第3話 元勇者の魔王、スライム討伐

 付近にあった公園に辿り着いた。


 ベンチに座り、早々に魔王のスキルを確認してみることにする。


 意識を集中させる。


 すると頭にぼんやりと文字が浮かんでくる。



=============================================


【魔王特性】:詳細不明


【魔王補正】:全ステータスを上方補正


【闇属性強化 (小)】:闇属性の物理/魔法の攻撃力/防御力が僅かに強化


【闇属性魔法 (初)】:闇属性の初級魔法が使用可能


【意思疎通 (魔)】:魔物との意思疎通が可能


【光属性弱化 (小)】:光属性の物理/魔法の攻撃力/防御力が僅かに弱化


=============================================



 ふむふむ。


 まぁレベル1にしてはスキルを持っている方か。


 流石は魔王。


 闇属性に強く光属性に弱いというのは想像に違わない。


 地味に【魔王補正】はありがたい。


 勇者のときにも、似たスキルが備わっていた。


 これならばレベル1とはいえ、そこそこ戦えることだろう。


 この中で目新しいのは【魔王特性】【意思疎通 (魔)】の二つ。


 【魔王特性】ってのは詳細は分からないらしい。


 メリットはともかく、デメリットが不明なのは怖いところ。


 後は【意思疎通 (魔)】というスキル。


 魔物と意思疎通ができるらしいが。


 人型の魔物ならば、不思議と人語を解する。


 人型以外は鳴き声か、もしくは鳴くことすらも不可能。


 声を発しない魔物にも有効かは不明だな。


 とはいえ、デメリットらしきものもない。


 何かしら有用になる機会が訪れるかも。


 それにかなり珍しいスキルだし、他の職業にはないだろう。


 兎にも角にも、まずは金策だ。


 立ち上がり、再び冒険者ギルドへと向かうことにした。






 周囲よりも背の高い建物へと入って行く。


 今度は階段へは向かわず、一階正面にあるカウンターへと向かう。


 先程来た時と同じく盛況のようだったが、タイミングが良かったのか、カウンターには空きがあった。


 近づくとすぐに受付嬢が応対してくれた。


 綺麗と言うよりかは、可愛らしいとの表現が相応しい容姿をしている。



「お疲れ様です、冒険者様。ご用件は何でしょうか?」


「転職したてでレベルが1になってしまったんです。なので冒険者ランクの変更をお願いしたいのですが」


「畏まりました。それではギルド証の提示をお願いいたします」


「はい、これです」



 冒険者ギルドに登録した際に発行される、職業やランクなどが記載されるギルド証を提出する。



「お預かりしま――っ!? ゆ、勇者様!? …………えっ、そ、それでは勇者から転職なされてしまわれたのですか!?」


「えぇ、まぁ、致し方なく」


「そ、そうなんですか?」



 俺が勇者だったことを知り、驚く受付嬢。


 そして、勇者から転職したと知って、驚きを更に増していた。



「で、では、転職された場合、ギルド証の交換が必要となります。こちらが新しいギルド証となります」


「どうも」


「そのままギルド証をお持ちいただき、職業が反映されるまでお待ちください」


「はい、分かりました」



 転職場の石板と同じような仕組みなのか、ギルド証は持ち主の職業とレベルが反映されるようになっている。


 肌身離さず持っていれば、勝手に更新されていってくれるわけだ。


 ただ、先程渡したギルド証は転職前の情報が反映されたままだった。


 転職には対応できないのだろうか。


 やがて、ギルド証に職業とレベルが反映された。



「反映されたみたいです」


「それでは登録のため、ギルド証をお預かりさせていただきます」


「はい、お願いします」


「――っ!?」



 ギルド証を受け取った受付嬢だったが、ギルド証を確認した途端、驚愕の表情を浮かべたまま固まってしまう。


 何だか、こんな展開ばっかりだな。


 まぁ、それは俺の所為なのだが。


 一分近く固まっていた受付嬢がようやく再起動を果たす。



「ええっと……失礼ながら、こちらの職業で本当に間違いはございませんか?」


「はい、間違いありません」


「ですが――」


「えぇ、まぁ、言いたいことは分かるつもりです。ですが本当です」


「……そう、なんですか?」


「大丈夫です。何がかは俺にも分かりませんが、それで大丈夫ですから」


「は、はぁ……で、では、この情報で登録してよろしいのですね?」


「はい、お願いします」


「――畏まりました。それでは少々お待ちください」



 戸惑いを押し殺し、奥へと姿を消す。


 ギルド証に表示された魔王の二文字に対し、予想違わぬ反応をされてしまった。


 そりゃあ、前代未聞なことだろう。


 魔王が冒険者登録するなんて。


 極めつけに元勇者が、なのだ。


 驚くなと言う方が無理だろう。


 それに、転職場の職員とは違って、職業名を口にしないだけの配慮もしてくれていた。


 もっとも、転職場が騒然となったのは、俺の大声に因るものだったのだが。


 とはいえ、中々にできる受付嬢のようで好感が持てる。


 今後、しばらくはこのCランクでお世話になることだろうし、顔を合わせる機会もおのずと増えるだろう。


 そんなことを考えていると、受付嬢が戻って来た。



「お待たせいたしました。手続きは無事完了いたしました。こちら、ギルド証をお返しいたします。お確かめください」


「どうも。……はい、問題ありません」


「それでは、冒険者ランクは再登録され、Cランクとなりました。今度ともよろしくお願いいたします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「本日は、クエストもお受けになりますか?」


