第29話 元勇者の魔王、ドナドナする

 王都外へと通じているという洞窟の一通路を抜けた先は、草むらの中だった。


 その光景に既視感を覚える。


 やはり似ている。


 かつて薬草採取に訪れた草むらに似ているのだ。


 あの場所にも穴が空いており、地下は規模こそ違うが洞窟となっていた。


 あるいは、あれもこの洞窟に連結される途中だったのだろうか。


 その時に捕えた盗賊たちと、今回の商人や冒険者たちの証言から、いずれ真相が明らかとなるかもしれない。


 そういえば、あの草むらのそばに犠牲となった魔物たちのための石碑でも建てたいと思っていたのを思い出す。


 正式な物はまだ無理だが、せめて簡易的な石積みだけてもこしらえて、冥福を祈るとしよう。


 人間が亡くなった際には墓が用意されるが、魔物たちにはそれも無い。


 いずれ王都にも、命を落とした魔物たちのための墓が建てられると良いのだが。


 いや、それこそ今建設中の組織の一角にでも造って貰えば良いかもしれない。


 これは結構良いアイディアに思えてくる。


 今度、相談してみよう。



「――あら? ダーリンたら、何か良いことでもあったのかしら?」


「え?」



 横合いから掛けられた声に思考を中断させられた。


 声の主はケンタウロス――セントレアだ。


 渋いオッサン声のオネェ口調で、そう尋ねてきた。



「いえ、良いことというか、良い思い付きがあっただけですよ」


「……成程ね、皆まで言わずとも分かっちゃったわ。ズバリ、アタシたちの将来についてでしょう?」


「全然違います」


「まぁ! それじゃあ、他のオンナとの将来について考えていたってこと!? キーッ、許せないわ!」


「それも違います。頼みますから、少し落ち着いてください。ただでさえ、もうすぐ王都に入るんですから」



 興奮気味のセントレアをそうさとす。


 流暢に会話が可能なのはありがたいが、如何せん癖が強いというか、騒がしいというか。


 スライムたちの声は俺の頭の中にしか聞こえないので、精々が俺の独り言になるだけだ。


 ブラックドッグとは、そもそも会話が成立していない。


 ……そういえば、スライムとセントレアは会話できるのだろうか。



「――セントレア、少し聞いても良いですか?」


「あら? 何かしら? 何でも聞いて頂戴! ちなみにスリーサイズはその目と体で直接たしか――」


「――いえ、それについては結構です。アナタは他の魔物と会話することはできますか?」


「他の魔物と? それはまぁ、言葉が通じる限りは可能ね。言葉が通じなければ無理よ」


「そうなんですか? では、例えばスライムとは会話できないんですね?」


「無理ね。だって喋れないでしょ、アレ。基本的に人間と同じ言葉が話せないと、会話は無理ね」


「……成程、そうでしたか」



 魔物同士とはいえ、そういった個体差というか、魔物だからと一括りにはできないのだと改めて認識させられる。


 やはり、先だって受付嬢さんと魔物とのコミュニケーション方法について話し合ったのは無駄では無かったということか。


 ――と、バッグの中がモゾモゾと動くのを感じた。



『オソト、マックラ!』


『イツモノ、フクロ!?』


『ドコカニ、オデカケ?』



 それと同時に、頭の中に声も聞こえてきた。


 スライムたちが起きたようだ。


 既に朝と昼の中間ぐらいの時刻だろうか。


 早朝から連れ回していた割には、随分と遅い目覚めだったようだ。



『オナカ、ヘッタ!』


『ゴハン、マダカナ!?』


『オヤマ、イクカナ?』



 空腹を訴えてくるスライムたち。


 声を掛けてやりたいところではあるが、今は周囲に兵士たちが居る。


 俺とセントレアから少し距離を取りつつも、囲むようにして同行している。


 下手に声を掛けて、スライムたちの存在が露見するのは避けたい。


 セントレアと一緒に預かって貰おうかとも一瞬考えたりもしたが、セントレアとは違ってスライムたちは人間と会話できない。


 そして、先の会話から分かったが、セントレアとも会話ができないらしい。


 そんな環境に預けるのは流石に酷というものだろう。


