第4話 元勇者の魔王、スライムの棲み処探し

 下水道を後にしつつ、スライムの棲み処について考える。


 取り敢えず、王都の近辺は駄目だ。


 王都周辺は敵の襲撃に備えて、一帯が見晴らしの良い平野になっている。


 それに加えて、魔物が近場に生息しないように、定期的に平野の外にも討伐部隊が組まれている。


 更には、冒険者たちも王都周辺でクエストをこなしているわけだ。


 見つかれば当然討伐されてしまうだろう。


 かといって近場のダンジョンも駄目だ。


 こちらも冒険者の格好の餌食だ。


 人間が寄り付かず、人間にメリットの少ない場所が望ましい。


 うーむ、すぐに思いつくのは、人間が暮らすには不向きな場所。


 高山や砂漠、溶岩地帯や極寒地帯とか辺り。


 しかしそのどれもが、近場には無い。


 流石にこんな初期防具のまま、しかもレベル1で遠出するなんて、いかに平和になったとはいえ死にかねない。


 命は大事にするべきだ。


 近場で良さ気な立地はないものか……。


 灯台下暗し的な王都の下水道はスライムたちが嫌がっているし、そもそも既に人間に見付かっている。


 王都でもなく、近場でもなく、しかし遠出はできない。


 ……無くね?


 うん、駄目だ、思いつかない。


 諦めるわけにはいかないが、さてどうしたものか。


 無い知恵を絞りに絞ってみるが、何も良い案は出て来ない。


 ふと気が付けば、中央広場へと辿り着いていた。


 何故か周囲の人々は俺から距離を取っている。


 そのことを疑問に思いつつも、視線を彷徨わせる。


 と、大通りの先、遠くに王城が見えた。


 瞬間、閃きを得る。


 ――あれだ!


