第13話 元勇者の魔王、魔王っぽくなる
ブラックドッグに霧状になって貰い、付いて来るように指示を出す。
すると
「!?」
こ、これは!?
な、何か魔王っぽくない!?
黒い霧を纏う姿……実に魔王っぽい!
いや実際、魔王なんだし、”ぽい”とか思っている時点でアレなんだが。
流石に日の有る内に、このまま王都を出歩くのは目立ち過ぎる。
ブラックドッグに指示を出すには、本体か霧の一部に触れている必要がある。
だから遠くに飛ばしておくわけにもいかない。
部屋でバッグを探した際に、簡素なローブを見かけた気がする。
雨避けなどに使用していた物だったか。
ローブさえ羽織れば、霧状に纏うことで、一緒に行動することも容易だろう。
いやー、しかし、この黒い霧に包まれる姿。
実に魔王っぽいよね!
意気揚々と次の行動に移る。
スライムたちへの食事だ。
バッグから出してやり、食事を取って貰おう。
「もう出て来ても大丈夫ですよ」
『オソト!』
『ヤット、デレタ!?』
『ドウクツ、ナシ?』
「もう夕方ですし、ここで食事を取ってください」
『オナカ、フクレタ!』
『モウ、イラナイ!?』
『モッテ、カエル?』
「お腹、空いてないんですか?」
『ダイジョブ!』
手に乗せられる大きさだし、小食なのかもしれない。
お腹が空いていないのならば何よりだ。
草や葉を持ち帰ってもいいのだろうけれども。
どうせクエストで外に出るだろうし、また連れて来れば良いだけか。
『アソブ!』
『タイクツ、ダッタ!?』
『ウンドウ、ヒツヨウ?』
「分かりました。けど、遠くに行っては駄目ですよ」
『『『ワカッタ』』』
薬草の群生地での一件を踏まえて、スライムたちには目の届く範囲に居て貰うことにした。
先程蹴り飛ばした冒険者たちを回収しつつ、毒消し草を採取する。
冒険者たちを集め終わり、毒消し草も必要な分確保できた。
満足したスライムたちをバッグの中へ戻しながら、帰り支度をする。
とはいえ、特別な準備はない。
両手で冒険者たちを掴み上げる。
が、全員となると一人で運ぶのは難しい。
重さもだが、単純に手が足りてない。
空は茜色に染まっている。
もうすぐにも暗くなってくるだろう。
それぐらいの暗さなら遠目からなら分からないだろうか?
ブラックドッグに霧から戻るように指示を出す。
大型犬の姿へと戻ったブラックドッグに追加で冒険者を運ぶよう指示を与える。
俺とブラックドッグとで、冒険者たちを王都外壁部付近まで運んでやるのだ。
もうこの山に魔物は居ないとは思う。
けれども、この場に冒険者たちを放置して、何か起きては寝覚めが悪い。
運悪く、魔物に襲われでもしたら、魔物への悪印象が強まってしまう。
そもそも、元勇者としてそんな真似はできそうもない。
例え、忠告を無視し、危うく死にかけるところだった連中とはいえ、だ。
連れ立って、重たい荷物を運んでいく。
直接、正門に向かえば、ブラックドッグを目撃されてしまう。
少し離れた場所に置いていくとしよう。
外壁付近なら兵士の巡回もあるし、すぐに見つかり、万が一にも魔物に襲われる心配はないだろう。
行きよりも幾分時間が掛かったが、無事誰かに見咎められることも無く、外壁部分へと辿り着いた。
その場に冒険者たちを下ろしてやる。
結構容赦なく蹴ったからか、まだ誰も意識は戻ってはいなかった。
まぁ、呼吸はしてるし問題はないだろう。
ブラックドッグの頭を
周囲は程よく暗くなっている。
これならば、光源の近くにさえ行かなければ、霧状のブラックドッグに気付かれることはないだろう。
一応、俺の影になる辺りを追従させて、王都内へと戻った。
その足で冒険者ギルドへと赴き、毒消し草の採取クエストの報告を済ませて報酬を貰う。
四階建ての建物を後にし、久々にまともな食事にありつこうと適当な店を探す。
が、すぐさま思い留まった。
流石に魔物たちを連れて屋内で食事を取るのはマズいだろう。
夕飯もテイクアウトの軽食で済ますことにする。
ブラックドッグは見た目は犬だが、食事も犬と同じなのだろうか?
