勇者は転職して魔王になりました

nauji

第一章 王都改革編

第1話 勇者、金欠

 勇者として魔王討伐の旅に出た。


 その旅路で、かけがえのない仲間たちと出会う。


 世界中を旅して回り、魔物の脅威から人々を救ってゆく。


 十数年にも及ぶ、長い長い旅。


 旅路の果てに、ようやく魔王の居城へと辿り着く。


 仲間たちと共に、長きにわたる死闘を繰り広げた末、遂に魔王を倒した。


 世界を覆う闇の気配は消え去り、皆の宿願たる平和の時代が訪れる。


 仲間たちと共に王都へと帰還すると、国を挙げての祝勝パレードが行われた。


 連日連夜、皆の楽しげな声が王都内に響き渡る。


 それもいつしか終わりを迎え、褒賞を分配し、仲間たちとはそこで別れることとなった。


 ある者は更なる冒険を求めて旅を続け、またある者は平和を享受しに家族の元へと戻って行った。


 俺は一人、王都に留まる。


 だが、平和となった世に、勇者を必要とするほどの脅威は最早存在しなかった。


 魔王亡き今、魔物たちは滅びたわけではないものの、以前の様に頻繁に姿を現すことは無くなっていた。


 近々きんきんで勇者の力が必要となることは起こり得ない。


 当面は報奨金と、旅路で得た金銭や装備で生活は何とでもなりそうだ。


 ゆえに、問題は長期的な展望にあった。


 ハッキリ言って俺は戦闘バカだ。


 考えるよりも先に行動してきた。


 それなのに、俺が出張るほどの戦闘はこの先無いだろう。


 さて、どうしたものか。


 当然のことながら、戦闘バカの俺が幾ら考えても、良い案など浮かぶはずも無かった。






 そして時は流れ、現在。


 まだ仕事にありつけていなかった。


 更に悪いことに、手持ちの金が尽きていた。


 既に装備すらも金に換えている始末。


 山ほどあったはずの金が、跡形も無くなっていた。


 いや、本当ならば、こうなる前に仕事に就けるはず。


 いくらなんでも、金が無くなるまでには、と。


 それがこの有様だ。


 世界は思っていた以上に平和になってしまっていた。


 もう勇者の力は、誰からも必要とされてはいないのか。


 いいことをしたはずだ。


 皆に笑顔が戻り、魔物との争いも無くなった。


 ただ、魔物討伐で生計を立てていたような俺は、食いっぱぐれてしまった。


 結果的には、自分の首を絞めたようなもの。


 まだ魔王が健在であれば、俺もまた旅の途中だったことだろう。


 いつもどおりに魔物を討伐しているだけで良かったのに。


 平和な世で勇者は一体何を成せば良いのか、俺にはまるで分からない。


 そうして、無情にも時だけが過ぎてゆき、今へと至ったわけだ。



「――コラ、いつまで寝てるつもりだい! さっさと起きて仕事の一つも見つけてきな!」



 いつもの如く答えの出ない自問自答を繰り返していると、階下からそんな大声が耳に届く。


 ここは宿屋、先の声の主は女将さんだ。


 魔王討伐後、故郷に帰る事無く王都に滞在し続けていたわけだが。


 この宿屋の一室を住処としていた。


 当初は快く対応してくれていた宿屋の女将さんも、俺が一向に仕事を見つけられないことに、苛立ちを隠さなくなっていた。


 それに拍車をかけるように、ここ最近の宿代の支払いも滞ってしまっている。


 早く支払いを済ませないと、ここから追い出されてしまいかねない。


 ともあれ、俺の所持金は、一泊の代金を下回っている。


 早急な実収入が必要なのだ。



「――おいコラ、勇者! さっさと下りてきな!」



 返事がないことに業を煮やしたのか、宿屋の女将さんの大声に怒りが混じり始める。



「はーい、起きてます、今下ります、だからそんなに大声出さないでください」



 そう声を返し、ベットから腰を上げた。


 視線が自分の身体に向けられる。


 装備一式を売り払った俺の姿は、見事に初期装備へとグレードダウンしていた。


 そこには最早勇者の面影は微塵も無い。


 俺のことを昔から見知っている人たち以外は、この王都の住人ですら、俺を勇者とは認識できないことだろう。


 思わず漏れそうになる溜息をぐっと堪え、この宿屋のボスの元へと赴くべく、ドアへと向かう。


 ドアを開けようとするのと同時、外側から思いっきりドアを押し開かれた。


 目前に突如現れる巨体。


 その巨体が口を開く。



「チンタラしてんじゃないよ、まったく! さっさと宿代払わないと、追い出すからね!」



 巨体――もとい、恰幅の大変良い宿屋の女将がそこに立っていた。


 あまりの迫力に俺の腰が抜けそうになる。


 絶対に、この人の方が魔王よりも威圧感があると思う。


 魔王を倒した勇者の俺がそう言うのだから、間違いない。


 きっと、次代の魔王候補なのだろう。


 いっそのこと、本当に魔王になってくれれば、俺が討伐してまた報奨金を頂けるのだが。


 そんな俺の妄想を余所に、次代の魔王は木製の建物全体が軋みをあげる程の足踏みで去って行く。


 言いたいことは言い終えたようだ。


 本来であれば、朝と夜には食事が提供されるのだが、俺の場合、宿代が未納のため、最近はありつけていない。


 財布も胃袋も悲しいほどに寂しい。


