第18話 元勇者の魔王、望むもの
余りにもあっけない幕引き。
消化不良のままに光体を解除し、王都へと戻ろうとする。
「「「ワァーーーーーーーー!!!」」」
そこに大勢の歓声が出迎えた。
思わず足を止める。
外壁の上や正門に、大勢の人だかりができていた。
その誰も彼もがこちらを向いて歓声を上げている。
状況に理解が及ばず、その場でしばし思考停止してしまう。
何? 何の騒ぎ?
歓声の理由が分からず困惑しているところに、数人の兵士が駆け寄って来た。
「いやー、お見事でした! あの怪物の一撃を受けてなお怯まずに、更には神々しい御姿で容易く退けてしまうなんて!」
「素晴らしい! 実に素晴らしい! ……もしや、貴方が勇者様なのでしょうか? そうですよね? いや、そうに違いない!」
「…………」
興奮した様子で矢継ぎ早に話し掛けられる。
が、いまいち状況が飲み込めない。
彼我の温度差が凄まじい。
何をそんなに騒ぎ立てているのだろうか?
俺がジャイアントを追い払ったように見えたのか?
あれは相手が勝手に退いただけであって、大して役に立ったわけでもなさそうなのだが。
感謝されて悪い気はしないが、分不相応というか、何とも据わりの悪い感じが否めない。
王都の住人たちにとっては凄い光景に見えたのかもしれないが、長年に亘り戦っていた身としては、どこか茶番染みて感じた。
全くと言っていいほど、実感が湧かない。
あれは戦闘などではなかった。
今思えば、何かのパフォーマンスとすら思える。
あのジャイアントは普通ではない。
体格もさることながら、その行動原理もおかしいのだ。
ジャイアントの恐ろしさは、体格の良さだけでなく、集団で襲って来ることにこそある。
だというのに、一体だけで、しかもすぐに退いてみせた。
妙な話だ。
あんな奇妙な行動を取るジャイアントに遭遇した覚えがない。
魔王が倒された影響だろうか?
だとしても、どうにも納得がいかない。
悩み続ける俺を余所に、兵士や王都の住人たちは今なお、興奮冷めやらぬ様子で歓声を上げている。
どこか遠い光景のように感じながら、スライムたちのことを思い出す。
外壁部に置いて来たままだ。
何かの拍子にバレてしまうと面倒だ。
注目を集めているこの最中に回収するのも一苦労だが、放置しておく方がことだ。
慌てて外壁へと駆け寄る。
近づいてくる俺に更に興奮したのか、歓声がより大きくなる。
……何故だろうか、余り嬉しくない。
魔王を討伐した後、王都へ凱旋した際は、あれ程嬉しかったというのに。
今は左程嬉しいとは感じない。
実際にジャイアントを倒してないこともそうだが、他の人たちの感情との間にどうにも距離を感じる。
魔物を倒すことに忌避感を抱いたが故なのだろうか。
止まぬ歓声を背に、手早くバッグとローブを回収する。
これ、王都内に入ったら揉みくちゃにされかねない雰囲気だな。
次の行動にまごついていると、正門から兵士よりも豪華な鎧に身を包んだ者が駆け寄って来るのが見えた。
王城の近衛兵だ。
「恐れながら、貴殿が勇者殿でありましょうか?」
「えぇ、まぁ、一応は」
我ながら歯切れの悪い解答をしてしまう。
これだけ衆目を集める中で魔王になりましたとは言い辛い。
「やはり! ならば、勇者殿が魔物を撃退されたのでありましょうな」
「……結果的には、そう言えなくもない、ですかね?」
「は? いやともかく、先の魔物の接近の報については城にも伝わっておりました。そしてそれが解決されたとも。お手数をお掛けしてしまい大変恐縮ではありますが、何卒、城までお越し願えませんでしょうか?」
「……分かりました」
王城には俺も用があったところだ。
王子の昨日の発言。
それに、王様への確認など。
是非もない。
近衛兵の後に続いて王都へと入る。
すぐさま住人たちに囲まれそうになるが、王城から追加で兵士を寄越していたのか、健気にも肉壁となって守ってくれた。
兵士たちの献身に心の中で感謝を述べながら、一路、王城へと向かう。
城門を潜りつつ空を見上げれば、いつしか本物の朝を迎えていた。
それもすぐに見えなくなる。
王城の中へと入ったのだ。
先導する近衛兵は正面階段を上り、そのまま謁見の間へと進む。
扉の前で立ち止まり、警備に就く近衛兵へと話しかけた。
「魔物を撃退された勇者殿をお連れしました」
「既に王が中でお待ちです。此度の一件の顛末と、その報奨に関するお話をお望みと伺っております」
「そうですか、案内ありがとうございました」
「いえ、勿体ないお言葉です。ささ、中へどうぞ」
近衛兵が扉を開いてゆく。
促されるままに謁見の間へと入る。
数日振りのその場所は、特に真新しい物は見受けられない。
――が、真新しい"者"は見受けられた。
謁見の間には、王様の他にも数人が居るのが見て取れた。
近衛騎士団長に、あれは確か宰相だったか?
