第23話 元勇者の魔王、朝霧の追跡

 早朝、外が薄っすらと明るみを帯びてきた頃に目を覚ます。


 いつもの如く俺の上で丸まっているブラックドッグを霧状にして纏う。


 ベッドから出て、手早く身支度を整えてゆく。


 まだベッドで寝ているスライムたちをバッグに入れてやる。


 残念ながら今日の朝食は断念せざるを得ない。


 そんな思考もすぐに消え、今日の目的を再確認する。


 こんな早朝から起きたのは他でもない。


 冒険者ギルドへと赴き、そこで冒険者たちの後を付けるためだ。


 昨日、探りを入れてくれるとの話もあったし、先に冒険者ギルドの受付嬢さんに会っておいた方が良いか。


 起床して数分と経たず、部屋を後にする。


 廊下は静まり返っていた。


 人気も無い。


 足音すら立てずに一階へと下り、誰とも会うことなく宿屋から出て行った。






 外に出ると、霧が出ていた。


 隠れるのにはうってつけだが、追跡には不向きだろう。


 見失う可能性が高まる。


 流石に天候を操作することはできないので、とりあずは進路を北に、冒険者ギルドへと足を進めて行く。


 早朝のひんやりとした空気の中、整備された石畳の上を俺の足音だけが響く。


 宿屋内では他の宿泊客に気を使って足音を殺していたが、今はその気遣いも不要だろう。


 未だ大通りの店が軒並み閉まっている中、十字路まで来ると煌々こうこうと明かりが漏れる縦長の建物が霧の中から現れる。


 四階建ての建物、冒険者ギルドだ。


 いつもどおりに扉の開かれた屋内へと足を踏み入れる。


 流石に早く来過ぎたのか、正面のカウンターに冒険者の姿は無かった。


 精々が横のテーブル席に突っ伏して寝ている者が居るぐらい。


 昨日会ったばかりの受付嬢さんの姿をカウンターに確認すると、気持ち早足で近付いて行く。



「お疲れ様です、冒険者様。ご用件は何でしょうか?」



 他に利用客の居ない屋内は声が無駄に響く。


 それを考慮してか、従来どおりの応対で迎えてくれた。



「何かおすすめのクエストはありませんか?」


「――まずはギルド証の提示をお願いいたします」


「あ、はい、すみません。――どうぞ」



 存外に冷静にあしらわれたので、少したじろいでしまった。



「……はい、確認いたしました。では、ギルド証をお返しいたします」


「どうも……ん?」



 ギルド証と一緒に紙切れが手渡されていた。


 ……成程、口頭で情報交換は困難と考え、手紙にしてくれたようだ。


 この機転の良さといい、昨日の魔物とのコミュニケーション方法の件といい、流石である。


 心なしか、眼鏡のレンズが自信を表しているかのように光って見えてくる程だ。



「――おすすめのクエストをお探しとのことでしたが、申し訳ございません。現在、追加の依頼は届いておりませんので、通常の依頼のみのご案内となってしまいます」


「そ、そうですか。ではまた改めて来ることにします」


「左様でございますか。それでは、本日はご利用いただきありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」


「はい、それではまた」



 受け取った紙を握りしめ、そのまま建物から外へと出る。


 一瞬、テーブル席で他の冒険者が来るのを待とうかとも考えたが、こちらの姿を見て警戒されても面倒だったので、昨日の外壁部の上まで移動することにした。


 その道中、貰った紙を広げ、内容に目を通しておく。



 ”採取クエストにて納品された品に共通点あり”


 ”どれも根に僅かも土が付いておらず、店頭に並ぶ品と遜色そんしょくが無い”


 ”また、受領するクエストも共通している”


 ”同じクエストを受け、同じ品質の品を納品している集団が居る模様”



 …………。


 どういうことだろうか。


 つまり、店で買った品を提出しているってことか?


 それをある程度の人数が示し合わせたようにやっている?


