第21話 元勇者の魔王、深まる疑惑
まぁ、そんなことだろうとは予想していたさ。
眼前の光景を前に、頭の中でそう
「おやおや、こんな真っ昼間っから女を部屋に連れ込むだなんて、アンタも隅におけないねぇ」
「――違います。彼女に失礼ですよ、女将さん」
にやけ面の宿屋の女将に対し、そう注意しておく。
部屋を出た途端にこれだ。
きっと遭遇すると思っていたさ。
会いたくない時にこそ会うんだからね。
「そこのアンタ、この勇者は金持ってないんだから、ほいほい付いて来ちゃ駄目だよ。何されるか分かったもんじゃないさね」
「流石にそれは、人聞きが悪すぎるでしょう!?」
「金持ってない男が女を部屋に連れ込むなんて、事件のニオイしかしやしないじゃないか」
「暴論なうえに冤罪ですから、それ。彼女は今度立ち上げる組織の就職希望の方なんです。まだ建物が出来上がっていないので、部屋でお話をしていただけです」
「はん、どうだかねぇ。ちゃんと稼がないと、また日銭すら無くなっちまうよ、まったく」
「建物が完成すれば、組織としての活動もできますし、国からの運営資金も出ますから、大丈夫ですって」
「……魔物を助けようとかいう組織だったかい? まったく、勇者のくせに正気とは思えないねぇ」
「いずれは皆に認めて貰えるように努めますよ。勿論、女将さんにも、です」
「あたしゃ、そこの女みたく簡単には騙されないからね!」
「騙してませんってば……もう行きますよ?」
「いいかい、そこのお嬢さん。何かされそうになったら、迷わず大声を上げるんだよ?」
「……俺を何だと思ってるんですか、女将さんは」
「勇者だって男には変わりないだろう? ……それとも、男同士が良いってのかい!?」
「もう行きますから。後、身に覚えのない誹謗中傷は止めてくださいね」
「くれぐれも人様に迷惑かけるんじゃないよ! アンタは勇者なんだからね!」
一番勇者扱いしてないのは、宿屋の女将さんだと思うんだけれどもね。
そんな言葉を背に受けつつ、宿を後にした。
「さっきは女将さんが、色々と失礼なことを言って済みませんでした」
宿屋から出て間もなく、受付嬢さんに謝った。
建物内で言うと、また絡まれるだろうし。
「いえ、気にしていませんから。それよりも、勇者様こそ大丈夫でしたか? 随分な扱いだったように見受けられましたが……」
「女将さんは、いつもあんな感じなので。もう言動には慣れましたよ。不意に遭遇すると今でも驚きますがね」
「――勇者様、女性に対しその言い方は失礼ですよ」
「え? 女性……でしたかね、そういえば」
「勇者様!」
「ハイ!? す、済みません、失言でした」
「気の置けない仲なのは分かりましたが、親しき中にも礼儀あり、ですよ?」
「ははは、どうにも軽口を言い合うのが常なもので、つい。ご助言はしかと胸に留め置きます」
「……それで、昼食は如何されるのですか?」
「いつもは屋台で軽食を買って、山で皆と一緒に食べてますね。……それでも大丈夫そうですか?」
「私も元冒険者ですから。心配なさらずとも、抵抗はありませんよ」
「成程、そう言えばそうでしたね。ではいつもどおり、軽食を買って行きましょう」
いつも利用している屋台で軽食を2人分購入した。
勿論、彼女の分も支払った。
……店先で支払いに関して少し揉めたが、今回は俺が誘ったようなものだ。
どうにか彼女の方が折れてくれた。
慣れぬ歩幅に戸惑いつつも、王都を抜けて山を目指す。
昼時から少し過ぎてしまった辺りで、ようやく目的地に到着した。
相変わらず冒険者の姿も気配も無いが、その他の気配は感じられる。
先だってのジャイアントの一件で鳥や動物が何処かへと避難してしまっていたわけだが、今は少しずつではあるが、その姿が戻って来ているようだった。
踏みしめる落ち葉の音と、鳥の鳴き声を聞きながら、2人と4体で山道を歩く。
周囲を確認した後、早々にスライムやブラックドッグは外に出してあげたのだ。
今は、いつもの開けた場所へと移動している最中だった。
