第15話 元勇者の魔王、討論と考察
王子の私室。
こうして足を踏み入れるのは初めてになる。
普段立ち入ることなど叶わない、王城の三階。
中央に王様の部屋があり、その左右に王妃様と王子の部屋があった。
残念ながら、王妃様は既に他界なされて久しい。
目が眩むほどの金ぴかな室内――ということも無く、思いの外、品の良さが窺い知れる、主張し過ぎない豪華さの室内だった。
思いがけず、感心してしまう。
割と意外だ。
何かにつけて他人を見下す、この王子。
もしくは、見下す相手は俺限定かもしれないが。
部屋はその住人の心を写す鏡と言うらしい。
この部屋の様相こそが本来の姿なのか、はたまた、王子の普段の姿こそが地なのか、判断に困る。
こちらの困惑を知ってか知らずか、王子が口を開いた。
「態々お越し頂き恐縮です、勇者殿。どうぞ、椅子をお使いください」
「……どうも」
促されるままに、上等そうな椅子へと恐る恐る腰かける。
「そう警戒なさらないでください。何も取って食おうというわけではありません」
「はぁ……」
「単刀直入に申し上げます。父上に何があったか、ご存じではありませんか?」
「……王様がどうかされたのですか? 一昨日お会いした際、お加減が優れないご様子でしたが」
「えぇ、あれから、どうにも父上のご様子に違和感がありまして。直前にお会いになられていた勇者殿ならば、何かご存じなのでは、と」
違和感とは、魔物の件についてなのは間違いないだろうが、それを一切口にしない所を見るに、こちらに鎌をかけているのだろうか。
謁見の間からは、碌に話もせず、早々に退出したことになっている。
それ以降、今日まで王様には会っていないのだから、王様の心変わりを俺が知っているのはおかしいだろう。
ここは知らぬ存ぜぬで押し通すしかあるまい。
「自分は話もそこそこに退出してしまいましたし、王様のお加減についても存じ上げませんが」
「……そうですか」
「それ程までにお加減が悪いのでしょうか?」
「いえ、そういうわけではありません。少し言動に思う所があったまでです。そうですか、何もご存じない、と」
「えぇ、残念ですが」
「では、話は変わりますが、勇者殿は昨今の魔物に対して、どう思われますか?」
「……どう、とは?」
唐突な話題の切り替えだな。
王様の様子ではなく、魔物の話題で言質を取りに来たのか?
「魔王が倒されて以降、魔物による被害は激減したと言って良いでしょう。しかしながら、まだ魔物は生き延びています。潜在的な脅威は無くなってはおりません。勇者殿は魔物をどうするべきとお考えでしょうか?」
「…………」
「勇者殿は人類の急先鋒。恐らくは、誰よりも魔物を討伐せしめたことでしょう。それはとても素晴らしいことです。そのお力があれば、残る魔物を根絶することも可能ではありませんか?」
「…………」
「……それとも、魔物を根絶できない理由でもおありですか?」
……そう来たか。
スライムたちの件が、あの三バカから既に王子の耳に入っているのかもしれないな、これは。
ここで下手に賛同すると危険だろう。
それに確か、転職場の職員が、魔王に転職したことを王城へ伝えるとも言っていたはずだ。
唐突に魔王や魔物の話をしだしたりと、王子が何かしらの情報を得ている可能性が高いように思える。
ここはなるべく正直に答えておくか。
「……まず、自分はもう勇者ではありません。転職して魔王になりました」
「何と! 魔王を倒した勇者殿が、今度は魔王になってしまわれるなど、よもや人間の敵となるおつもりではありますまいな?」
白々しい。
この反応、やはり知っていたらしい。
普通、いきなりこんなことを言われて、信じたりはすまい。
「そんなつもりはありません。何に転職しようとも、自分は自分です。人間を害するつもりも、そうしたいとも思いません」
「そのお言葉を聞けて何よりですな。では魔物に対しては如何ですかな? 変わらず敵と思っておられますか?」
「敵意を向けてくるモノは敵です。それは魔物だろうが人間であろうが関係ありません」
「勇者殿は――いえ、貴殿は人間と魔物を一括りにされるおつもりか?」
「種族で敵味方が分かれているわけではない、と申し上げているまでです。人間と魔物を同じとは思ってはいません」
「では、敵意を向けて来ない魔物に対してはどうされると?」
「取り立てて何も」
「何もしないと? それが例え王都の中に現れようとも、ですか?」
「敵意がないのであれば」
「敵意がなくとも、人間を害し得る魔物も居るでしょう? それでも放置されるおつもりですか?」
「意図せずして、周囲に被害を及ぼすというのであれば、可能な限り被害をなくすことにやぶさかではありません」
「具体的には、どうされるおつもりですか?」
質問が連続する。
そしてこの質問である。
もしや【意思疎通 (魔)】のスキルに見当が付けられている?
