第11話 婚約破棄
「ビリー」
キリナートに名指しされたビリードはビクッとする。ビリードとしてはキリナートと一対一は避けたかった。だが、ここでは逃げられない。
「君の理屈が間違えていることはわかっているのかな?」
キリナートの口調は大変ゆっくりで小馬鹿にしたものだった。ビリードが首を傾げて眉を寄せた。キリナートはビリードが全く理解していないことに、鼻でため息をつく。
「ふぅ……。君がマリン嬢の義弟なのはマリン嬢が王家へ嫁ぐからだよね?
もしバニラ嬢がサイラスと婚姻するなら、マリン嬢は女公爵様になる。つまり君は用無しだ。公爵様の慈悲があったとして、マリン嬢の文官執事かまたは領地管理者というところだろうね」
マリンはキリナートの言葉に不満があるようで片方の眉を少し上げたが、声には出さなかった。溜め込んで溜め込んで溜め込んでいるというところであろうか。
「義父上がこんな卑劣な女を公爵になどするわけないっ!」
ビリードは顔を真っ赤にして怒っていた。マリンは心の中で義弟のアホさ加減にがっくりと肩を落とした。
『ビリードを教育したわたくしの時間を返していただきたいわっ!』
心の中で罵ったが顔には出ていない。
「卑劣ねぇ。それについてはマリン嬢にも言いたい事があるだろうから、俺からは止めておくよ」
マリンがキリナートへ笑顔を向ける。キリナートの後ろの男子生徒は『ブルブルブル』と大きく震えた。
マリンの怖い微笑みを笑顔で受け止めたキリナートはサイドリウスへと向き直った。
「……で……サイラス。君の番だ」
キリナートは、まだ何か言おうとしたビリードを無視しした。
サイドリウスの腕はまだバニラを抱いていた。しかし、目はキリナートへ真っ直ぐに向けていて、気分だけは臨戦態勢のようだ。戦う実力があるかはこれからわかる。
「マリン嬢との婚約破棄は本気なんだね?」
キリナートはニヤリと笑った。笑うつもりはなかったのでニヤけてしまったが正しい。あまりのアホな判断に苦笑いを止められなかった。
「当たり前だっ! バニーを虐めるような女と婚姻などできるわけがないっ!」
キリナートがマリンを見るとマリンはコクリと頷いた。婚約破棄については、先程マリンは了承している。
「そうかっ! 了解! 俺も陛下に進言するよ。間違いなく婚約はなかったことになるだろう」
キリナートの言葉にサイドリウスとバニラは目を合わせて喜んでいた。
「それでさ……んー、ちょっとだけ確認させてくれ。
俺は、これまでずっとサイラスの近くにいた。だから時系列はよくわかっているんだよください。
そもそも、サイラスが浮気をしなければよかったんじゃないのか?
サイラスが堂々と浮気をしたから、マリン嬢はサイラスにもそしてバニラ嬢にも注意をしたんだろう?」
キリナートの淡々とした言葉に、サイドリウスは鼻息を荒くした。
「王族たる俺のせいだというのかっ!」
「おいおい、そこで、王族とか言うなよ。王族みんなの恥になるだろう。
王族だろうと平民だろうと、まずは浮気をした方が悪いに決まっているさ。
それでもその浮気を本物にしたいのなら、それなりの誠意と順序があるだろう」
女子生徒たちが大きく頷いた。会場中に頷かれて、サイドリウスはバニラの肩を右腕で抱きながら狼狽えた。
「お、お前もしていただろうがっ!」
メルリナが小さく俯いた。メルリナの隣の友人がメルリナの肩を抱く。キリナートはメルリナにそんな思いをさせたサイドリウスの言葉に苛立った。
「おいっ! 言いがかりは止めろ。なんでそうやって誤解されているんだっ! 俺はバニラ嬢と二人きりになったこともないし、お前達といるときも話はろくにしてない」
サイドリウスはアリトンたちに同意を求めたが、アリトンたちも誤解していたので首を捻っている。
「だが、クッキーをもらっただろうがっ! あれはバニーの心の籠もったクッキーなんだぞ。何も思っていないやつが食べていいものではないっ!」
今度はアリトンたちが大きく何度も頷いていた。キリナートは思い当たることがあり、呆れを強めた。呆れすぎて先程の苛立ちも吹っ飛んだ。
「ああ、やっぱりアレはバニラ嬢だったんだ。家に帰ってカバンを見たら知らないものが入っていたから、メイドにすべて捨てさせたよ」
キリナートは本当に困っていたんだとわかるような顔をしていた。
「なっ! 酷いわ」
バニラがサイドリウスの胸に縋り付いた。サイドリウスは空いていた左手をバニラの肩に置き、抱きしめるように胸の中にバニラを隠した。そしてキリナートを睨む。
「バニーを傷つけることは赦さない!」
アリトンたちも少し前に出てキリナートを睨んだ。キリナートはびっくりして眉を寄せ、バルザリドは両掌を上に向けて信じられないというポーズをした。
「サイラス。どこまでバカになっていくんだよ。何も言わずにカバンに食べ物を入れるなんて殺人未遂罪に問われることだぞ」
「どうしてそうなるっ!?」
サイドリウスは目を見開き怒鳴りアリトンたちは口を少し開けていた。考えてもいなかったことらしい。
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