小型犬サイズだったなら王都内でも実体化させられそうだが、如何せん2メートル近いのではそうもいかない。
目立って仕方が無いだろう。
食事を取らせるにしても、人目のない場所へ移動するか、もしくは、宿屋の俺の部屋ぐらいか。
生肉は食べられなかった場合の処理に困るので、干し肉を購入しておいた。
これならば最悪俺が食べれば済む。
ただ、その場合はブラックドッグの食事ができていないことになるわけで。
そういえば、妖精という可能性を失念していたな。
妖精の食事……。
漠然としたイメージでは、花の蜜とか水とかで生きていそうな感じがする。
それをブラックドッグに置き換えてみる。
…………。
無理があるな。
あの体躯を満たすには、熊が食す蜂蜜の量ぐらいは必要そうだ。
そんな量、とてもではないが買えそうにない。
こうなれば一刻も早く、王様に新たな施策を公布して貰わねば困る。
あちらもどうなっただろうか。
会議の結果は気になるが、今から城に出向くには時間が遅すぎる。
また明日確認してみることにしよう。
となれば、宿屋に戻るとするか。
昨日よりも随分早く、宿屋に戻ることができた。
またもタイミングが良かったのか、宿屋の女将と遭遇することもなかった。
日に一度も会わないというのは珍しい。
その幸運を逃さず、素早く部屋へと戻ることにする。
本来であれば、日に二度は会うことになるのだ。
二度の機会とは食事のこと。
代金を滞納している今、悲しいかな提供されることは無い。
特に問題なく部屋へと戻って来れた。
まずはスライムたちをバッグから出してやる。
『オヘヤ!』
『モドッタ!?』
『オヤスミ?』
昨日よりかは控え目に、部屋を徘徊し始める。
ブラックドッグは……どうしようか。
余り質量を感じさせない手触りではあったが、何せあの大きさだ。
支配下にあるから暴れたりはしないだろうが、突然、部屋に誰か来たら咄嗟に隠せそうにない。
念の為、部屋の鍵を掛けてから実体化させてやる。
早速、干し肉を与えてやるものの、一向に食べる気配はない。
触って指示を出しても、残念ながら結果は変わらなかった。
これはやはり、魔物ではなく妖精の可能性が高まった気がする。
そうなると、根本的に食べ物が違うのだろうか。
こういう時、魔法使いが居れば良かったのだがな。
仲間にも一人、魔法使いがいた。
性格に多少……とは言えない難があったが、その実力と知識量は並外れていた。
確か妖精についても何か語っていたように思うが、如何せん、彼女の話は長いうえに難しい。
大体が聞き流すのが癖になっていた。
恐らく今頃は、魔法協会に戻って新たな魔法の研究か、新薬の開発にでも没頭していることだろう。
魔法使いの新薬は効果が両極端だ。
飛び抜けて効果が高いか、逆に底抜けに悪いかのどちらかだった。
冒険の途中、隙を見ては新薬の実験台として、俺を含めた仲間たちに一服盛ってくるという質の悪さ。
困ったことに、何度注意しても――。
「――おい、勇者。帰ってるのかい?」
――と、思考が逸れまくっていた所に、扉越しに宿屋の女将の声が聞こえた。
間を置かずに扉のノブがガチャガチャ音を立てている。
危なっ!?
鍵を掛け忘れていたら、危うくご対面させてしてしまう所だった。
慌ててブラックドッグを霧状に戻しつつ、スライムたちに隠れるよう、小声で指示を出す。
「はーい、何か御用ですかー?」
室内を見回し、問題が無いか確認しながら、そう返事する。
「兵士がアンタに話があるって下で待ってるんだよ。アンタ、何か仕出かしたんじゃないだろうね?」
「…………」
……何だろうか?
思い当たる節と言えば、帰り際の冒険者たちの投棄ぐらいなものだが。
まさか、あれが目撃されていたのだろうか?
他に
流石にこちらは露見してはいないはずだが、ともあれ会ってみる他あるまい。
「分かりました、今出ます」
「早くしとくれよ。兵士が居座ってたんじゃ、客が逃げちまうってもんさね」
そんな宿屋の女将の言葉に急かされるように扉の鍵を開け、部屋の外へ出る。
後ろ手に素早く扉を閉めておくのも忘れない。
「一応、アタシも話を聞くからね。何か仕出かしてたら、追い出してやるからね! 但し、宿代はキッチリ払いに来て貰うけどね!」
「わ、分かってますよ。ちゃんとお支払いします」
「いっつも口先だけなんだよ、アンタは! 現物を寄越しな、現物を!」
一階に下りるまでの間、宿屋の女将にそう迫られる。
折角、今日は遭遇せずに済んだと思った矢先にこれである。
余り接近されると怖いんですけどぉ!?
