第7話 元勇者の魔王、スライム救出

 巨大な迷路じみた下水道をひたすら走り続けることしばらく。


 突然、頭に声が響いてくる。



『コワイ、コナイデ!』


『ドウシテ、ナンデ!?』


『イキドマリ、ニゲレナイ?』



 それは聞き覚えのある声。


 スライムたちの声だった。


 間に合った。


 まだ助けられる。


 まだ手遅れではなかった。


 この近くに居るはずのスライムたち。


 そこに一刻も早く辿り着くべく、己の限界まで振り絞るつもりで足を動かす。


 そして少しでも襲撃者の邪魔をするべく、大声で叫ぶ。



「スライムに手を出すな!!!」



 下水道内に反響する声。


 その声が聞こえたのか、スライムたちが声を返してきた。



『マオウサマ、キテクレタ!』


『マオウサマ、オタスケ!?』


『マオウサマ、オマチカネ?』



 心なしかその声が大きくなったように感じる。


 その場所へと確実に近づいているはずだ。


 その証拠とでも言うように、人間の声が耳に届く。



「――何だぁ? 誰か居るのか?」


「きっと、このスライムのことを聞きつけた冒険者だろ。横取りされる前にさっさと倒しちまおうぜ」


「チッ、冒険者が稼ぎ辛い世の中になっちまったもんだぜ。こんなことなら、まだ魔王が居てくれた時代の方が良かったぐらいだぜ、なぁ?」


「おいおい、流石にそれは言い過ぎってもんだろ。オレたちなんかじゃ、狂暴化してた魔物になんか敵いっこないぜ」


「そうかぁ? けど、こうも魔物が姿を隠しちまってるんじゃあ、食い扶持にも困るってもんだろうが。ったく、勇者も余計なことをしてくれたもんだぜ」


「まぁ、魔王は居なくなってくれて良かったが、魔物はもっと残しておいて欲しかったわな、実際のとこ」


「だろ? こうして魔物を見つけるのも一苦労だぜ」



 聞こえてくる声は二人分。


 つまり最低でも二人の冒険者を相手取らねばならないらしい。


 とはいえ、勝つ必要は無いのだ。


 スライムたちが逃げ延びさえすれば、それで良い。


 思っていた以上に、冒険者の魔物に対する執着は強いらしい。


 この場を凌いだとして、次に訪れた際に、まだスライムたちが無事とは限らないのではなかろうか。


 そんな不安が頭を過ぎる。


 どうやら不安を置き去りにはできなかったらしい。


 その不安もまた、今はありがたい。


 確かにこの場を凌げたとしても、次の保証は何もない。


 下水道にスライムたちを残していくのは、最早危険以外の何物でもないだろう。


 と、ようやく冒険者の姿を視界に捉えた。






 足音に気が付いたのか、それとも明かりに気が付いたのか。


 振り向く冒険者が二人、そしてこちらを見向きもしないのが奥に一人。


 三人だったのか。


 話し声は二人分だったが、もう一人居たらしい。


 とても友好的とは言えない視線が二人分、向けられる。



「おい、そこで止まれ! これはオレたちの獲物だ。横取りしようってんなら、タダじゃおかねぇぞ?」


「そうだぞ、このハイエナ野郎が! さっさと引き返しやがれ!」



 聞き覚えのある声。


 今の二人が先程の声の主のようだった。


 となれば、もう一人が先程から一言も喋りもしない奴か。



「争うつもりはありません。ありませんが、どうかこのまま、この場を立ち去っては貰えませんか?」


「はぁ? 何言ってんだテメェは。頭おかしいんじゃねぇのか?」


「一体どういう了見でそんな寝言ほざいてんだ、ゴラァ!」



 凄い剣幕で怒鳴り返された。


 二人は友好的ではないにしろ、反応はしてくれている。


 問題は奥の一人。



「そのスライムたちに人間への敵意はありません。脅威ではない魔物を討伐することが、冒険者のすべきことなんですか?」


「……何だコイツ? 魔物の味方してんのか?」


「マジでヤベェヤツじゃねぇか。魔物好きの変態ってわけか? それ以上近寄んなよ、気持ち悪い!」


「ってか、見ろよコイツの恰好。武器も防具も付けてないぞ。ホントに冒険者か?」


「やっぱヤベェヤツなんだって、コイツは! もしかして魔物に食われるために来たとかじゃねぇだろうな……?」



 随分な言われようだ。


 ただまぁ、俺がどう言われようとこの際構わない。


 スライムたちさえ無事であれば、それだけで十分だ。


 冒険者たちの気を引いている隙に、スライムたちには逃げて貰いたいのだが、どうやらそうもいかないらしい。


 相変わらず一言も喋らない奥の一人が、スライムたちから注意を逸らさないのだ。


 口だけでは済みそうにないかもしれない。



「――うらぁっ!」



 俺の注意が奥の一人に向いているのを隙と見て取ったのか、殴り掛かって来た。


 速い――こともなかった。


 余裕をもってそれを避ける。


 たたらを踏むそいつの足を蹴り払ってやる。


 するとそいつはそのまま転倒した。


 その音に気を取られたのか、ようやく奥の一人がこちらへと視線を向けたのが分かった。


 距離は測った。


 それぞれの場所も把握した。


 目を閉じる。


 光源としていた光魔法を解除。


 相手はランタンを所持していた。


 これだけではまだ足りない。



ダーク



 闇の初級魔法。


 周囲を明るく照らす光魔法のライトとは異なり、闇魔法のダークは周囲を暗い闇に閉ざす。


 脳内の配置を頼りに、駆け出す。


 まずは手前の一人の首元に、すれ違いざまに一撃を加える。


 そのまま横を駆け抜け、奥の冒険者へと迫る。


 そして蹴りを放つ。


 が、空を切った。


 先程の場所に居ない!?