 組織の建物が完成するまでは、今までどおり俺が匿うことに決めた。


 バッグを外側からなだめるように軽く叩いてやりながら、できるだけ早く済ませるため、気持ち速めに足を動かす。






 既に王都内の店は殆どが開店するか、準備中だった。


 大通りを行く俺たちを、というより、セントレアを見て、住民たちが騒然とし始めている。


 パニックに陥らないのは、兵士たちがその周囲を固めているお蔭だろうか。


 皆が遠巻きに、こちらを注視しているのが分かる。



「まったく、アタシの美しさは罪作りね。こんなにも注目を集めてしまうなんて」


「……注目されているのは事実ですが、対象こそ同じでも、理由は違うと思いますがね」


「あら、ダーリンたら、ヤキモチかしら? そうやって愛は増々燃え上がってゆくのね!」


「…………」



 己の身を掻き抱き、くねらせている筋肉の魔物。


 こちらを注視していた住民たちが、一斉にこちらから距離を取る。


 周囲の様子に気が付いていないのか、セントレアは妄想に旅立ったまま帰ってこない。


 その方が幾分静かなので、そのまま王城へと急ぎ向かう。






 城門では、兵士たちが待ち構えていた。


 魔物の姿を確認した彼らは、一様に緊張感を増している。


 兵士の一人が進み出て声を発した。



「魔物を護送頂き、ありがとうございました、勇者殿!」


「いえ、それでは保護をお願いします」


「ハッ! お任せください!」


「……ちなみに、城門内の何処で保護する予定でしょうか?」


厩舎きゅうしゃの一部を空けて、保護用の柵などを新たに敷設中となっております」


「……そうですか」



 まぁ、無難な場所だろうか。


 問題はセントレアの反応だが――。



「あらやだ、お馬さんと一緒の扱いなの!? 失礼しちゃうわね!」


「ヒィッ!?」



 セントレアの声を聞き、先程の兵士が短い悲鳴を上げる。


 余り期待できそうに無い人選のようだ。



「――とはいえ、ダーリンにこれ以上迷惑を掛けるわけにもいかないわね。いいわ、しばらくの間、ご厄介になるわね」


「あ、あぁ、是非とも大人しくしておいてくれ」



 そう、何とか言葉を返す兵士。


 セントレアが本気で暴れれば、兵士は文字どおり蹴散らされることだろう。


 保護とは一体何なのか、そう思わなくも無い力関係ではあった。



「それでは、俺はこれで失礼します。セントレアのこと、よろしくお願いします」


「……は? せんとれあ、ですか? この魔物のことでしょうか?」



 当惑気味にそう聞き返してくる兵士。


 そこにすかさずセントレアが口を挟む。



「そうよ! アタシがセントレアよ! ……まさかとは思うけど、何か文句でもあるのかしら?」


「ヒィッ!? で、ですが、この魔物はケンタウロスではないんですか?」


「アタシ、その呼び名嫌いなのよね。全然可愛くないし、アタシには似合わないと思わないかしら?」


「……はぁ? そ、そうでしょうか?」


「そうなのよ! だから、ご先祖様にならって、アタシのことはセントレアって呼んで頂戴!」


「???」



 いまいち理解が及んでいない様子の兵士。


 一応補足しておく。



「何でもご先祖様が使用した薬草が、ケンタウロスを由来としたセントレアという名前らしくてですね、その名前で呼んで欲しいそうなんです」


「そ、そうなんですか」


「お手数ですが、そう呼んであげてください」


「わ、分かりました!」


「では、改めておねがいしますね。セントレアも、くれぐれも大人しくしていてくださいね」


「毎日会いに来てくれないと、アタシの方から会いに行くからね、ダーリン!」


「それは止めてください。できるだけ顔を見せに来ますよ」


「絶対よ! 約束だからね! 嘘を付いたら奪うからね、色々と!」


「…………」



 何故、俺は脅迫を受けているのだろうか。


 遠ざかる俺に、城門内から手を振り続けるセントレア。


 あれがオッサンでさえなければね。


 風になびくポニーテールが、一際そう思わせた。





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