他にも数人の姿が見受けられるが、この場に王子の姿は無かった。
玉座のある段差の手前で跪き
「おぉ、やはり事を成したのは勇者殿でしたか! 魔物襲来の報を受けてから間もなく、すぐさま撃退してみせるとは、流石は勇者殿」
「お褒めに預かり光栄に存じます」
「どうかお顔を上げてくだされ。頭を下げねばならぬのは、ワシの方です。この度は本当に助かりました」
頭を上げた俺の目に、玉座で頭を下げる王様の姿が映る。
その姿を見た側近たちが息を呑む声が聞こえる。
「陛下、何も頭まで下げられずとも……」
「
「……外壁に一部破損がございましたが、概ね王の仰るとおりかと存じ上げます」
「であろう? 王都を、そして民草をお守り下さった勇者殿に頭も下げられぬ王こそが無礼というものだ、違うか?」
「…………」
思わずといった様子で口を挟んだ側近に対し、王様がそう説き伏せる。
「――さて、勇者殿をこうしてお呼びしたのは他でもない。先程の魔物についてのことじゃ」
「と仰いますと?」
「うむ、魔王亡き今、魔物の狂暴化が解けて久しいと聞き及んでおる。にも拘わらず、こうした事態と相成ったわけじゃが、勇者殿は此度の一件について、何か気付かれたことなど、ありませんでしたかな?」
「気付いたこと、でございますか?」
「左様、最早魔物は積極的に人間を襲わぬ。では何故、先の魔物は単独でこの王都を目指して来たのかと、そう疑問を覚えましてな。勇者殿はどうお考えになられますかな?」
「……確かに、王様の仰るとおり、あの魔物については、自分もどこかおかしいと感じておりました」
「ほぉ。して、どのような点がおかしいと感じられたのですかな?」
「はい。まず、先の魔物――ジャイアントは普段群れで行動します。少なくとも自分が魔王討伐の旅路において、単独のジャイアントと遭遇したことはございませんでした」
「ふむふむ、して、他には?」
「次にその目的が不明な点です。王都のすぐそばまで迫ったにも拘わらず、大した抵抗や執着も見せずにすぐに退いてみせました」
「……魔物の行動は未だ不明な点が多い。此度の一件すらも異常な行動か正常な行動かの判断も付けかねる程に。同じ世界に住まう者として、我々は余りに互いを知らな過ぎる。平和となった今だからこそ、そういったことにも目を向けて行かねばならんのかもしれん」
王様のその言葉に、俺は驚きを隠せないでいた。
俺は王様に支配を使用している。
だが、今の王様の発言や思考に関して、一切の干渉をしてはいない。
あくまでも王様自身の考えであり発言だった。
支配が切っ掛けとなったのは間違いないが、同じ人物がこうも思考を変化させるとは、恐るべきは支配の力と言うべきか。
支配は軽はずみに使用するべきではないと、改めて自分を戒めておかなくてはなるまい。
人間相手には勿論のこと、魔物に対しても。
「勇者殿にも分からぬとなると、魔物の異常行動とでも表現する他ありませんな。以降、同じことが起こらぬよう、王都外への警戒をより一層強化しておく必要がありそうですな。して、再び姿を現した際は、ご助力を賜っても構いませんかな?」
「はい、元よりそのつもりです」
「結構。――さて、それでは勇者殿。此度の件に対する褒美を授けたいと思っておりますが、勇者殿には何か希望はございますかな?」
思わぬ形で機会が訪れたな。
これを逃す手は無いだろう。
「僭越ながら、一つございます」
「ほう、それは何ですかな?」
「ある組織を立ち上げたく存じ上げます」
「ふむ? ある組織とな? 詳細をお聞きしてもよろしいかな?」
