第11話 元勇者の魔王、洞窟をゆく
初心を忘れずに、ゴツゴツした感触の石の壁に手をつきながら、壁伝いに洞窟を奥へと進む。
全長は分からないが、横幅は大人三人位がすれ違える程だろうか。
落下地点から向かえるのは二方向のみ。
方向に見当が付いているわけでもないが、どちらにしろ進むしかない。
時折、呼びかけながら進んでみるが、一向に返事はない。
まだ遭遇できない可能性として考えられるのは3つ。
1つ目は、反対方向へ進んでおり、距離が開いてしまった。
2つ目は、同じ方向に同時に進んでおり、距離が詰められない。
3つ目は、何らかの要因により、返事ができない状態にある。
問題は3つ目か。
この場合、返事は期待できないので、こちらから見つけるしかない。
他2つは、この洞窟の規模によって費やす時間が変わるだろう。
できるだけ早く見つけてやりたいのは山々だが、未開の洞窟内を無暗に走り回るわけにもいかない。
焦りは禁物。
二重遭難は避けたい。
ステータスからすれば、大抵のことはどうにかできるはずだ。
用心しなければならないとすれば、身動きが取れなくなってしまうことだろう。
どれ程進んだだろうか。
ここまで分れ道は無かった。
すれ違いにもなってはいない。
この先に居てくれればいいが。
――と、視界の先に明かりが見えた。
気持ち速めに足を動かし、光に身を投げる。
外だ。
見上げる空には、日は既に中天に差し掛かっていた。
改めて周囲を見渡してみるが、スライムらしき姿は見当たらない。
いつの間にか洞窟が上方へと傾斜していたらしく、出て来たのは何処かの横穴ではなく地上だった。
こちらも、周囲に比べて草丈のある草むらの中に隠れるようにして穴が空いている。
……どうにも不自然な穴だな。
ともあれ、今はスライムだ。
「おーい! 聞こえたら返事してくださーい!」
……………………。
しばらく反応を待ってみるも、返事は無かった。
とすれば、反対側か!
急ぎ、洞窟内へと引き返す。
ここまでの道のりで危険な足場は無かった。
であれば、落下した地点までは全速力で向かって問題ないだろう。
そう考える途中から、駆け出していた。
それ程時間は掛からずに、落下場所へと辿り着いた。
ここまでで遭遇はしなかった。
やはりこの先か。
逸る気持ちを抑え、壁に手をつきながら、壁伝いに歩きだす。
時折声を掛けながら、慎重に歩を進める。
しかし、どうにも妙な洞窟だった。
草むらの中に空いた穴、そこから繋がる未開の洞窟。
自然発生にしてはおかしいように思う。
だが、人為的に造ったにしては目的が分からない。
あるいは魔物による仕業だろうか。
場所も場所だ。
王都の目と鼻の先にこんな洞窟があって、尚且つ、周知されてもいないなんて。
その答えが洞窟の先にあるのだろうか?
何度目かの呼びかけに、答える声があった。
『マオウサマ、オタスケ?』
独特の口調、間違いなさそうだ。
どうにも状況は掴めないが、場所は合っているらしい。
「今からそちらに向かいます! その場を動かないようにお願いします!」
俺の声が響いてから、しばしの間を置き。
『ワカッタ、マッテル?』
そう返事があった。
まだ視界にはそれらしき場所は映らない。
とはいえ、声の届く範囲には居るはずだ。
声掛けを続けつつ、その場所まで辿り着くべく進む。
ヒュン、ヒュン。
――と、正面からこちらに向かい風切り音が二つ。
焦らずに壁に背をつけてそれらを回避する。
明かりに照らされたそれらは、先程地上で見たばかりのボウガンの矢だった。
どうやら、奥に居るのは魔物ではなく、人間らしい。
こちらの明かりを目掛けて撃ってきているようだ。
反対側の壁までの距離を測り、目を閉じる。
そして光魔法を解除する。
瞼越しに辺りが暗闇に包まれたのが分かる。
間を置かずに先程確認した反対側の壁へと足音を殺しながら素早く移動する。
そしてそのまま足音を殺しながら、壁を這うように奥を目指して進む。
ヒュン。
すると、再び聞こえてくる風切り音。
先程居た位置に向かって、再びボウガンの矢が放たれたようだ。
目を開き音源を見やるが、そこに光源は無い。
暗闇の中に身を潜ませながら、こちらを狙っていたらしい。
とすれば、向こうの方が暗闇に目が慣れるのが早い、か。
壁から身を剥がし、腰を屈め姿勢を低くする。
手探りで石を拾い上げ、反対側の壁へと投げつける。
カンという音が洞窟内に反響する。
その音を目掛けてボウガンの矢が放たれた。
矢の音を聞くと同時に、射手に向かい全速力で接近する。
ボウガンは連射性に優れる。
時間を与えるのは下策だ。
