第5話 元勇者の魔王、王と謁見

 王城の入口に差し掛かったところで、またしても兵士に見咎められた。


 とはいえ、今回は仕方がない。


 何せ、両腕に門番を引きずっている有様なのだから。



「何だ貴様!? 賊か!? そこで止まれぃ!」



 大人しく言うとおりに立ち止まって見せる。


 引きずられて来た門番たちが、ようやく手を離してその場に崩れ落ちる。



「な、何なんだ貴様は!?」


「馬鹿力にも程があるぞ!?」



 いやいやいや、違うでしょ。


 どう考えても、君たちの鍛え方が足りないんでしょう。


 この国は一体いつの間に、これ程平和ボケしてしまったのか。


 元勇者としてだけではなく、いち国民としても嘆かわしい限りだ。



「門番が二人揃って何をふざけているんだ! さっさと持ち場に戻れ、この馬鹿者共が!」


「で、ですがこいつは――」


「この不審者は自分が対応する。それにどう見ても、お前たちの手には余るだろうが! ほれ、駆け足!」


「「ハ、ハイ!」」



 兵士に怒られた門番たちは、走って城門まで戻って行った。


 この場には俺と兵士の二人だけになる。



「……妙に堂々とした不審者だな。貴様、一体何者だ?」



 答えにしばし考える。


 門番には魔王であることを伏せていたが、よくよく考えてみれば、冒険者ギルドに確認を取って貰えば、元勇者だと証明できるはずだ。


 元より嘘をついてまでどうこうしたいわけではない。


 ここは包み隠さず話をするべきだろう。



「俺は元勇者で、転職して魔王になりました」


「――は?」



 ふむ?


 兵士の目が点になってしまった。


 包み隠さず、正直に申告してみせたのだが、どこか不味かったのだろうか。


 自分の発言を振り返ってみるが、特に不備は無かったように思われる。


 必要な情報は伝えきれたはずだ。



「貴様、どこかで頭でも打ったのか? 教会で治療を受けた方がいいぞ」


「いえ、至って健康ですし、正気です」


「いや、とても正気の言葉じゃないだろう……。仕方がない、自分が付き添ってやるから、ほら来なさい」



 まったく信じては貰えずに、兵士が俺の腕を掴む。


 そしてそのまま連れて行こうとし、門番同様に引っ張る動作のまま硬直する。



「おい、抵抗するな!」


「何もしてませんよ?」


「嘘をつくな! 門番もこの馬鹿力に任せて引きずったな!?」



 いや、アナタもですか!?