 要は討伐されなければ良いのだ。


 かと言って、隠れ棲むような場所は無い。


 であれば、隠れずに棲めば良い。


 その上で、身の安全が保障されているのであれば。


 早速、王城へと向かう。






 久方ぶりの王城だ。


 王都に住んでいるとはいえ、そうは王城に来る用事などありはしない。


 それこそ、魔王討伐以来になるかもしれない。


 城門を潜り抜けようとしたが、そこに門番から制止の声が掛かる。



「止まれ! 貴様、勝手に城へ入ろうとするな! 何用だ!」


「えっと、王様にお願いをしに――」


「ふざけるな! その身なり、精々が駆け出しの冒険者風情だろうが! そんな者が王に謁見などできるはずがなかろうが! 分かったらさっさと帰れ!」



 言葉に被せるようにして、一方的に怒鳴られる。



「いえ、俺は勇者――」



 と言いかけて気付く。


 そう、最早勇者ではなくなっているのだった。



「勇者がどうしたって? まさかとは思うが、自分が勇者だとでも言うつもりじゃないよな? このご時世に勇者を騙ったところで、報奨なぞ貰えんぞ」


「……元勇者、です」



 正直に告げた。



「ハッ、何が元勇者だ。いいから、さっさと帰れ。いつまでもここに居られると邪魔なんだよ」



 それも軽くあしらわれてしまう。



「いえ、本当なんです。本当についさっきまで勇者だったんです」


「……貴様もしつこい奴だな。あまり聞きわけが良くないようなら、投獄することにもなりかねんぞ?」


「…………」


「偽称を咎めず、見逃してやるんだ。分かったのなら、さっさと帰れ」



 さて、どうしたものか。


 力づくで押し通るのは論外だろう。


 何せレベル1だし。


 兵士は冒険者よりも弱い。


 それでも、門番相手にすら余裕で負けることだろう。


 では、勇者の証を立てるのはどうだろう。


 とは言っても、装備は全てとうの昔に売り払ってしまった。


 間の悪いことに、ギルド証も更新してしまったため、身の証足り得ない。


 しかも今は魔王なのだ。


 そんなギルド証を見せようものなら、それこそ投獄されかねない。


 勇者としての俺の姿を覚えている者も、今ではそう居ないだろう。


 現に、この門番には分からないらしい。



「おい、いつまでそこに居るつもりだ? さっさと退け!」



 いよいよ我慢できなくなったのか、門番が立ち退かせようと近づいてくる。


 かと思いきや、顔を歪めて立ち止まってしまった。



「臭ぁっ!? ゴホゴホッ、き、貴様、凄い悪臭だぞ!」



 鼻を摘み、慌てたように距離を取る。


 そういえば、下水道から直接王城へと赴いていた。


 もしかしたら、道中でも周囲に悪臭を振り撒いてしまったかもしれない。


 思い返してみれば、周囲から距離を取られていたような気もする。


 皆さん、御免なさい。


 でも、これも命を救うためなんです。


 そう心の中で謝罪と言い訳をしつつ、門番を見やる。



「とんでもないな、貴様。もう、頼むから帰ってくれ」



 懇願されてしまった。


 涙目になっている様を見るに、余程今の俺は臭いらしい。


 このまま王様に謁見したとしても、上手く事は運ばなさそうだ。


 ひとまずは宿屋に戻り、風呂に入ってから出直すべきか。


 ……宿屋の女将さんの反応を考えると恐ろしいが、致し方ない。



「風呂に入って出直して来ます」


「いやいやいや、もう二度と来るんじゃあない!」



 そう門番に言葉を残し、踵を返して宿屋へと足を向ける。






 宿屋に入ってすぐ、魔王とエンカウントした。


 ――いや、魔王は俺か。


 目の前の女性は、残念ながら魔王にはなれなかったらしい。


 絶対に天職を間違えていると思うのだが、一度転職場の石板を試してみていただきたいものだ。


 そんな魔王にはなれなかった宿屋の女将が、俺を見て口を開く。



「まだ日も高い内に此処に戻って来たんだ。当然、首尾よく金は用意できたんだろうね、えぇ!?」



 至近距離での恫喝に、思わず失神しそうになる。


 物言いだけ聞くと、金貸しのそれにしか思えない。


 実は職業を偽ってはいやしないだろうか。


 余りにも迫力がありすぎる。


 絶対に一般人ではない。



「どうなんだい!? 何とか言ったらどうだい!」



 思いがけずも現実逃避をしかけていたが、更なる追撃を見舞われ、強制的に意識を引き戻された。



「…………まだです」


「えぇ!? 何だって!? もっとハッキリと喋りな!」


「まだ、です」


「……金を用意できてもいないってのに、ここに戻って来たって言うのかい? 勇者ってのは自殺願望でもあるってのかい?」



 え、何?


 俺、宿代の滞納で殺されそうになってます?


 勇者とか軽く捻り潰せる感じですかね?


 ナニソレコワイ。



「いえいえいえ、今クエストの途中で、酷く汚れてしまいまして。一度風呂に入りたいな、と戻って来た次第です」



 クエストが事実上失敗したことには触れず、そう言い訳をする。


 真実は時に人を傷つける。


 この場合、傷つけられるのは勿論俺だろう、物理的な意味で。



「風呂ぉ? ――って、臭っ! ちょっと、そんな悪臭を漂わせて、アタシの宿屋に臭いが移ったらどうしてくれるんだい!? さっさと風呂に入ってきな!」


「ハ、ハイ!」



 どさくさ紛れに風呂へ入る許可が貰えたので、速やかに風呂場へと向かう。


 と、そこに声が追い縋って来た。



「それと、あんまり湯を無駄遣いするんじゃないよ! ただでさえ金払ってない身分なんだから、身の程を弁えな!」


「わ、分かりました!」



 釘を刺された俺は、逆らうことなく湯を節約し、手早く臭いを落とした。


 風呂から上がり、そこでハタと気づく。


 服が臭い。


 しまった、服も装備も臭いが付いていた。


 これを着てしまえば、また臭くなってしまう。


 申し訳なく思いつつも、洗濯籠の中へと臭いの元を全部放り込む。


 そして宿屋の女将に見つからぬよう、下着姿のまま、素早く自室へと移動する。


 流石に屋内とはいえ、全裸での移動は躊躇われたためだ。


 長年培った気配察知、気配遮断を如何なく発揮。


 誰の目にも触れることなく、自室へと滑り込む。


 急いで代えの服に着替える。


 できれば身なりを整えたいところだが、当然そんな金はない。


 仕方がなく、このまま再度王城へと向かうことにした。






 眼前には城門、そして二人の門番。


 そう、門番が増えていた。


 俺の姿を見るなり、二人掛かりで俺を追い返そうとしてくる。



「本当に来やがったのか! 帰れ帰れ!」



 先程の門番がそう言いつつ、俺の腕を掴んだ。


 そしてそのまま引っ張ろうとしてくる。


 かに思われたが、一向に引っ張られる気配がない。


 不思議に思い、相手に視線を向けると、当の本人は顔を真っ赤にして引っ張っている様子だった。


 訳が分からない。


 魔王に転職したとはいえ、レベル1の俺よりかは門番の方がレベルは高いことだろう。


 それなのに、力負けしているのだろうか?


 この体たらくでは、最早、門番失格だ。


 その様子を見かねたのか、もう一人の門番も、反対側の腕を掴んできた。


 同僚と同じように顔を真っ赤にして引っ張っている。


 だが、やはり何の抵抗を感じない。


 どれだけ非力だと言うのか。


 いかに世界が平和になったとはいえ、腑抜けが過ぎるというものだ。


 努力を怠っているとしか思えないその様子に、何だか無性に腹が立って来たので、門番には構わず城門を潜ろうとする。


 すると門番の二人は、俺に引きずられるようにしてついて来た。


 結局、王城の入り口まで不格好な装飾を引きずったまま向かうのだった。





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