 迎え撃つようにして、正面から衝撃が加えられる。


 恐らく、残っていた冒険者に蹴りを見舞われたらしい。


 その衝撃に吹き飛ばされそうに――はならなかった。


 大して痛くもない。


 すると瞼越しに明かりを感じた。


 どうやらダークが解けたらしい。


 明かりに目を痛めながらも、瞼を気合で押し上げる。


 眼前に視界一杯にまで迫った拳。


 顔面に直撃する。


 痛――くはない。


 先程から加えられる攻撃が弱過ぎる。


 思い返せば、王城へ赴いた際もそうだった。


 門番や兵士があまりにも非力過ぎた。


 どうにも違和感が拭えない。


 魔王とはいえ、レベル1なのだ。


 こうも何人もが俺より弱いなどということがあるのだろうか?


 顔面に拳が直撃したままの状態ではあるが、一度ステータスを確認してみた方が良いかもしれない。


 目を閉じて、集中する。


 すると文字が浮かび上がってきた。



=============================================


 職業:魔王

 レベル:1


 HP:548

 MP:548


 物攻力:548

 物防力:548

 魔攻力:548

 魔防力:548

 素早さ:548


=============================================



 ――は?


 何だこの数値は。


 カンストが999なのに、既に半分以上あるぞ!?


 これじゃあ、そこらの兵士はもとより、並みの冒険者よりも強いじゃないか!?


 ……いや待て、落ち着け、俺。


 確か、転職場の職員が、転職の諸注意みたいなのを言っていたはずだ。


 思い出せ。


 何と言っていたんだったか。


 確か……確か、前職のステータスを半分とか言ってなかったか?


 勇者のステータスは全てカンストしていた。


 それが半分になったから、基礎値がとんでもないことになっているのか?


 でも半分よりも多いよな……。


 いや待てよ、そうか!


 勇者と同じく【魔王補正】のスキルによるステータス向上の所為か。


 しかしこれはまた、とんでもないな。


 レベルにばかり気を取られていて、ステータスの確認をすっかり失念していた。


 あの門番や兵士たちを責められないな。


 せめて、心の中でだけでも謝罪しておくとしよう。


 これならレベル上げの必要はなさそうだ。


 どうせ【意思疎通 (魔)】のスキルで魔物を倒すのは無理そうだし、丁度良いと言えば丁度良いのかもしれない。






 と、こいつは何時まで俺の顔面に拳を押し付けていれば気が済むんだ?


 鬱陶しいと、軽く相手の腕を叩いてやる。


 すると弾かれたように腕が横に移動した。



「――ぐわぁっ!?」



 相手が苦悶の声をあげ、痛みを訴えるように腕を押さえその場に蹲る。


 そういえば、初めてこいつの声を聞いたな。


 まぁ、別段どうとも思わないが、一応こいつも喋ることはできたわけだ。


 音も無く距離を詰め、その頭上から軽く手刀を見舞う。


 相手はうつ伏せの姿勢で、その場に倒れてしまった。


 ……うぅむ、勇者だった頃より幾分かはマシとはいえ、今の状態でも十二分に危険な威力だな。


 己の力の強さにおののきつつ周囲を確認する。


 ――すると、背後に気配。


 一番初めに転倒させた相手がこちらへと迫っていた。


 それを避けもせずに向かい撃つ。


 伸ばされた腕を掴み、相手の頬を手の平で軽く叩く。


 相手が白目を剥いて脱力する。


 腕を離してやると、崩れ落ちるかのように倒れ伏してしまった。


 さて、これで制圧完了、かな?






 頭に声が響く。



『マオウサマ、ツヨイ!』


『マオウサマ、ムテキ!?』


『マオウサマ、テキナシ?』



 スライムたちだ。


 見れば、壁際で三体が身を寄せ合ってた。


 これで当面の脅威は去ったわけだが、さて、どうしたものか……。


 このままここに残していけば、高い確率でまた冒険者たちがやって来るのは想像に難くない。


 かと言って、まだ王様が新たな方針を布告するまでには時間が必要だろう。


 それに、布告してすぐに効果が出るわけでもあるまい。


 すぐに城に匿えるようにできれば良かったのだが。


 せめて城で暮らせるようになるまでの間、身を隠せる場所が無ければ……。



『ムズカシイ、オカオ!』


『ナヤミゴト、カカエテル!?』


『ナニカ、オナヤミ?』



 こちらを気遣っているのか、そんな声が頭に響いてきた。


 ……助けるっていうのは、その場限りのことではない、か。


 正直、上手くいくかは分からないが、やるだけやってみるか。



「――時に、物は相談なんですが」





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