下手に知られると、魔物の被害を俺の所為に仕立て上げられかねない。
いや、如何に王子といえど、そこまではしないか?
…………。
信用は……残念ながらできないな。
「――そもそも、そういう魔物が王都へ接近しているのを発見した時点で、王都内への侵入を阻止すべきでしょう。違いますか?」
「……成程、もっともなご意見。ですが、万一という事態もあるでしょう? もしも王都内に侵入を許してしまったら、どうされますか?」
「その魔物に敵意がないのであれば、どうにかして王都から追い出すでしょうね」
「その際、魔物を討伐してはくださらないと?」
「積極的に王都を破壊して回るなり、人を襲うなりするのであれば別ですが、そうでない限りは、そのつもりはありません」
「そう思われるのは、魔王になったからですか?」
「先程も申し上げたとおり、自分は自分です。魔王だからといってそう思うわけではありません」
もっとも、そうなった切っ掛けは魔王へと転職したことだろうが。
「ですが、魔王となったからには、何かしら魔物を統べる方法をお持ちになられるのではありませんか? それを用いられては如何ですか?」
遂に来たか!
それが聞きたかったに違いあるまい。
「……それが可能であるならば、人間を襲う魔物は出現しないでしょうね」
「…………」
「自分には人間を攻撃するような意思はありませんし、その自分が魔物を統べられるのであれば、人間を襲う魔物が存在するはずはないと思いますが?」
「魔物を操ってはおられない、と?」
「自分が魔王に転職して数日、何か魔物の行動に変化はありましたか?」
「……私は存じ上げませんね。ですが、貴殿が魔王となった頃と時を同じくして父上の様子が明らかに以前とは変わられた。この符合は見過ごせません。あらぬ疑いを掛けられたくなければ、今後、父上との謁見は控えていただきたい。よろしいですね?」
「……分かりました」
「私からのお話は以上です。お時間を取らせて申し訳ございません。またこうしてお話できる機会を頂ければ幸いです」
「えぇ、そう、ですね」
「では余りお引止めしてもご迷惑と存じあげますので、今回はこれでお開きといたしましょう」
「はい、ではこれで失礼させていただきます」
こうして、王子との会話は終了した。
こちらの情報を不必要に与えてはいないつもりだが、果たしてどうだったか。
今まで以上に、行動の予測がつかない。
それに、王様との謁見に関しても釘を刺されてしまった。
できれば直に会って、進捗具合と、俺のアイディアを伝えておきたかったのだが、今回は時期が悪いだろう。
ここは大人しく、もう一つの目的を果たすに留めよう。
王子の私室から出ると、近衛兵に二階まで送り届けられた。
目的地の書庫は一階だったように思う。
記憶を頼りに階下へと足を運ぶ。
閲覧には許可が必要そうだが、どの道、門外漢の俺では何処に何の本があるかも分かるまい。
書庫内に誰も居なければ、近くの人に尋ねるとしよう。
確か、この辺りだったと思うのだが。
何となくの場所は覚えているが、流石に扉が閉じた状態では、どこも同じにしか見えない。
手当たり次第に扉を開けて回るのも手ではあるが、不審者極まりない。
許可を得てからならまだしも、許可も無しにそこまでするのは躊躇われる。
――と、そこに都合良く、学者風の人が目についた。
すかさず、その人物へと駆け寄る。
「あの、済みません。少しお尋ねしたいことがあるのですが、今お時間よろしいでしょうか?」
「は、はい? し、失礼ですが、ど、どなたでしょうか?」
「えーっと、勇者、です」
元、ですがね。
「え!? あ、あの勇者様ですか? ほ、本物!?」
「どうか落ち着いてください」
「は、はひぃっ!」
まさか自分よりも挙動不審な人物に遭遇するとは。
若干不安もあるが、ひとまずは尋ねてみよう。
「えっと……お話させていただいてもよろしいですか?」
「は、はい、も、勿論ですとも! な、何でも仰ってください!」
「実は、妖精について少し調べているのですが、その食事について分からなくて」
「よ、妖精の食事ですか? ず、随分と変わったことをお調べになられていらっしゃるんですね」
「昔、仲間の魔法使いが何か話していたと思うのですが、思い出せないのがもどかしくて」
「た、確かに、お、思い出せそうで思い出せないことって、あ、ありますよね。わ、分かりました。で、では一旦書庫に行きましょうか。よ、妖精のことを記していた本が、あ、あったはずですから」
「そうですか! では、是非お願いします」
「は、はい! で、では、ど、どうぞこちらです」
思ったよりも人の好さそうな学者風の男性と一緒に書庫へ入った。
これほど広い部屋だったとは。
二階まで吹き抜けになった部屋の壁一面に、本が所狭しと並んでいる。
これは素人が目的の本を見つけるのは至難の業だろう。
思わず口端が引き攣ってしまう。
「え、えぇっと、よ、妖精、妖精……た、確かこの辺りだったような……」
学者風の男性は、書庫に入るなり脇目もふらず部屋の一角へと向かい、目的の本を探してくれていた。
自分には、どれも同じ本にしか見えない。
大人しく待つことにしよう。
――と、すぐに声が上がる。
「あ、あった! あ、ありましたよ、こ、これです! た、確かこの本に妖精の食事に関して、き、記載があったはずです」
一冊の本を手にしながら、こちらへと歩み寄って来る。
思ったよりも見つかるのが早かったが、意外なのは発見までに要した時間だけでは無かった。
その本が随分と薄かったのだ。
そんな本に重要な事柄が記載されているのだろうか?