 どれだけこの国の兵士は弱いんですかね。


 ちょっとはレベル上げをした方がいいと思う。




「ひとまず落ち着いて。ほら、ギルド証を確認してください」


「くぅっ、まったく動かせなかったぞ!? 貴様、一体どうなっているんだ……。で、ギルド証だと?」



 兵士は手渡したギルド証を確認する。



「ハッ、Cランクの駆け出しじゃないか。これがどうしたって――」



 するとまたしてもそのまま硬直。



「……本物なのか?」



 その様子からして、職業欄に目を通したのだろう。


 そこにあるのは当然のことながら、魔王の二文字だ。



「疑うのであれば冒険者ギルドに確認してみてください。ついでに前職も」


「……分かった。では一旦城門まで戻ってくれないか? 自分は他の者と交代してこのまま確認に向かおう。ギルド証はこのまま預からせて貰うが構わないか?」


「えぇ、どちらも構いません」


「では、城門で待って居てくれ」


「はい、分かりました」



 大人しく城門へと戻る。


 すぐさま門番の二人に詰め寄られたが、事情を説明してここで待たせてもらうことになった。


 まさか城に入るのにこれほど手間取ることになるとは。


 いつもは呼ばれて訪れていたとはいえ、誰にも顔を覚えられていないのか。


 勇者だった頃は、それこそ顔パスといった具合に素通りできたものだ。


 まさか勇者を辞めた途端、勇者のメリットが浮き彫りになろうとは。


 とはいえ、だ。


 勇者のままならば王城へ来る用事も無かったわけで、魔王に転職してスライム討伐のクエストを受けたからこその現状だ。


 中々にままならない。


 門番二人にウザ絡みされながらも、待つことしばらく。


 先程の兵士が戻って来た。



「本物であると確認が取れました。ギルド証はお返しいたします。……失礼ながら、どういったご用向きでのご来訪でしょうか?」



 あからさまに口調が丁寧になっていた。


 その様子からも、元勇者だと冒険者ギルドで無事確認が取れたようである。


 ギルド証を受け取りながら、返事をする。



「実は折り入って王様にご相談させていただきたい用件がありまして」


「左様でございましたか。それでは、急ぎ王へと取り次ぎを済ませて参りますので、王城の入り口にてお待ちください」


「分かりました。後、もう一つお願いが」



 兵士の耳元に口を近づけ、小声で続きを話す。



「できれば王様と二人きりで、お話しをさせていただきたいのですが」


「いや、それは流石に……」


「実はですね……もう存じておいででしょうが、例の職業に関する話でもあるんです。なので、あまり他の方々に知られない方が望ましいと思いまして」


「む。それはそうかもしれませんが……確約は致しかねますよ?」


「えぇ、それで構いません」


「委細承知いたしました。では急ぎ知らせて参ります。王城の入り口にてお待ちください」



 こちらの返事を待たずに、急ぎ駆けて行く。


 今度こそ咎められることも無く、王城へと進む。


 王城の大きな扉の前でまたしばらくの間待っていると、先程の兵士が扉から姿を現した。



「大変お待たせいたしました。王が謁見に応じるとの仰せです。僭越ながら、私めが謁見の間までご案内させていただきます」


「ではお願いします」


「ハッ、身に余る光栄に存じます!」



 最早別人といった様子の兵士に、若干引き気味ではあったものの、大人しくついていく。


 王城の大きな両開きの扉を抜けると、そこにはやはり大きな吹き抜けのエントランスが出迎えた。


 高い天井には豪奢なシャンデリアが吊り下げられており、壁には一定間隔で三又の蝋燭が広い城内を明るく照らしている。


 正面には謁見の間へと続く階段があり、赤い絨毯が奥へと続く。


 近衛兵の注目を集めているのを感じつつ、兵士に追従し二階へと上がる。


 久しぶりに訪れた王城だが、やはり広い。


 これだけの広さがあれば十二分というものだろう。


 内心で頷きながらも、謁見の間へと歩き続けている。


 程なく、豪華な両開きの扉の前へと辿り着いた。



「久方ぶりですな、勇者殿」


「どうも、お久しぶりです、団長さん」



 その扉の前で立ち塞がるようにして、一人の騎士が居た。


 中年の男性だが、活力に満ち溢れた偉丈夫。


 王の守護者。


 近衛騎士団団長、その人である。



「勇者様をお連れいたしました。王への謁見を願います」


「案内ご苦労。持ち場に戻れ」


「ハッ! それでは失礼いたします!」



 去り行く兵士に軽く頭を下げる。



「失礼ながら、勇者殿は王と二人だけでの謁見をお望みだとか」


「はい」