「はい、何かレベル1で可能そうなクエストってありますかね?」


「採取系ですと薬草納品となりますね。ただ、本日は珍しく討伐系が1つございます。スライム討伐となります」



 珍しく……?


 平和になったことで、魔物が減少しているのかな。


 転職後の身体の調子も確かめたいし、ここは――。



「では、スライム討伐にします」


「畏まりました、スライム討伐ですね。こちらが依頼書の写しとなります。詳細をご確認ください」


「はい、ありがとうございます」


「ご用件は以上でよろしかったでしょうか?」


「はい」


「本日はご利用いただきありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」



 頭を下げる受付嬢に見送られながら、冒険者ギルドを後にする。


 日が暮れる前に、ちゃっちゃと依頼を済ませてしまおう。






 依頼書の内容を確認しつつ、その現場へと向かう。


 どうやら王都の外ではなく、王都内の下水道に棲み付いているらしい。


 清掃や点検に赴いた作業員が目撃したらしく、冒険者ギルドへ依頼を出したようだった。


 レベル1に下がったとはいえ、経験が失われたわけではない。


 所詮はスライム。


 敵ではない。


 左程時間もかからずに、下水道の入口に辿り着いた。


 が、しまったな。


 下水道の内部は明かりが無い。


 松明が必要か。


 いやしかし、下水道で松明は引火する危険もあるか。


 そうなると、ランタン辺りが必要だったか。


 せめて入り口に常備しておいて欲しかったな。


 余計な出費は避けたい。


 ここはMPを消費して、光魔法で照らすとしよう。


 魔王では身についていない光魔法だが、勇者では習得済み。


 転職により多くのスキルが失われた中で、魔法のみ継承されていた。



ライト



 光の初級魔法。


 自分を中心に、半径5メートル程の範囲が照らされる。


 足元に注意しながら、改めて下水道内へと侵入する。


 しかし、すぐに引き返したくなった。


 臭い。


 酷い悪臭だ。


 涙が滲んでくる。


 思わず鼻をもぎ取ってしまいたい衝動に駆られる。


 暗さよりも、悪臭に苦戦を強いられながら、下水道の奥へと歩みを進める。


 流石に王都の下水道だけあって広大だ。


 分岐も多い。


 慣れない人間では迷いそうな場所ではあるが、無駄に10年も旅をしていたわけではない。


 無暗に直進せず、右の壁伝いに移動する。


 こうすれば迷う心配も無い。


 そうして下水道内を彷徨うことしばし、ようやく目標に遭遇した。






 スライムは三体。


 いずれも酷い色をしている。


 恐らくは、下水を吸収している所為だろう。


 スライムたちにも、こちらの姿は確認できているはずだが、別段逃げ出す様子は見られない。


 下水に逃げ込まれてしまえば、とてもではないが見つけられないだろう。


 逃げられないように、慎重に距離を詰めていく。


 ある程度の距離まで接近したところで、攻撃しようと身構える。


 そこで致命的なミスに気が付いた。


 武器を持っていなかったのだ。


 そういえば、初期防具以外は売り払っていたのだった。


 やむを得ず、魔法で攻撃しようとする。



『マオウサマ!』


『マオウサマ!?』


『マオウサマ?』



 すると、不意に何者かの声が頭の中に直接響いてきた。


 妙な片言だ。


 視線の先のスライムが、逃げるでもなく上下に伸び縮みしている。


 念の為周囲を見回してみるも、魔法で照らされている僅かな範囲内には他の生き物の姿は見られない。


 スライムには、目はあるものの口は無い。


 必然的にスライムが喋ることはできない。


 では、この頭の中に響く声は何だろうか?



