第6話 元勇者の魔王、世を憂う
やってしまった。
王様を魔王の力で支配してしまった。
しかし後悔はない。
これは仕方のないことだ。
何せ、命を救うためなのだから。
如何に王様とはいえ、人間以外を排斥するような思想は考え物だ。
折角平和になったのだから。
より争いを生まない方法で平和を維持して貰いたい。
そのためにも、まずは魔物に対する過剰なまでの敵愾心を王国の民全員から取り除かねばならない。
確かに魔物は危険な生き物。
人間より戦闘に特化した個体が多いのも事実。
だが、それが明確な脅威となっていたのは昔の話なのだ。
今では魔物は大人しくなって久しい。
にも拘わらず、以前と変わらず一方的に敵視し、討伐し続けるというのは間違っている。
そんな人間しか生きられない世界を求めて、俺や仲間たちは長い旅路の果てに魔王を討伐したわけではない。
平和は人間だけが享受するべきものではないはずだ。
ともあれ、これで王様の権限で魔物を城に棲まわせる、いや、住まわせることは可能となったわけだ。
できれば俺の金銭問題も解決してしまいたいところではあるが、これは他ならぬ自分の蒔いた種。
魔物の命を守るための緊急の措置であり、好き勝手するために王様を支配したわけでは断じて無い。
だから王様には、魔物に対しては友好的になるように思考を操作しつつ、他は今までどおりに行動してもらことにしよう。
目を閉じて王様の状態を確認する。
=============================================
職業:王
状態:魔王の眷属
魔王により支配を受けている
=============================================
どうやら王様は魔王の眷属となったらしい。
状態を確認し終えた俺は、王様の頭から手を離し段差を下りてゆく。
段差を下りきったところで、王様の方へ振り返り、確認の意味合いも兼ねて尋ねてみる。
「魔物への対処方法は?」
「――根絶」
虚ろな目をした王様が、
その様子に元の状態に戻るのか、若干の不安を抱きながらも指示をする。
「敵対しない魔物に対してのあらゆる攻撃を禁じます。可能な限り友好的に接するよう、王国全土に布告を出してください」
「――はい」
「冒険者ギルドに対しても同様です。敵対しない魔物への討伐クエストの一切を禁じてください。勿論、採取クエストであっても、魔物を素材とする場合は同様です」
「――はい」
「それと、城内に魔物を保護する場所を確保してください」
「――はい」
「後、先程の自分との会話は忘れるように」
「――はい」
さて、ひとまずはこんなところだろうか。
また何かあれば、追加で指示を出すことにしよう。
「では、先程の指示を順守し、いつもの状態へ戻ってください」
「――はい」
ちゃんと元に戻るか心配になりつつ見守る。
「……はて? ワシは何をしておったんじゃったか」
「気が付かれましたか?」
「む? おぉ、勇者殿ではありませんか。いつこちらにお見えになられたのか、気が付きませんでしたな」
「つい先ほどです。それでお加減は如何ですか?」
「そうですなぁ、何やら起き抜けの様な感じがしますな」
「体調が優れないようなら、早めにお休みになられた方がよろしいかと存じ上げます。自分はこれにて失礼させていただきます」
「眠気なのか、頭がどうにもぼんやりとしますな。では申し訳ないが、お話は後日また改めてお伺いするとしましょう」
「はい、それでは失礼いたします」
出した指示の成果の程は、早ければ明日にでも確認できることだろう。
謁見の間を後にしながら、そう考えを巡らせる。
声掛けをして扉を外側から開けて貰う。
すると当然のように待ち構えて居る偉丈夫。
鋭い眼光を向けながら、すれ違うように謁見の間へと入って行く団長。
特に見咎められることも無く、階段まで差し掛かり、一階へと下りてゆく。
そこで嫌なヤツに遭遇してしまった。
「これはこれは、どこの盗人かと思えは、勇者殿ではありませんか。随分とらしい格好になりましたな」
「……どうも、お久しぶりです、王子」
何かにつけて絡んでくる、王様の唯一の息子である王子だ。
「ふむ。二階から下りて来たところを見るに、父上に金の無心ですか? 勇者殿は随分と恥知らずでいらっしゃるようだ」
「……いえ、そのようなことは決して」
「おや、そうなのですか? そんな貧相な――おっと失敬、質素な恰好をされておいでだったので、てっきり金に困っていらっしゃるものとばかり。これは失礼を申しました」
「いえ、どうかお気になさらずに」
「えぇもちろん、気にしてなどおりませんとも。では、どういったご用件か、お伺いしてもよろしいか?」
「……残念ながらお話することは叶いませんでした。どうにもお加減があまりよろしくないようでしたので、途中で退出させていただきました」
「そうでしたか。では、私も父上の様子を見舞うといたしましょう。それでは、これにて失礼いたします」
「はい、失礼します」