俺の疑問を余所に、学者風の男性は喜々とした表情でその本に素早く目を通していく。
「え、えぇっと……こ、これじゃない……こ、ここでもない……こ、これかな? よ、妖精はネズミの髭や夜露、き、キノコなどを食べるらしいと、か、書かれていますね」
「え? ネズミにキノコですか?」
「ね、ネズミの髭、よ、夜露、き、キノコ、ら、らしいです」
……それ、本当なのか?
髭や夜露で腹が膨れるのだろうか。
「……ちなみになんですが、その本の信憑性は如何程でしょうか?」
「し、信憑性ですか? ほ、殆どないんじゃないですかね。そ、そもそも、こ、この本は研究や観察の記録ではありませんし」
「そうなんですか? じゃあ本当のところは分からないと?」
「え、えぇ。な、中々にユニークな内容だったので、こ、この本のことを覚えていただけでしたので」
「そ、そうですか……」
参ったな。
別にこの人に悪気があったわけでは無いのは分かるのだが、今は正確な情報が必要だったのだ。
他にちゃんとした本はないのだろうか?
「あの、他に妖精の食事について記載された本はないんですか?」
「ほ、他にですか? ち、ちょっと記憶にないですね。そ、そもそも、よ、妖精なんて本当に、い、居るんですかね?」
そこから不明なのか……。
まぁ、王都に住んでる人間が妖精に出会う機会なんてあろうはずも無いか。
妖精は確かに存在していて、実際に会ったことさえある。
だが、その時は魔物による被害に対し助力を乞われただけだった。
なので食事に関しては皆目見当もつかない。
俺の様子を見て取ったのか、学者風の男性が声を掛けてきた。
「そ、そんなに重要な事柄なのですか? た、確か妖精は、ま、魔力が濃い場所を好む、み、みたいなことを聞いた覚えぐらいなら、あ、ありますけど」
「魔力、魔力か……」
妖精が住んでいた、深い森の奥にあった泉。
その泉の水は、緑がかった珍しい色をしていた。
だから水によって生きていると勝手に思い込んでいたが、あの場所は魔力が濃かったのだろうか?
いや確か……魔法使いが何か言っていたような気が……。
そう、確かに魔力がどうとか言っていたはずだ。
詳しい内容までは思い出せないが、魔力が関係してはいたのだろう。
つまりは、魔力を与えれば良いのだろうか?
……魔力ってどうやって与えるんだ?
「魔力って他人に与えたりできますかね?」
「は、はい? ま、魔力をですか? ど、どうでしょう……き、聞いた覚えがありませんが」
「……そうですか」
「で、ですが、そ、そんなことをしなくても、え、エーテルを飲めば良いのでは? そ、それでは何か都合が悪かったり、し、しますか?」
「!?」
あぁそうか、エーテルだ!
あの時魔法使いは、泉が魔力を含んでいてまるでエーテルみたいだ、って言ってたんだ!
MPが回復できるエーテルなら、魔力を吸収するのと結果的には同じことか!
なら、エーテルを試してみて、それでもし駄目ならば、さっきの髭とかを試してみるしかないか。
しかし、ネズミの髭か。
また下水道に行けと言う啓示だろうか。
いや、さっきも思ったが、腹一杯になる量の髭なんて、集められるはずもない。
それならキノコ集めの方がまだ現実的だろう。
昨日行った山や、王都西部に広がる森でも集められる。
ともあれ、これで当たりはつけられたわけだ。
早速試してみるとしよう。
学者風の男性にお礼を述べると、足早に王城を後にした。
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