「本当に誰の姿も見かけませんね」
「でしょう? 最近はいつもこうなんですよ。お蔭で皆でこうして歩けているわけですがね」
「……それは少し妙ですね、冒険者ギルドでは他にも採取クエストを受けている方々もおられたはずですが、一体どちらに向かわれているのでしょうか」
「そうなんですか? 前に王都そばの薬草の群生地には毒消し草が見当たらなかったので、この山に来ることになったのですが。他の場所となると、東の洞窟か、西の大森林辺りでしょうか」
「それでも少しは分散しそうなものですが……やはり、ここに誰も来ていないのは妙です」
「ふむ、冒険者ギルドではその辺りを把握はされてはいなのですか?」
「採取場所までは特に伺ったりはしませんから」
「それもそうですよね。何処かに穴場……いや、この場合は人気の場所があるのかもしれませんね」
「……以前、洞窟内で沢山の魔物たちが罠に掛けられ命を落としていたと仰っていましたが、もしかしたら何処かでまた魔物が発見されて、それに冒険者が群がっているのかもしれません」
「っ!? そ、そうなんでしょうか」
「可能性としては十分あり得るかと。勇者様が最後に他の冒険者を見掛けられたのは、いつ何処か覚えていらっしゃいますか?」
「直近ではこの山ですね。丁度、このブラックドッグを数名の冒険者が狙っていた所に居合わせまして、助けに入った次第です」
「……その時も、冒険者は魔物を――正確には妖精を狙っていたわけですね?」
「まぁ、そうなりますね……」
「やはり、冒険者の方々は冒険者ギルドが把握していない魔物の所在を独自に仕入れているようですね」
「……では、ここ数日、冒険者の姿を見かけないのは……」
「恐らく、他の場所で魔物を狙っているのではないかと推察されます」
「…………」
何てことだ!
不思議には思っていたが、悪い方に予想が当たっているのか!?
それが本当だとすれば、のんびり構えていた今までが悔やまれる。
慌てて他の冒険者の所在を確かめようと走り出そうとする。
――と、その前に彼女の声が掛けられた。
「――どうか落ち着いてください、勇者様。今焦っても何処に行ったかは分からないと思います。王都に戻り次第、外壁部の上で冒険者の動きを観察してみては如何でしょうか。凡そどの方向から戻って来るのかが分かれば、明日以降の捜索の手掛かりにもなるかと思います」
「ですが!」
「明日は朝から冒険者ギルドで仕事です。不自然にならない程度に探りを入れてみます。明日お越しください」
「……分かりました。お願いします」
「今日の所は、昼食を取り終えたら早めに切り上げて外壁へ向かいましょう」
「はい、そうですね。そうしましょう」
俺よりも余程冷静かつ的確に状況分析と方針を決定してみせる彼女。
そんな彼女を、昔、本当に俺が助けたりしたのだろうか。
それとも、勇者だった頃の俺は、今よりも色んなことを当たり前の様にこなしていたのだろうか。
そう考えると、当時の俺がどこか別人のようにさえ思えてくる。
『マオウサマ、ウゴカナイ!』
『オサンポ、オワリ!?』
『オヒル、タベタ?』
不意にスライムたちに声を掛けられ気付く。
いつの間にか立ち止まっていたらしい。
「……そうですね。遅くなりましたが昼食にしましょうか」
『ケッコウ、タベタ!』
『マダマダ、イケル!?』
『ハラ、ジュウブンメ?』
「……十分目は食べ過ぎです。程々にしておかないと後悔しますよ」
「また何か喋っているのですか?」
「ええ。もう十分に食事を取ったらしいです。開けた場所までもう少しですし、俺たちも昼食を済ませてしまいましょうか」
「そうですね、そうしましょう」
そうして、再び足を動かし始めた。
程なく開けた場所へと辿り着いた。
俺たちと同じく空腹であろうブラックドッグに、予め買っておいたエーテルを与えてやる。
勢いよく尻尾を振ってみせるブラックドッグの頭を撫でてやりながら、俺たちも食事を取ることにする。
