【完結済】騎士は愛情表現が苦手です。だからって、誤解されるのは困ります。

宇水涼麻

第1話 三文芝居

 キリナートは目の前で繰り広げられている三文芝居に唖然として動けなくなっていた。


 ここはマイグレン王国の王都にある貴族学園内の大広間だ。この会場には今、綺羅びやかなタキシードや華やかなドレスで着飾った若者たちが集っていた。

 そして、その者たちはみな、大声のする舞台に注目していた。


 喜ばしくおめでたいはずの卒業パーティーだ。その席で、バカらしい恋愛劇、バカらしい断罪が始まった。キリナートが予想していた最悪の事態となっていた。


『どうやって修正しろって言うんだよ……』


 キリナートは短いレッドブロンドの髪をガシガシとかいた。キリナートが悩んでいることも知らず、三文役者から声がかかった。


「キリ! お前も言ってやれっ!」


 そう声をかけられ先程からなじられている方々の方を見れば、自分の婚約者であるメルリナもその中にいる。メルリナの不安そうなオレンジ色の瞳は、舞台の上からでもわかるほど潤んでいて今にも零れ落ちそうだった。

 キリナートは自分の漆黒の瞳をこれでもかと見開いていた。


『メ……メル………メルが……』


 キリナートは頭が真っ白になった。そして、ただ夢中で舞台から飛び降り、メルリナの側に駆けつける。キリナートがメルリナの前に立つと、メルリナの瞳からとうとう涙がこぼれ落ちた。キリナートは堪らずメルリナを抱きしめた。


「泣くな。お前に泣かれると俺はどうしていいかわからなくなるんだ。俺は……俺は……いつでもお前に笑っていてほしい」


 メルリナはピクリとして戸惑う。しかし、すぐにホッとした顔をしてキリナートの胸に頭を預けた。そして、キリナートの厚い胸板に顔を伏せて、コクコクと頷いてはいる。しかし、涙は止まらないようだった。


 メルリナの震える肩は今にも折れそうで、ピンクがかったブロンドの髪が小さく揺れる。揺れるたびに魅惑的な香りがして、キリナートはクラクラした。


「コホン」


 隣からのわざとらしい咳払いに、キリナートがそちらへ視線を向けた。咳払いをした男子生徒は、『周りを見ろぉ』と言いたげに、顔を動かさず視線だけを周りにグルっとさせた。

 そのお陰で、キリナートは自分の状態にハッと気が付いてしまった。駆けつけたことで少し赤らめていた顔を真っ青にして、慌てて手をホールドアップした。


 キリナートは騎士団団長の息子である。自分より大きく屈強な男たちに紛れて汗を流し厳しく鍛錬してきた。女兄弟はいない。

 そういう家庭環境もあり、男たちに構われることは得意だが女関係のことには大変オクテで、さらに生真面目で堅物だった。


「ブッ!!」


 先程わざとらしい咳払いをした男子生徒が吹き出すと、キリナートに注目していた会場中が笑いの渦に飲まれた。


 キリナートは笑いの発端となった親友の顔を睨んだ。


「バルド。何か問題あるのか?」


 冷たい目で睨むが、咳払いの男子生徒バルザリドは平気なようだ。


「悪い悪い。はっはっは! まさかお前がまだメルリナ様とはそんな状態だとは思わなくてさ」


 バルザリドはウインクしながら片手を目の前にして、一応謝っているような素振りをした。本気で謝っているようには見えないが、それこそが彼らの親しさを物語っていた。


 まるで漫才のような男二人のやり取りに、先程まで剣呑としていた会場の雰囲気が和らぎ、まだ笑えていなかった生徒たちもあちらこちらでクスクスと笑い声が聞こえてきた。


 そんなほのぼのとした空気もそれを全く読めない舞台の上の者たちに壊された。


「キリ! 何をしているんだっ!」


 キリナートは会場の者たちにはわかるが舞台の者たちにはわからないようなため息をついた。それに同意する者たちも小さなため息をつく。


 キリナートはしかたなく舞台の上の者に向き直るため、バルザリドの隣に立っているバルザリドの恋人でありメルリナの友人である女子生徒へメルリナを託した。


 メルリナと少し離れるとまだ潤んでいてさらに心配そうな瞳がキリナートを見つめていた。キリナートはメルリナに強く頷いて、舞台へと振り向いた。


「殿下……。いや、今は友人として、サイラスと呼ばせてもらうよ」


 キリナートの強い意志を読み取った『サイラス』は、肩を大きく揺らした。


「サイラス。君は本当にこの状況を理解しているのかい? 俺から見たら、いや、お前達以外の者から見たら、お前達は異様だぞ」


 『サイラス』は、キリナートの言葉が信じられず、目を見開いてからキリナートを睨みつけた。


「キリ……。まさか裏切るのか?」


 キリナートはサイラスの言葉が聞こえたが理解できずに首を傾げた。


〰️ 〰️ 〰️


 事の始まりは、一年ほど前である。 


 バニラ・ドルジーノ男爵令嬢が三年制の貴族学園の二学年に編入してきたことから始まったのだった。

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