『マオウサマ、フッカツ!』


『マオウサマ、ヨミガエリ!?』


『マオウサマ、シニモドリ?』



 なおも頭の中に響く声。


 そこでようやく思い出す。


 魔王のスキル【意思疎通 (魔)】のことを。


 これの効果でスライムの意思が伝わってきているのか。


 頭がおかしくなったわけではないようで安心した。


 とりあえず、俺を魔王だと認識できているらしいが、俺が倒したのが魔王なのであって、倒された魔王が俺なわけではないのだが。



『マオウサマ、タスケテ!』


『マオウサマ、オタスケ!?』


『タスケテ、クレル?』



 スライムたちがそんなことを言い出した。


 命乞いをしているわけではなさそうだ。



「あー、俺の言葉通じてるかな?」


『コトバ、ワカル!』


『ワカル、カモ!?』


『コトバ、ツタワル?』



 どうやら、魔物の言葉を理解できるだけじゃなく、俺も魔物と会話できるようになったらしい。


 敵意を向けてくるわけでもないし、何だか気勢をそがれてしまった。


 ひとまずは話を聞いてみることにしよう。



「それで、何から助けて欲しいんですか?」


『ココ、イヤ!』


『キタナイ!?』


『ココ、キライ?』


「ん? では何故、嫌いな場所に棲み着いてるんです?」


『ソト、アブナイ!』


『オソウ、コワイ!?』


『ニンゲン、オソウ?』


「んんん? 外で人間を襲ってる?」


『チガウ、マチガイ!』


『ニンゲン、キケン!?』


『デル、コロサレル?』


「……外に出ると人間に殺される?」


『ソウ、ソレ!』


『ソレ、アッテル!?』


『ソト、デレナイ?』



 つまりは外に居れば人間に討伐されてしまうから、嫌々ながらもこの汚い下水道に身を隠しているらしかった。


 魔王が倒れた今、魔物たちも狂暴化することなく、魔物による被害も聞かなくなって久しい。


 だが人間は、魔物と見ると昔と変わらず片端から討伐しようとしている。


 魔物と会話するまで、何の違和感も抱いてはいなかった。


 ならば、魔物と会話できるようになった今はどうだろうか。


 魔物の言葉が分からなかったからこそ、魔物を一方的に目の敵にしてきた。


 では言葉が分かるなら、意思疎通が可能ならば、どうするのか。


 きっと、勇者として世界中を旅してきた俺こそが、他の誰よりも魔物を討伐してきたことだろう。


 もしかしたら、俺が討伐した魔物の中にも、命乞いをした魔物や争うのを嫌う魔物が居たのかもしれない。


 にも拘わらず、その言葉を理解できないがために、魔物というだけで討伐し続けてきたわけだ。


 そう考えると、嫌な気持ちになってくる。



『マオウサマ、オコマリ!』


『マオウサマ、ダンマリ!?』


『マオウサマ、シンパイ?』



 不思議なものだ。


 こうして言葉が分かるだけで、こうも印象が変わるものなのか。


 このスライムたちを、忌むべき魔物ではなく、同じ生物として認識している自分がいる。


 魔物に気を許すな、とは冒険者の鉄則だ。


 油断は即、命取りになってしまう。


 そして今、油断していないとは、とてもではないが言えそうにない。


 転職したてのレベル1でも、相手はスライムが三体だけ。


 無手ではスライム相手には余り効果が見込めないが、そこは攻撃魔法が使えるので問題ないだろう。


 倒すことは容易なのだ。


 正直言って、今の俺に他を気遣う余裕があるわけではない。


 絶賛、金欠中なのだ。


 それこそ滞納している宿代を払えねば、すぐさま宿屋を追い出されかねない。


 宿屋の女将の様子を思い出し身震いする。


 元とはいえ勇者。


 転職しようとも、俺が俺であることは変わらない。


 助けを求めるモノを見捨てるわけにはいかない。


 それが例え魔物であろうとも。


 これはもう、討伐するのは無理そうだな。



「分かったよ。キミたちに他の棲み処を探してあげるよ」


『ワォ、アリガト!』


『ヤッタ、タスカル!?』


『ホント?』


「もうしばらく、ここで誰にも見つからないように隠れていてくれるかい?」


『ワカッタ、マッテル!』


『マオウサマ、マツ!?』


『ココデ、マチボウケ?』


「あぁ、他の人間が来たら、すぐに逃げるか隠れるんだよ?」


『リョウカイ、マカセテ!』


『カクレル、オイソギ!?』


『スグニ、カクレル?』



 スライムたちは素直に従い、下水道の奥へと身を潜めるように去っていく。


 その様子を見届けて、ふと依頼書のことを思い出し取り出す。


 このクエストは失敗だな。


 討伐クエストの場合、その証拠として、魔物の残骸を提出しなければならない。


 もとより偽証するつもりはないが、提出できる物があろうはずも無い。


 初心者用とも思えるクエストを達成できないとは、今まででは考えられない。


 思わず苦笑を浮かべつつも依頼書を握り潰し、再び仕舞い込む。


 なに、伊達に勇者として冒険してきたわけではない。


 例え宿屋を追い出されることになろうとも、野宿するぐらい造作もない。


 流石にこんな低レベルで野宿はしたことがないが、まぁどうとでもなるだろう。


 何せ、世界は平和になったのだから。





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