何とか話を切り抜けることができた。
人目が無ければ、あの王子も支配してしまえたのだが。
とはいえ、支配が同時にどれぐらいの人数に対して有効かも分からない。
王様の支配が解けては元も子もない。
あまり乱用するべきではないだろう。
そもそも、王子を支配したとしても、精々が絡んで来ないよう指示するぐらい。
歓迎はできないが、我慢ぐらいはできる。
できるだけ王子には遭遇したくないものだ。
そんなことを思いつつ、ようやく王城から出る。
城から外へ出ると、少し日が傾いてきているようだった。
スライムたちの住処に関しては、明日以降でどうにかなると思う。
よって残る問題は後一つ。
金だ。
最低でも今日の飯代分、できればもう少し多めに稼いでおきたいところ。
スライム討伐は達成できないが、確か薬草採取のクエストがあったはず。
急ぎ、冒険者ギルドへ向け駆け出した。
本日三度目となる冒険者ギルド。
一階は人で溢れ返っていた。
どうやらクエスト達成報告の時間にかち合ってしまったらしい。
カウンター前には長蛇の列が形成されている。
この列に並んでいたら、クエストを受ける頃には夕方を過ぎてしまうだろう。
暗くなってからでは、如何に光魔法で周囲を照らせるとはいえ薬草を探すのは日中に比べて手間が掛かる。
行列を前に途方に暮れていると、スライムという単語が聞こえていた。
「――何だよ、それじゃあ外に行かなくても王都内にスライムが居たのかよ」
「あぁ、らしいな。最近じゃ魔物の姿も中々見かけなくなったから、魔物討伐は早い者勝ちだ。諦めろ」
「クソッ、他のクエストなんざ受けるんじゃなかったぜ」
「まあ落ち着けって、場所が場所なんだ。わざわざ臭いのを我慢してまで得たい程の経験値じゃないだろ?」
「そりゃあ、そうだけどよ。それでも折角の経験値を無駄にしたんだ。テンションが下がろうってもんだろうが」
「なぁに、さっき向かった連中が臭い思いをして下水道を這いずり回っている中、オレたちは美味い酒と飯にありついてれば留飲も下がるってもんだろう?」
「……成程な。確かにそう言われてみればそうかも――」
聞き耳を立てていた俺は、その会話の内容を理解し背筋が一気に冷える。
しまった、失念していた!
クエストを受けられるのは、何も一組限りではないのだ。
依頼書が複製であったように、クエストは何組もが同時に受けられ、達成報酬は早い者勝ちが暗黙のルールだった。
しかも、見かける魔物の数が減少したために、例え弱い魔物といえど、僅かでも経験値の足しにと冒険者が殺到しているらしいと噂に聞いていたのだった。
つまり、今こうしている間にも、下水道のスライムたちが討伐されてしまっているかもしれない。
慌てて冒険者ギルドを飛び出し、下水道へとひた走る。
下水道に到着した頃には、日は沈みかけ夕方になっていた。
入り口に冒険者の姿は無い。
冒険者ギルドから最短距離でここまで来たが、悪臭を漂わせた冒険者にはすれ違わなかった。
まだスライムたちが無事であると信じて、中へと足を踏み入れる。
今度は慎重に進んでいる場合ではない。
≪
光の初級魔法。
魔法を唱えると同時に、下水道内を駆け抜ける。
遅い。
あまりにも遅すぎる。
転職する前の勇者のステータスであれば、もっと速く駆けられたはずだ。
なのに、魔王となりレベル1にまで弱くなった今、それがあまりにももどかしく感じられる。
焦燥感が俺を急き立ててくる。
だが、頭の片隅には、たかがスライム相手に執着し過ぎだという思いもあった。
そう、今日会ったばかりの、しかも相手は魔物だ。
スライムのために王様と謁見するなど、冷静に考えてみれば常軌を逸している行動に他なるまい。
最初からスライムを討伐してさえいれば、方々へ奔走することもなく、今頃は滞納している宿代の一部を支払い、夕飯にありつけていたかもしれないのに。
討伐するつもりもないスライムのために、何故こうも必死にならなければならないのか。
そんな考えに囚われてしまえば、今にも足を止めてしまいそうになる。
甘ったれるな!
やると決めたからには、やり遂げるのだ!
助けると決めた以上、助け通してみせるまでだ。
その対象が人間であろうが魔物であろうが関係ない。
例え冒険者のレベルが高かろうが人数が多かろうが、構うものか。
勇者であった頃には終ぞ感じることの無かった不安を今、感じている。
今は無い【勇者特性】のスキルにそんな不安を無効化するような効果が含まれていたのかもしれない。
だがこの不安は、皆がいつも抱えているモノのはずだ。
その上で、皆は不安に打ち勝ち、事を成し遂げているはずなのだ。
それならば、俺にもできない道理はあるまい。
勇者ではなくなったからといって、勇気までをも失ったわけではないはずだ。
踏み出す足に更なる力を込める。
速く。
もっと速く。
不安を置き去りにするように、ひた走る。
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