横に座る彼女が、恐る恐るといった様子で、ブラックドッグの体を撫でようと試みている。
当のブラックドッグは大人しく腹ばいになり、我関せずといった様子だ。
スライムたちはというと、お腹は申告どおりに満たされたのか、今は周囲を跳ね回っていた。
最早日課と化したハイキングだが、やはり動き回れるのが嬉しいのだろう。
その様子を眺めながら、冒険者たちについて考えてみる。
魔物を見掛けないのと、冒険者を見掛けないのは同じ理由だったのだろうか。
そもそも、王都外で出会った魔物といえば、先のジャイアントだけなのだ。
スライムは王都内の下水道で出会ったのだし、ブラックドッグも狙われたとはいえ妖精だ。
あの洞窟の奥で見た魔物の死骸以外、見掛けてはいないことになる。
魔王を倒して数年、その間にどれ程の数の魔物が倒されたのだろうか。
そして、今なお生き延びている魔物はどの程度いるのか。
それを助けてやることは、果たして可能なのか。
――そこでふと思う。
孤児院の子供たちがそうだったように、魔物もまた生みの親を亡くしていていてもおかしくはない。
そしてそれは、俺の手によるものかもしれないのだ、と。
助ける助けると言いつつ、この事態を招いている一端は俺にあるのも事実。
魔物を倒し、魔王を倒し、今更ながらに魔物を助けようとしている。
当然、当時とは状況が変わっている。
当時のままに魔物を討伐し続けるのは間違っていると今では思う。
だがもし仮に、今でも勇者のままであったとしたら、どうだっただろうか。
魔物の言葉が分からず、それでもなお、今の考えに至ったか?
スライムを討伐しようと下水道に向かい、倒さずに済ませたか?
本当に俺は俺のままなのだろうか。
勇者であった頃の俺と、魔王となった俺。
本当に俺自身は変わっていないと言い切れるのか?
どうにも疑心暗鬼になってしまう。
俺の行動も、俺の思考も、何もかもが疑わしく思えてくる。
自分では変わっていないと言いつつも、これである。
勇者であれば、こんなことで悩んだりもしなかったのに。
勇者でなくなったからこそ、こうして悩むことができるというのに。
俺は弱くなっている。
当時よりも確実に。
でも人間として、そもそも未熟だったのではないだろうか。
ただ勇者という職業の恩恵により、色々な感情が抑制されていただけで、俺は人よりも多くのものを取りこぼして来たのではなかろうか。
……何か、ひたすらに情けなくなってくる。
「――また何かお悩みなのですか?」
その声でふと我に返る。
ひたすらに思考が横へと逸れていき、元々何を考えていたのかも分からなくなっていた。
「いえ、何でもありません」
そう、何でもないことだ。
きっと、そんなに気にする程のことではない。
結局のところ、俺が気にしているのは自分ではなく、他人の目なのだろう。
他人にどう見られるかが気掛かりなのだ。
あの孤児院の子供たち
そんなことが怖くて堪らないのだ。
でも、そんなことは当たり前で。
誰もが好き勝手には生きられない。
生きようとはできても、他人からどうとも思われないなんて無理だ。
なら仕方が無い。
どうあっても他人から何かしら思われてしまうのなら、せめて自分のしたいことをしよう。
色々と考えた挙句に出たのは、そんな当たり前の結論。
勇者として魔王を倒し、そして魔王となった今恐れるモノが他人の目だとは。
勇者は魔物を倒し、魔物は人を倒し、人は勇者を倒す、みたいな話がなかっただろうか。
今にして思えば、何とも恐ろしい話だ。
「やっぱり、何かお悩みですよね?」
「いえいえ、本当に何でもありません」
こちらに詰め寄って来る彼女を宥めつつ、後退りする。
心配してくれるのは有難いが、甘えるわけにはいかない。
これは自分が向き合わなければいけない感情であり、現実なのだから。
さぁ、昼食も食べ終えたことだし、冒険者探しを始めるとしよう。
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