第3話 保健室
ユーティスはバニラに手を引かれて唖然としている間に保健室へ連れてこられる。
幸か不幸か保健室には校医が不在だった。
「もう! こういう時にいないなんて」
バニラが誰に言うでもなく呟く。バニラとユーティスの手はまだ繋がれたままだ。
「とにかくっ! 休みましょう!」
ユーティスはバニラに手を引かれベッドまで連れていかれ制服の上着を脱がされベッドに座らせると靴を脱がされ、あれよあれよとベッドの中へと押し込まれた。
バニラは横になるユーティスの額に再び自分の額を当てた。
「あら? 少しだけ熱っぽくなったみたい」
バニラは額を当てたまま話すのでユーティスはバニラの息遣いまで近くに感じドギマギしてきた。バニラの吐息は甘い香りがした。
ユーティスのこれまでの人生の中でユーティスにこんなことをするのは母親だけである。貴族としては当然なことなのだが、今まで母親以外にされなかったことをされていることでユーティスは特別感を覚えてしまった。
ユーティスは夢の中でふわふわしているような気持ちでバニラを見ていた。
「そうだわ! 熱のあるときはお水を取るといいのよね!」
バニラはキョロキョロと保健室内見回すと、水差しを見つけそこへ行く。水差しからコップに水を注いでユーティスの所へ持ってくる。
「飲める?」
バニラはベッドに座るユーティスと目線を合わせるように膝を折って訪ねた。ユーティスはコップを受け取り水を飲み干しコップをバニラに返す。
「ありがとう」
「あら? ちゃんとお礼が言えるのね。ふふふ」
まるで保護者ぶったバニラの言葉にユーティスは不貞腐れて布団を被って横になった。
「少し、寝た方がいいわ」
バニラはユーティスの腰の当たりを『ポン、ポン、ポン』とゆったりとしたテンポで軽く叩き続けた。それが眠気を誘いユーティスはいつの間にか深い眠りに引き込まれた。
〰️
ユーティスがゆっくりと瞼を開けた。寝ぼけたユーティスは自分がどこにいるのかわからず、寝返りをうち現状を確認しようとした。
「ん? ダイムーニ君、起きたのかい?」
ユーティスが動いたことを察した校医が声をかけてきた。
ユーティスはなんとなくキョロキョロして見回す。ユーティスの側には誰もいなかったが保健室であることはすぐに思い出した。
校医がベッド脇まで来てユーティスの額を触る。
「うん、ただの寝不足だね。面白いものでも見つけたのかい?」
ユーティスは保健室においてなかなかの常連だったので、校医はすぐに原因を指摘できた。声には怒気は含まれておらず、いつものことだと認めているようだ。
「すみません……」
本人としてもいつものことなので無感情に謝罪の言葉を述べた。お互いに心配もしていないし謝意もない。
「あと三十分ほどで昼休みだ。それまでゆっくりするといい」
「はーい。あのぉ、僕、一人で寝てましたか?」
ユーティスがそんな質問をしたことは初めてだったので校医は驚いた顔をした。だが、すぐに答えた。
「ああ。グラドバル嬢が教務室へ私を迎えに来てね、ダイムーニ君が恐らくここに寝ているから、と教えてくれたよ。
私が来た時にはすでにグラドバル嬢はいなかったよ」
本当は『いつも』の話なのだが、校医はそれには意識せず『いつものように』とは言わなかった。
「え? シルビアがですか?」
ユーティスは眉を寄せた。
「そうだよ。グラドバル嬢は君の婚約者だろう?」
当たり前のことに驚くユーティスに、校医の方が驚く。
「そうですけど……」
ユーティスは婚約者とはいえ学年の違うシルビア・グラドバルが校医を呼んだことに納得できなかった。『いつものこと』であるなど、ユーティスは知らないのだ。校医は当然ユーティスが知っているものとして話をした。
〰️
ユーティスは昼休みまで保健室でダラダラと過ごし、昼休みになったので学園内の食堂でシルビアを探して声をかけた。
「シルビィ、ちょっと話があるんだけど……」
シルビアは深緑色の垂れ目をユーティスに向けて小首を傾げた。
「ティス様。具合はもうよろしいんですの?」
その可愛らしい仕草も今日のユーティスにとってイライラさせるものとなっている。
「いいからっ! ちょっと来てよっ!」
ユーティスの口調は有無を言わせないもので駄々を捏ねる子供のようであった。
「わかりましたわ」
シルビアは同席していたご令嬢たちに挨拶をして立ち上がった。そして、二人でテラス席へ移る。テラス席は直射日光が当たるのでご令嬢たちには不人気だ。なので人はまばらで話やすい。
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