素早く十数メートル程の距離を詰め、気配のする場所に向かい腕を伸ばす。
服を掴んだ。
そのまま相手を地面へと勢いよく押し倒す。
追い打ちにその身体を強く踏みつけてやる。
残るは一人。
目を閉じ、腕で目を庇いつつ光魔法を放つ。
≪
それと同時にそばから声がした。
「ぐわっ!?」
暗闇に突然現れた明かりに、思わず声を漏らしたのだろう。
その場所へと接近し、同じく無力化する。
……他に物音は聞こえない。
目を開き、周囲を確認してみる。
倒れているのは先程の二名。
服装から察するに、冒険者ではなく盗賊の類のようだ。
こんな場所で盗賊が一体何をしていたというのだろうか。
念の為、持っていたボウガンは壊しておき、他に武器の類がないか調べてみる。
案の定、ナイフを隠し持っていた。
折ってやるのは簡単だが、その折れた刃で何かされても面倒だ。
ナイフは取り上げてしまおう。
ついでとばかりに、下着以外を全て脱がしてやる。
靴まで脱がしてやり、本人たちはその場に置き去りにする。
金も無いことだし、売ってやっても良いのだろうが、余り良い気分はしない。
服や靴は燃やすか捨てるかしてしまおう。
これらを取り上げたのは別に変な意味ではない。
逃亡し辛くするのと、暗器の類を警戒したのだ。
盗賊は倒したぐらいで気を抜くと痛い目を見る。
それこそ腕や足を折ってやればいいのかもしれないが、流石にそこまでしなくても脅威にはなり得ないだろう。
素手で俺のステータスに対抗することはできまい。
さて、スライムはこの奥だろうか。
そこは、一瞥しただけで胸糞の悪くなる光景が広がっていた。
洞窟の奥、行き止まりとなったその場所。
そこにあったのは、魔物たちの成れの果て。
死骸が散乱していた。
どう見ても、自然死ではない。
少なくない箇所に外傷が見て取れた。
檻や罠などが置いてあり、ここに魔物を捕えていたであろうことが窺える。
檻の中の魔物はみな、既に事切れて久しいようだった。
腐敗も進んでいるようで、酷い臭いだ。
……人間は魔物に対して、ここまでのことをするのか。
そんな人間のおぞましさを感じずにはいられない場所に、スライム一体だけが瓶詰にされた状態で無事だった。
『マオウサマ、ゴブジ?』
「――っ」
思わず、言葉に詰まってしまう。
この惨状を成したのは、俺と同じ人間だ。
それぐらい、このスライムにだって分かっているだろうに。
にも拘わらず、以前と変わらずに俺と接しようとしてくれている。
怖かっただろうに。
悲しかっただろうに。
怒りすら覚えていたかもしれないのに。
それでも、人間の俺に変わらずに接してくれるのか。
一刻も早く、この場を離れるべきだ。
近づき、瓶から出してやる。
するとその場で上下しながら、辺りの惨状を見回した。
『ミンナ、シンデル?』
「……えぇ、残念ながらそのようです」
『ドウシテ、ナンデ?』
「……正確には分かりませんが、恐らくは魔物が姿を現さなくなったことで、どうにかして魔物を討伐しようとしたのでしょう」
この洞窟を造ったのか、あるいは、すでにあった洞窟を利用したのか。
「この場所に入ってきた魔物を捕えては、酷い仕打ちをしたようです」
『コワイ、カナシイ?』
「そうですね。とても怖くて、とても悲しいことです」
『マオウサマ、マモル?』
「…………」
『ミンナ、マモル?』
「…………」
どう、答えたら良いのだろうか。
王様には、魔物に友好的に接するよう指示を出してはおいた。
時間は掛かるだろうが、魔物に対する悪感情も減っていく可能性はある。
だが、それでもこうやって、隠れて魔物を襲う輩は現れるだろう。
どれだけ禁じても、その全てを防ぐことは難しい。
いや、そもそも誰も従いはしないかもしれない。
誰も彼も、魔物の討伐を止めないかもしれない。
魔王を討伐するまでの間、魔物が人間を襲い死なせるなんて日常茶飯事だった。
確かにそうだ。
魔物は人間を殺してきた。
だけど、人間もまた魔物を殺してきた。
勿論、俺だってそうだ。
だが、だが今はそうでは無いはずだ。
魔物による被害は聞かなくなって久しい。
魔物は確実に大人しくなっており、身を潜めてすらいる。
だというのに、人間は執拗に魔物を探し出しては殺して回るというのか。
こんなことを望んで、魔王を倒したわけではなかった。
こんなことになろうとは露ほども考えずに、魔王を倒すことだけに専心して。
魔王を倒した後に、どのようなことが起こるかなんて、想像できてはいなかった。
魔王を倒した今、魔物の絶滅は間もないのかもしれない。
魔物がいなくなれば、平和なのか?