「はい、勿論でございます。先程、陛下が仰いましたとおり、我々人間は魔物に対して正しい知識を有しているとは言い難い状況にあります。そして、その所為もあり魔物に対して過剰な対応を取る場合があるのも事実です。そこで、魔物を知り、魔物を保護する組織を立ち上げては如何かと愚考した次第であります」
「ふむふむ、成程。それはとても良いお考えだとワシも思いますぞ。それは是非にも――」
「陛下! 決断はお待ちいただきたい! 魔物は駆除すれば済む話にございます。何も保護する必要は――」
「そうですぞ! 魔物を擁護するようなご発言はお控えいただきたいと、あれ程何度も――」
王様の言葉を遮り、近衛騎士団長や宰相が口を挟んできた。
他の人たちも、二人に同調するように声を上げ始める。
そのまま場が紛糾してしまう。
流石に空気を読まな過ぎたか。
つい先程、魔物の襲撃を受けかけたばかりなのだから、反対されるのも無理はなかった。
そうでなくとも、魔物に対して好意的ではない人間が多いのだ。
好意的でない人間以外は、大多数が無関心というか我関せずといった手合いかもしれない。
魔物の擁護派など、今の世に一体どれ程居ることか。
でもだからこそ、変えることに意味がある。
平和な世に敵を生み出すような思想は、本来忌避すべきだ。
魔物に対する潜在的な恐怖は、根底には魔物への理解不足に起因するところが大きいのではなかろうか。
脅威の対象として、危険度や生息地、その対処法などは検証や考察が成されたが、動物たちのように、その生態や行動原理などを知ろうとはしてこなかった。
それを今こそ知るべき時だと思う。
そう思えるのも、ひとえにスキル【意思疎通 (魔)】があればこそなのだろう。
どうにか他の人々にも魔物の声を届けられれば、この風潮をも変えられると思うのだが。
そんな俺の思いを余所に、場は騒然となっていた。
そこに王様の一喝が加えられる。
「――静まれ! この場に同席させたのは、議論させるためではない。国を預かる者として、救い主たる勇者殿に御礼申し上げるためと改めて心得るがよい!」
「「「ははぁーっ」」」
「騒がしくしたこと、相済まなかった。勇者殿のご希望、必ずやこのワシが叶えさせていただくことをここに誓おう。皆の者も良いな?」
「「「畏まりました」」」
「して、魔物を知り、また保護する組織でしたか。相応しい名称は、もう決めておられるのか?」
家臣たちを黙らせた王様が、そう尋ねてくる。
「いえ、まだこれといったものは何も」
「何事も形からと申すもの。 いっそこの場で決めてしまってはどうか」
「そうですね……それでは、魔物保全組織、など如何でしょうか?」
「ふむ、いっそのこと、国の一組織として、魔物保全機関、としてしまうか」
「――陛下、組織発足の資金だけでなく、運営までも国が負担するのは如何なものかと……」
またも宰相からそう横槍が入る。
「では、そなたは民間に魔物を管理させるつもりなのか?」
「そ、それは……」
「国からも兵士や学者を出し、取り組むべきではないか?」
「……お、仰るとおりかと存じます」
結局、宰相も最後には従う羽目になった。
「では決まりじゃな。王都内に早急に用意させるとしよう。細かい運営方針などは、また改めて話を詰めるとしようか。長くなったが、最後に改めて今回の件、礼を言わせてくれ。感謝するぞ、勇者殿」
「いえ、勿体ないお言葉です。希望をお聞きくださったこと、こちらこそ御礼申し上げます」
「これも国の、いや世界の未来を思えばこそじゃ。今後ともよろしく頼みますぞ、勇者殿」
「はい、尽力させていただきます」
予期せぬ展開ばかりが続いたものだが。
こうして、魔物に対する施策を一歩前進させることが叶ったのだった。
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