 まるで意味が分からない。


 そもそも、そんなことをすれば赤字だ。


 例えば薬草だとして、クエスト報酬よりも店で買う方が高い。


 だからこそ、受付嬢さんからも疑惑を持たれたりするのか。


 客観的に見て不自然に過ぎる。


 ならば、その集団しか知り得ない何かがあるのだろう。


 そうこうしている間に、外壁部へと到着していた。


 外壁部の上へとのぼり、王都内を睥睨へいげいする。


 霧がかっているとはいえ、身を乗り出していればこちらが見つかりかねないか。


 すぐに身体を離し、反対側の壁へと寄り掛かる。


 背を預ける形で座り込み、目を瞑る。



複数視点マルチビュー



 光の中級魔法。


 これで冒険者ギルドに来た冒険者を追跡することにしよう。


 本来、固定された視点を追加するだけの魔法。


 それを修練の末、視点をある程度移動させることができるようになった。


 発案者は俺ではなく、魔法使いだったわけだが。


 ただし、俺から一定の範囲内、且つ、歩く程度の速度でしか移動させられない。


 自在に操作するのは大変だが、前回と違い、今回は複数の視点は必要ない。


 遠隔の視点のみに集中する。


 すると、目を瞑っているにも拘わらず、目の前には冒険者ギルドが見て取れた。


 視点だけのこの状態なら、相手から見咎められることもない。


 それに、この霧でも接近して追跡することも可能だ。


 後は冒険者が来るのを待つだけだ。






 果たして、朝霧が晴れるのを待たず、冒険者たちは現れた。


 念の為、建物の外で待つことはせず、建物内へと視点だけで付いて行く。


 彼らは階段に向かわず、正面カウンターへと向かった。


 どうやらCランクの冒険者たちのようだ。


 受付嬢と遣り取りをしている様を、すぐそばで眺めてやる。


 だが、残念ながら会話の内容は分からない。


 この魔法は視覚のみ有効であり、聴覚には対応していない。


 勿論、会話も不可能だ。


 とはいえ、視覚だけでも情報は得られる。


 冒険者が受領した依頼書の写しを覗き見る。


 やはりと言うべきか、全員採取クエストだった。


 追跡する対象はこいつらで間違いなさそうだ。


 建物から出た冒険者たちは、すぐに散り散りになってしまった。


 PTではなく、ソロが偶々居合わせただけだったのか。


 視点を増やして追跡するのは流石に無理な芸当だ。


 大人しく、最初に目星を付けた冒険者を追跡することにする。


 方向から察するに外壁部に向かっているらしい。


 ――が、おかしい。


 大通りを外れて、建物の間にある路地に入っていった。


 王都から出入りするための三つある門は大通りからしか通れない。


 態々混んでもいない道を避けて、脇道を選ぶ必要性が理解できなかった。


 何度も道を曲がる。


 明らかに目的地までの最短距離を歩いてはいない。


 むしろ、尾行を撒くような道程だ。


 ますますもって怪しい。


 余程他人に知られたくない場所に向かっているようだ。


 そして辿り着いた先は、周りを建物で囲まれ、周囲からは死角となっている、酷くボロい納屋のような建物だった。


 人が住めるような広さではない。


 物置きとして使用するのが精々といった大きさ。


 冒険者は迷いのない足取りで、その納屋へと向かう。


 ――と、そこで視界が停止した。


 それ以上進むことができない。


 くそっ、丁度視点を移動させられる限界範囲だったらしい。


 視界の先で、冒険者が納屋の中へと消えて行った。


 扉が閉められてしまったため、中の様子はここからでは窺えない。


 仕方がなく、魔法を解除し目を開く。


 流石に通った道順は覚えていないが、大体の場所は見当がついた。


 これから直接向かってやる。






 急いで外壁から下り、路地へと入る。


 大通りは理路整然とした街並みが広がっているが、一歩路地に足を踏み入れると、まるで迷路のような様相を呈している。


 土地をできるだけ有効利用するために、より狭い間隔での建築が成されていた。


 その結果の迷路である。


 記憶を頼りに奥へと進んで行く。


 すると、途中で誰かの足音を耳が捉えた。


 素早く立ち止まり、耳をそばだてる。


 足音は一人分。


 向かっている方向は……恐らく俺と同じか。


 丁度良いので、こいつに道案内して貰うとしよう。


 その姿を視覚では捉えずに、聴覚のみを頼りにして、後を追って行く。


 やがて目的の納屋へと辿り着くことができた。


 先導役となっていた冒険者がその納屋の中へと入っていく。


 ……おや?


 しばらく様子を窺っていたが、納屋からは誰も出て来ない。


 あんな狭い建物内に、最低でも二名の人間が居るのではないのか?


 それとも、俺が到着する前に、魔法で監視していた冒険者は立ち去ってしまったのか?


 だが、少なくとも今は、中に一人居るのは確実だ。


 踏み込むか?


 だが、俺は特に正当性を有してはいない。


 最悪の場合、ただの不法侵入になるだろう。


 踏み入るべきか否か、判断に迷う。


 すると、またしても誰かの足音を耳が捉えた。


 咄嗟に物影に隠れてやり過ごす。


 その足音の主もまた、納屋の中へと消えて行った。


 …………。


 誰も出て来ない。


 いよいよもって怪しい。


 これは恐らく……地下があるのだろう。


 王都の地下には下水道が張り巡らされていたはず。


 それを避けて穴を掘ったのか、それとも下水道に繋がっているのか。


 採取クエストの品、姿を消す冒険者、王都の地下。


 この先にそれらの答えがあるのだろう。


 意を決して、納屋の中へと足を踏み入れた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る