「事情は存じ上げませぬが、王命によりこうして外に待機しております」


「済みません」


「万が一にもあり得ぬことでしょうが、王に何かあれば、例え勇者殿と言えども――お分かりか?」



 空気が圧力を増す。


 呼吸がし辛い。


 堪らずとばかりに、扉の両脇に控えていた近衛兵が崩れ落ちた。


 それに気が付いてか、威圧が霧散する。



「ご心配には及びません。少し他の方には聞かれたくない類いの話だったので」


「では、武器を預からせていだいてもよろしいか?」


「構いませんが、そもそも持ってないんですけど」


「む。一応、確認させていただいても?」


「もちろん、構いません」



 ゴツイ手で入念に全身を探られる。


 極めて不快だが、ここは我慢。



「なるほど確かに。……余り王をお待たせするのも問題か。おい、扉を」


「は、ハイッ!」



 姿勢を崩していた近衛兵が、慌てて謁見の間へと続く大きな扉を押し開く。



「どうぞ、お進みください」



 ようやく騎士が扉から横へとズレる。


 一人、謁見の間へと歩を進めて行く。


 背後、閉まりゆく扉の隙間から、強烈な視線が注がれているのを感じる。


 めちゃくちゃ疑われてるな。


 下手な真似をすれば、無事に出られないのだろうな。






 正面の奥、数段高い位置にある玉座に腰かけているのが王様だ。


 一見するとお変わりないご様子。


 要望どおりに、宰相も家臣団の姿もない。


 こんな無理が通るのも、勇者としての威光か。


 段差の数歩手前で跪く。



「この度は急な謁見にも拘わらず応じていただき、誠にありがとうございます」


「よいよい。ワシも久方ぶりに勇者殿にお会いできるとあって嬉しい限り。どうか面を上げられよ」


「ハッ」



 王様の言葉に従い、伏せていた顔を上げる。



「して、此度は何用か。確か相談事と聞き及んでおるが」


「それでは僭越ながら申し上げます。実は先頃、転職を致しまして――」


「何ですと!? おぉ、勇者殿よ、転職なされるとは何と嘆かわしいことか」



 王様は大仰に驚いてみせる。


 だが、この程度で驚いて貰っては困る。


 きっと本当に驚くことになるのは、これからなのだから。



「それで、大変申し上げ難いのですが……実は、魔王に転職しました」


「――――――――」



 返答は無かった。


 長い沈黙が続く。


 辛抱強く、返答が来るのを待つ。



「――それは、何かの冗談ですかな?」


「いえ、事実にございます」



 ようやく返った言葉に、否定の言葉で応じる。



「何故そのような事態に……?」


「転職場で石板に触れた際、適職として魔王のみが表示されまして」


「適職が魔王とな!? 勇者を天職とする貴殿が!? その石板に何らかの不備があったのでは?」


「いえ、残念ながら。他の石板でも試しましたが、結果は変わりませんでした」


「何と……」



 微かな希望にでも縋るかの様な王様は、しかし、返答を聞き絶句してしまう。



「では、相談事とはつまり、その魔王に関してなわけですな?」



 何とか気を取り直した様子の王様が、そう尋ねてきた。



「はい、実はここからが本題でして……」



 言葉を選びながら目的を告げる。



「魔王となったことで【意思疎通 (魔)】という魔物と会話できるスキルを身に着けまして、この王都の下水道に棲み付いたスライムたちと――」


「王都の下水道に魔物とな? 近頃は報告にも上がらぬようになっておったが、未だ魔物は滅びてはおらぬのか」



 遮られてしまったが、王様の言葉が終わるのを待って続きを話す。



「そのスライムたちと会話をしたのです」


「今、何と? 聞き間違えでなければ、魔物と会話したと申されたか?」



 まるで得体の知れないモノでも見るような眼差しを向けられる。


 魔物との会話とは、それ程までに常識の埒外なのだろう。



「はい。スライムたちに人間への敵意はありませんでした。ただ人間への恐怖があり、棲み処を求めていました」


「何とも馬鹿馬鹿しい。魔物が人間に敵意を持っていないなどと、如何に勇者殿、いや元勇者殿とはいえ、余りにも荒唐無稽な物言いに過ぎますな」


「勇者としてこれまで数多くの魔物と戦ってきました。が、件のスライムたちのように敵意を持たぬ魔物は初めてでした」


「それは貴殿が魔王となったからではないのか? 他の人間たちに対しても同様とは言えまい? 仮に、もしそうであったとしても、だからどうだと申されるのか」


「確かに。仰るとおり、魔王であることが敵対的ではない理由の一端であることは間違いないでしょう。他の人間に対してどうかは、試してみないと分かりません」