果たして、階下で待って居たのは確かに兵士だった。
一見しただけでは誰とも見分けは付かない。
故に用件にも見当がつかなかった。
宿屋の女将とやってきた俺を見やり、兵士が口を開く。
「貴殿が勇者殿であらせられるでしょうか?」
「えぇっと、まぁ、そうですかね」
正確には元勇者なのだが。
一々訂正した方が良いのだろうか。
けど、正直に魔王と告白しても、それはそれで一悶着は免れまい。
特に、今は宿屋の女将が一緒なのだ。
そんな面倒事は全力でお断りしたい。
「……? 相違が無ければ、用向きをお伝えしたく思うのですが、よろしいでしょうか?」
「は、はい。お願いします」
「では、お伝えいたします。先頃、勇者殿に捕えていただいた盗賊からの事情聴取が終了いたしました。今回の件以外にも余罪が多数あり、近々冒険者ギルドの方へも捕縛依頼が出される運びとなっていたところに今回の一件があった次第です」
「はぁ……そうですか」
兵士の用件とは、あの洞窟の一件のことだったらしい。
色々と思い当たっていたので、内心安堵した。
「今回、依頼が出される前ではありましたが、その際の報酬を是非受け取って頂きたく、夜分に失礼かとも思いましたがこうして参った次第であります」
「それはまた、わざわざすみません」
「いえいえ、勇者殿に労っていただくなど恐れ多いことです! つきましては、こちらがその報酬となります。どうぞお納めください」
「いえ、折角ですが――」
別段、報酬目当てにやったことではない。
正直な話、懐事情を鑑みれば、お金が欲しい所ではあるが、ここは潔く辞退しておくとしよう。
「――いやぁー、これはまたご丁寧にどうも。有難く頂戴します」
「って、ちょ、ちょっと女将さん!?」
俺が断りを入れるよりも早く、宿屋の女将が報酬を受け取ってしまった。
「アンタは黙ってな! ――ウチの勇者が人様のお役に立てたようで何よりです」
「そ、そうですか? それより、報酬は勇者殿にと――」
「大丈夫ですよ! 何も横取りなんて真似はしませんから!」
「な、ならば良いですが。くれぐれもおかしな真似はされませんように。よろしくお願いしますよ?」
「えぇえぇ、そりゃあ勿論ですとも。――それで、他にご用件は?」
「い、いえ、以上ですが」
「そうですか? それではお勤めご苦労様でございました。今度は是非、客としてお越しくださいな」
「……それでは、自分はこれで失礼させていただきます。夜分遅くに失礼いたしました」
「はいはい、さようなら~」
「…………」
終始、俺を余所にしたまま会話を終わらせてしまった。
そんな俺の手に、数枚の金貨が乗せられる。
そのことに疑問を投げかけるように、宿屋の女将さんを見やる。
すると、報酬の詰まった袋を手にしたまま口を開いた。
「それがアンタの取り分さ。後はアタシが貰っとくよ」
「……は?」
いやいや、いくならんでも俺が滞納している宿代の何倍がその袋に詰まっていると思ってるんだ!?
俺が抗議をしようとするのを制止するかのように、再び口を開く。
「――どうせアンタがこんな大金持ってても、またどこぞの女に有り金全部くれちまうんだろう? ならアタシが滞納してた宿代と、残りの金額分を宿代の前払いとして受け取っておくさね」
「……っ」
そういえば、二人は昔からの知り合いだったか。
どうやら事情は筒抜けだったらしい。
道理で宿代を滞納していても、言う程には追い出されないわけだ。
全て承知の上だったとは。
何ともバツが悪くなる。
様子を察したのか、幾分呆れ混じりの声で話し掛けられる。
「何もアンタが背負い込むことじゃないだろうにさ。お人好しも大概にしとかないと、アンタ自身が苦しむことになるんだよ?」
「……俺がそうしたいと思ったからしたことです。後悔はありません」
「……はぁ、まったく、勇者ってのは難儀な代物だねぇ。まぁアンタの人生なんだ、好きにすりゃ良いけどね。……とにかく、この金はアタシが貰っとく。文句はないね?」
「……はい、異論はありません」
「じゃあ、さっさと寝な! それとも食事にするかい? こうして宿代は支払ったんだ。朝夕の食事は出してやるよ?」
「――いえ、今日は遠慮しておきます。外で食べて来たので」
「そうかい? じゃあ明日からはちゃんと朝から食堂に顔出しな」
「はい、分かりました」
そうして、宿屋の女将とはその場で別れ、部屋に戻るべく階段を上っていく。
思いがけず、滞納していた宿代どころか、当面の宿代分も支払うことができた。
――というか、問答無用に持っていかれたわけだが。
ともあれ、これで当面の資金ぶりに困ることはなくなった。
今後は昼食代を稼ぎつつ、魔物の保護に努めるとしよう。
部屋に戻りながら、今後の方針について考えるのだった。
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