第2話 体温測定
バニラは孤児であったが何でも男爵がずっと探していた女性の子供で、男爵とは血縁関係にあるということだ。やっと見つけられたと喜んでいる男爵に、二年ほど前に引き取られた。
バニラは社交術はともかくとして、学術では好成績だったので学園への編入が許可された。貴族になってからたった一年で二年生への編入が許されたのだから、ある程度は優秀なのだと推測される。
だが、バニラには成績よりも特出しているものがある。
バニラは、それはそれは魅力的な容姿を持つ女性であったのだ。
バニラは、名前のように肌が真っ白で艷やかで、髪はまるでバニラアイスにかけられたチョコレートのように甘い色で、ヘーゼルナッツ色の瞳はとても大きく愛らしく、口紅もしていないのに唇はピンクでふっくらしておりチェリーを思わせる。
そして、体型は平均身長ほどでウエストが細く編み上げブーツでもわかるほど足も細い。それなのに女性らしいものはたわわに実っており、制服で隠しきれない谷間は潤うピーチを彷彿させた。
編入してまもなく、三年生になるサイドリウス王子やアリトン侯爵子息、二年生のユーティス伯爵子息、一年生のビリード公爵子息を籠絡した。
アリトンの父親は宰相、ユーティスの父親は魔法師団団長、ビリードの義父親は金融大臣というまさに高位貴族の中の優家だ。錚々たるメンバーが籠絡されている。
そして、サイドリウス、アリトン、ユーティスには婚約者がおり、ビリードはサイドリウスの婚約者の義弟である。
学園内では、バニラ、キリナート、サイドリウス、アリトン、ユーティス、ビリードの六人がいつでも集っていて、自分たちだけの世界を作っていた。それはいつでも他の生徒たちからの軽侮の眼差しを受けている。その眼差しに気がついていたのは、キリナートだけだった。
『サイラス』とはサイドリウスの愛称で、サイドリウス王子とキリナートは、愛称で呼び合うほど親しい友人であった。
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最初に籠絡されたのはユーティス・ダイムーニだった。ユーティスは伯爵家の長男で、父親は魔法師団団長である。
バニラとユーティスはクラスメイトで隣の席になった。ユーティスは始めはバニラに興味を示さなかった。
ある日、ユーティスは自宅で魔導書を夢中で読みすぎて寝不足気味で登校した。暗めの赤い瞳を胡乱げにし、耳の上で切り揃えられているサラサラな紺色の髪をかき上げ、その手の肘を机に置いて頭を支えて、気怠げに居眠りをしそうにしている。
ユーティスより少しだけ遅くに登校してきたバニラは挨拶より先にユーティスの様子を覗った。
「ユーティス様。お顔色が悪いですねぇ。熱でもあるのかしら?」
そういうやり取りはどこにでもある。
しかし、バニラはここからが他のご令嬢とは全く異なった。
徐ろにユーティスの額に右手を伸ばし、左手を自分の額に当てた。
「「「ひっ!!」」」
その様子を偶然見ていたクラスメイトの数名が固まり、数名から小さな悲鳴が聞こえた。
いきなり異性の体に触れるなど貴族間ではありえないことだ。
そんなことは関知しないバニラはユーティスの額に手を当てたまま呟いた。
「うーん……手じゃわからないわねぇ」
小首を傾げたバニラは、自分の額をユーティスの額に当てた。貴族子女から見たら口づけでもしそうな勢いに見える。
「「わっ!!」」
その頃にはクラス中が注目していたので、あちらこちらで悲鳴や小さな批判の声が出た。
それでも周りを関知しないバニラはユーティスと額と額をくっつけたまま呟いた。
「うーん……熱は無さそうねぇ」
バニラがやっと額を離すがユーティス本人もすでに固まっていた。お構いなしのバニラはもう一度ユーティスにグッと顔を近づかせて目を覗き込んだ。
「でも、本当に顔色は悪いわ。念の為に保健室へ行きましょう」
バニラは顔を離したと思ったらサッとユーティスの手を取る。そして軽く引くように立たせて手を繋いだまま廊下へと出ていった。
しばらく静寂に包まれていたクラスであっかが、誰かが動いた『カタン』という音がした。それをきっかけに、クラス中が批判やら軽蔑やら羨望やら嫉妬やらで大騒動になった。本人たちは不在だが。
そんな中、一人の女子生徒が階下の一年生クラスへと急いで向かっていった。
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