「でしょうな。ならば――」



 王様の言葉を遮り言う。



「ですが、冒険者であれ兵士であれ、スライムに恐れを抱くでしょうか? スライムに滅ぼされた村や町の話など、終ぞ聞いたことはありません」


「極論が過ぎるのではないか? 何者であれ、油断をすればどうなるかは分からんであろう?」


「それはスライムが何時何処から襲ってくるか分からないからではありませんか? スライムの所在が把握できていれば、脅威足り得ないと思われますが、如何でしょうか?」


「……中々に話が見えてこんな。結局のところ、貴殿はどうしたいと申すおつもりか?」



 ようやくか、と思いながらも言葉を紡ぐ。



「この城に棲まわせてください」


「……何ですと?」


「スライムたちをこの城に棲まわせて、保護して欲しいのです」


「何を馬鹿なことを申しておるのだ。どうかしておられるのではないか?」


「至って真剣です。既に世は平和になりました。だというのに何時まで魔物を退治し続けるおつもりなのですか?」


「無論、魔物が根絶するまでに決まっておる。そうなればこそ、平和は普遍的なものとなるであろう」


「そうやって魔物を退治し続ければ、折角敵対心を持っていなかった魔物も、人間を敵視し、かえって争いを生むのではありませんか?」


「魔物が敵対的かどうかなど、一体誰に分かると言うのじゃ?」


「自分が居ます。自分が魔物と話をします。勿論、敵対的な魔物もいることでしょう。その場合は戦うのも、やむを得ないかもしれません。ですが、敵対的ではない魔物であれば、無暗矢鱈と退治する必要はないのではありませんか?」


「貴殿が魔物共に対する全責任を持てるとでも申すつもりか? では、保護した魔物が人間を襲ったならば如何にする?」


「魔物共々、自分を処罰してくださって構いません」


「罪を共に被ってみせると申すか?」


「無論、そのような事態が起きないように最善を尽くします。ですからどうか、ご助力を賜りたいのです」


「……何故じゃ」


「と、仰いますと?」


「何故に貴殿がそこまで魔物に対し肩入れする? 貴殿は元とはいえ勇者のはず。魔を排し世に平和をもたらした者であるはず。それがどうして?」


「世界に平和が戻り、既に勇者が成すべきことは無くなりました。ですが、まだ多くの魔物は存命です。まだ生きているのです。自分は平和のために戦いました。そして多くの魔物を退治しました。当時は分かりませんでしたが、魔物にも意思があるのです。人間も魔物も、共に同じ世界にすむ生き物に他なりません。この世界は決して人間だけの住む場所ではないはずです」



 気持ちを吐き出すように、長い話を終える。



「…………」


「平和な世界で、新たな生き方があっても良いのではないでしょうか」


「…………」


「どうか!」


「……ならん」


「っ!?」


「ワシは人間の国の王。あらゆる生き物に対し情けをかけることはできん。人間を存続させることこそが必要なのであって、危険を承知で魔物との共存を図ろうなどと、人命を脅かすような選択をするわけにはゆかぬ」


「どうしても無理なのでしょうか?」


「くどい! 如何に元勇者殿の頼みとはいえ、こればかりはまかりならん」


「……そう、ですか。残念です」


「話がそれだけならば、退出願おうか。次に会う時は、もっと有意義な会話をしたいものだ」


「はい、話はこれだけです。話は」


「む?」



 怪訝そうな表情を浮かべる王様。


 なけなしの知恵を振り絞って説得に当たってみたわけだが、残念ながら王様に思いは通じなかったようだ。


 こうなっては致し方ない。


 所詮、俺では王様を説得するなんて芸当は土台無理だったのだろう。


 跪いていた姿勢を解き、その場に立ち上がる。


 向かうべきは後ろ――ではなく正面。


 段差の上へと素早く駆け上がり、王様の頭を鷲掴みにする。


 突然の行動に、王様が狼狽する。



「――な、何じゃいきなり!? 乱心したか!?」


「いえ、乱心なさるのは、貴方の方です」


「何を――」



 目を瞑り、【魔王特性】のスキルを思い浮かべる。


 魔王という職業のくせに、魔物を狂暴化たらしめるスキルは見当たらなかった。


 だが、その中で唯一可能性があるとしたら、このスキルだろう。


 スキルの名称の末尾に"魔"の文字が無い以上、種族限定のスキルではないはず。


 であれば――。


 魔を統べる王の力をここに発現す。



支配ドミネーション



 かくして、魔王により王様は支配された。





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