない。

 でもそれはあまりに無責任で自分勝手で――


『――ほら、もう誰にも見えないよ。あたしにだけ聞かせて?』


 崩れてなくなった頭を抱きしめて灯糸が囁いた。


『ぜんぶこわして、あたらしい世界にいこう?』

「ぅ、あ」


 ずっと彼女を待っていた気がする。認められない。ありがとう。ふざけるな。連れて行って。わからせないと。取るに足らない。ロクでもない。わたしを。アンタに。

 相反する気持ちがせめぎあっている。しがみつくように腕を回す。灯糸が小さく嘲笑した。その息遣いさえ暗いよろこびへ変わろうとする。


「うれしい、よ」


 打算じゃない。本能的な生の気持ち。


「お願い」


 今だけは彼女に私が必要で。けど後には古いバージョンデータのように捨てられると理解したから。


「わすれないで」


 最悪の願望があふれた。灯糸が暴いた私の根幹で、ずっと叫んでいた胸のうち


 ――私は、私の爪痕を残したいだけ――


 死んでなお消えたくないという衝動。

 奪われても捨てられても、せめて最期にぬぐえない爪痕おもいを抱かせたい。

 それが他人わたしを顧みない彼女せかいの無二になる唯一の方法だと知っているから。


『は……?』

「緊急停止/スクラム――Longinus/ロンギヌス」


 灯糸がはじけるように離れた。その背後では光槍が私へ照準を定めている。 


「アンタの言うとおり」


 私は取るに足らない。厄介だし真剣に生きていない。周りを変えようとしてるぶんアンタのほうがエラいよ。


「だから、アンタににはこうするしかない」


 頬をさわる。すっかり崩れた頭部の下には透過処理されたテクスチャの素地だけが残る。まるで穴があいたようなその奥に――見つけた。


『う、』


 輝くプリズムの眼球を掴み出す。奥行きのある瞳孔の一筋一筋が描画処理の過程でグラフィックボードの脆弱性ぜいじゃくせいをつくスクリプトへと変換される呪いの目。


垂瞼妖ヴィイ、なんでセンパイがそれを――!』


 ちぃあからコピーして奪ったそれを私は、


大人オトナをからかうからだよ、ばぁか」


ひっくりかえして自分の顔へ突っ込んだ。自分でも驚くくらい湿った声が出たけど無視する。

 周囲へ走る亀裂ノイズ。複雑なプログラムで詳しくはわからない。でも確かなのはこの目が閉鎖的なネットワークに穴をあけるということ。視た者をその橋頭保バックドアへ変えてしまうこと。

 真っ黒な泥が視界をうめつくす。それが自分の首から噴き上げていると気付いて気分が悪くなった。

 指は地面まで伸びて垂れ下がり、下半身はゲル状に変質している。踏んだだけでアバターを狂わせるURLが流れ込んできているらしい。

 でも、それすら先触さきぶれに過ぎない。


「っ、あ゛、ぐ――――ッ!」


 耳に流し込まれる頭のおかしい音量の、もはや何の音かすら判別できないなにか。それが無限に拡声を繰り返された罵詈雑言だとわかった瞬間ゴーグルをむしりとろうとして、強い締め付けに阻まれた。ボタンで緩むはずのオートフィットが暴走している。【ロンギヌス】を強制停止した私はもはやあらゆるウィルスの温床でしかない。

 文字通り耳を覆いたくなる合成音声が爆音で流し込まれる。ケミカルな虹色のフィルターが、歯噛みして睨んでくる灯糸をぐにゃりと歪ませた。


「っ、ふふ、どっちがブサイクですって!?」


 耳がやられているせいで声量がバグってるかもしれない。でもきっとこれが最期の言葉。

 初代イナバ已亡は死ぬ。灯糸が支配しようとしたネットの悪意によって。


「最後の引継ぎですわ新人! そのチンケな胸にお刻みなさい!」


 事故は世論作りに利用されるだけかもしれない。さらなるネットへの失望ムードを生むために。

 でも。


「誰より強くなりたいなら、敵のいない世界を作りたいなら――!」


 きっと死に様は人の記憶に残る。完全で潔癖な世界の小さな瑕疵キズとして。それがいつかこの閉じた世界を破ると信じているから。


「アンチくらいッ! 自分の目で見てブロックしてみろおッ!!」


 自分と違う意見、話の通じないヤツ、害意に悪意、あって当たり前だ。

 論破してスルーして蹴散らし轢き潰せばいい。アンタならやれる。でも。


『……あたしが逃げてるって言いたいの?』

「そうだよ! アンタ自分のこと好きな相手以外ロクに見ないじゃん、このオタサーの姫!」


 やれるなら、やれ。機械まかせにするな。それが責任をもつってことで、アンタに一番足りないもの。


「なかったことにしないでよ……私だってアンタを応援してたかった」


 いつの間にか爆音が消えていた。泥で覆われた私の表面に灯糸の指が触れている。

 想定内だ。今度こそ私は消滅する。灯糸へ伝う呪いの奔流。

 彼女の背後で光槍ロンギヌスがその暴威をあらわした。妖眼ヴィイの持ち主たる私もろともに刺し貫こうとして――


『――緊急停止/スクラム――!』

「……はぇ?」


 粒子となって砕け散る。まさか、そんなことしたら。


『馬鹿にしないで』


 灯糸のアバターが激しくチラついた。汚染から外見を守るためにものすごい速さでアップロードを繰り返している。


『これくらいでぇ、センパイを、諦めたりっ、しない!』


 だけどそんなのは無駄な抵抗だ。流れ込むマルウェアは無数で、デバイスのセキュリティだけじゃまったく対処できていない。


『もうオチてるくせに、ウッザい、なんで思い通りにならないの?』


 お互い様だろ、オチてないし。というかこのままじゃアンタまで……あぁ、そうか。


『やめさせない! みんなで、ふたりで戦って勝つんだから!』


 これもパフォーマンスだ。瞬時に私の意図を理解してそれを防ぎにきた。

 間もなく初代わたしが殺されて、かかげた理想は否定される。完全で潔癖な世界なんて無いと。でもそれさえ踏み台に変えてしまう方法がある。

 当代あかしが運命を共にすること。


『相方なら、ファンならッ死ぬまで一緒にいろぉ!』


 不完全でも失敗でも、投げ出さない覚悟を見せさえすれば求心力になる。ひきいられる側からすればこれ以上の資質カリスマはないから。

 灯糸が体当たりするように私へ重なった。アバターが泥に飲み込まれる。


「……マジか」


 不可能だと思っていた。だってここは灯糸が嫌悪した混沌そのもの。消えるのは私一人で、残された彼女は忌まわしい記憶キズとしてそれを抱え続けるしかないハズで。


『――、』


 極寒の視線が私を射抜いた。鼻が重なるほどの距離で。トクン、と胸がひとつ高鳴る。それは早鐘の最初の一音。


『覚えておい、――ッ!?』


 刹那、濁流だくりゅうが私たちを押し流した。さらなる汚泥が、呪詛が、かせが降りかかり一瞬で右も左もわからなくなる。聞こえた嘔吐おうとの音が自分のものか違うのかさえ。


(――っあ、かし)


 求め、腕をさまよわせる。バーチャルのそれは何の感触もとらえられなかった。


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