 肩を落とし、足取り重く一階へと下り、そのまま宿の玄関へ。


 宿から出た俺を、中天に座す日が照り付けてくる。


 俺の気分などお構いなしに、今日も今日とて爛々と輝いてみせる。


 実に忌々しい。


 魔王討伐の旅路でも思ったが、晴天よりも曇天の方が道行みちゆきは楽だった。


 何せ暑いし、日光が剣や鎧に反射するしで、碌なことがなかった。


 光に目が慣れれば、暗闇への反応が遅れる。


 そうして暗闇から奇襲を受ける、という状況もざらに遭った。


 最初から薄暗ければ、そんな目にも遭わずに済む。


 その所為か、今でも晴天よりも曇天を好んでしまう。


 益々足取りを重くして、王都の中心部へと歩を進める。






 そんな俺の様子とは異なり、王都はいつもどおりに活気に満ちていた。


 人々は時に穏やかに、時に忙しなく、広い道を行き交っている。


 しかし相も変わらず、無駄に広い道だ。


 二頭立ての馬車が四台は余裕ですれ違えるほどの道幅に、所狭しと敷き詰められた石畳の公道。


 そこに掛ける金の一部でも俺に分けてくれていいんだが。


 いや、報奨金は十二分に貰っていたはずなんだが、一体どこをどう間違って、全て浪費してしまったのやら。


 きっと、質素倹約に慎ましく暮らしていれば、今も金は残っていたのだろう。


 だが、ようやく訪れた平和な世で、そんな暮らしを選択することは思いつきもしなかった。


 後先考えず金を使ってしまい、更には新たな金策も得られずに、こうして金欠と相成った。


 まぁ結局のところ、俺が悪いんだがね。


 皆だって頑張って日々を過ごしているっていうのに、俺は楽して過ごしてたわけだし。


 そこは俺だって、最初は仕事探しに奔走もした。


 だけど、勇者を雇ってくれるほどの仕事なんて見つからない。


 次第に諦めが先立ち、遂には探しもしなくなっていった。






 王都の中心とも呼べる場所。


 大通りが十字に交差する地点だ。


 周囲に比べ、一際大きな建物の前までやって来ていた。


 四階建ての建物。


 開け放たれた扉から、その中へと足を踏み入れる。


 一階、入ってすぐは吹き抜けのホールとなっていた。


 正面にはカウンターと、そこに集まる冒険者たち、そして忙しそうに対応している受付嬢たちの姿が見て取れる。


 一階は結構な人数で賑わっている。


 その様子を横目に、正面には向かわず階段を上っていく。


 二階、三階、四階。


 階を上がるにつれ人の姿は減っていき、最後には閑散としてしまった。


 そこにもカウンターが設けられており、受付嬢の姿だけがある。


 他には誰もいやしない。


 カウンターへと歩み寄る。



「お疲れ様です、冒険者様。ご用件は何でしょうか?」


「Sランクの依頼はありませんか?」


「――申し訳ございません、冒険者様。魔王が討伐されて以来、Sランクの依頼はございません」


「……そうですか、お邪魔しました」


「いえ、本日はご利用いただきありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」



 訪れていたのは冒険者ギルド。


 一階から、C、B、A、S、のランク毎に階層が別けられている。


 ギルドに登録した冒険者は、ギルドからの昇級試験に合格することでランクが上昇する。


 基本的に同じランクの依頼のみ受けられる仕組みだ。


 例外的に、複数人のパーティの場合に限り、1ランク上の依頼を受けられる。


 よって、ランクを無暗矢鱈に上げてしまうと、受けられる依頼の難易度も上がってしまい、結果、ランク降格を余儀なくされたりする。


 勇者の俺は、勿論最上位のSランクだ。


 そして、そんな俺に受けられる依頼は、魔王討伐以降は存在していない。


 それならば、ランク降格すれば良いようなものだが、俺は勇者なのだ。


 勇者が他の人たちの依頼を奪うわけにもいかない。


 事此処に至り、見栄を張っている場合ではないのかもしれないが、これでも勇者としての矜持までをも手放したわけではない。


 ここは潔く、後人に道を譲るとしよう。


 そう自分を慰めた。






 残念ながら、見栄で腹は膨らまない。


 なけなしの有り金をはたき、露店の軽食を購入した。


 いよいよもって金が無い。


 流石に何かしらの手段で金銭を得なければ、食事すらもままならない。


 勇者には仕事が無いのに、勇者であるが故に、要らぬしがらみが付いて回る。


 もういっそ、勇者なんて辞めてしまおうか。


 そんなことを思ったりもする。


 勇者でさえなければ、仕事にもありつけそうな気がする。


 きっと、全ては勇者という肩書が邪魔をしているのだ。


 違う職業にさえ成れば、自ずと仕事の方から舞い込んでくることだろう。


 次第に、それが良い考えのように思えてきた。


 いや、むしろそれしかない!


 こうなったら勇者を辞めて、第二の人生を送ってやる!


 ……と張り切ってはみたものの、勝手に転職などできない。


 転職するには、しかるべき手順を踏まねばならないからだ。


 そのためにも、転職場へと足を運ぶことにした。





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