魔物がいなくなることが、平和なのか?
魔王が倒れて、魔物は変わった。
では、人間はどうだ?
何が変わった?
俺からすれば、人間が魔物になったようにしか思えない。
襲う側と襲われる側。
立場が入れ替わっただけだ。
このままで良いわけがない。
こんな歪な平和を望んだわけじゃない。
この場所のような惨状が、もし世界中で起こっているというならば、俺はそれを止めてやりたい。
誰もが魔物を敵視するというならば、俺がそれらから魔物を守ろう。
でもそれだけでは足りない。
きっとこの場所と同じように、手遅れになってしまう。
もっと人手が必要だ。
俺と同じ想いを持ってくれる人々の助けが必要だ。
……ぼんやりとだが、やるべきことが見えたような気がした。
『マオウサマ、オナヤミ?』
「……先程の答えですが、守ります、俺が。そしていずれは皆がそうなってくれるように、してみせます」
『ソレ、デキル?』
「やってみせます」
スライムを拾い上げ、バッグの中へと入れてやる。
この場所は……せめて火魔法か神聖魔法が使えれば弔ってやれたんだが。
誰か人を呼んで処理してもらうしかなさそうだ。
しばし目を閉じ、黙祷を捧げる。
苦い思いのまま、その場所を後にする。
道中、転がしておいた二名を確保。
放置しておくのを止め、引きずってゆく。
服や靴はそこら辺に捨てた。
下着姿のままの二名を引きずり洞窟を出る。
まだ日は高い。
周囲を見渡し、それ程離れていない場所に王都を見つける。
王都の外壁部まで歩き、その場に居た兵士に盗賊を引き渡す。
「王都から程近い、薬草が自生している草むらに人が通れる穴が空いています。それは洞窟に繋がっていて、この盗賊二名がおり、奥には魔物の死骸が大量にありました。それらへの対応と、その辺りの事情を盗賊から聴取してください」
「何だって? そんな近くに洞窟が?」
「はい、埋めるか塞ぐかして貰いたいんです」
「……とにかく、確認に向かってみよう。盗賊たちについては、詰め所の兵士に連行させる」
「お願いします。できれば洞窟奥の死骸も処理して貰えるとありがたいです」
「……見てみないことには何とも、な。それに態々そんなことをしなくとも、入れなくするだけで十分だろう」
「…………」
「……ところで、だ。こいつらは何で下着姿なんだ?」
「え? あぁ、逃亡を防ぐ目的と武装解除を兼ねての措置ですが、それが何か?」
「そ、そうか。いや、別に変な勘違いをしたわけではないのだがな……ともあれ、ご苦労だった。後のことは我々に任せたまえ」
「……はい、お願いします」
そう言って、その場を離れる。
やはり魔物の死骸は俺が処理しなければ駄目だったか。
まともに弔ってやれないのは悔やまれるが、今は兵士の邪魔になるだけだろう。
いずれ、薬草の自生地の近くに石碑の一つでも建ててやれれば良いのだが。
気分が晴れぬままに、冒険者ギルドへと向かった。
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