第4話 テラス席

 ユーティスはシルビアを気遣うでもなく、エスコートするでもなく、椅子を勧めるでもなく、周りに声の聞こえなそうなテーブルの椅子を引いて一人で座った。腕を前で組み不機嫌そうにしている。

 立っているシルビアの輝くような銀髪が風でサラサラと揺れていた。他の殿方なら見惚れてしまいそうな情景も、ユーティスには何ら思うところはないようだ。


 シルビアは不機嫌な子供のようなユーティスに何を諭しても無駄だとすべて諦めて、スッと反対側の椅子に座る。


 すべて諦めているが、ここまで連れて来たのだから話はあるのだろうと水を向けてやることにした。


「いかがなさいましたの?」


 ユーティスが大きな目を釣り上げさせる。


「どうして君が校医を呼べたんだい?」


 ユーティスは二学年、シルビアは一学年だ。二学年は東棟二階、一学年は東棟一階に教室がある。ちなみに、保健室や教務室は西棟一階だ。西棟二階が三学年となっている。


「わたくしのお友達が『ユーティス様が具合を悪くなされて保健室へ向かわれた』と教えてくださったからですわ」


 階下に向かったユーティスのクラスの女子生徒はシルビアの友人である。実はその友人からは『ユーティスとバニラが額を付けていた』や『手を繋いで保健室へ向かった』まで聞いているのだが、シルビアはそれをいちいち挙げ連ねたりはしない。


 やられた方であるかもしれないがそれを拒否しなかったことなど、本来婚約者がいる者として婚約者に罪悪感を感じるところであるはずだが、ユーティスはそんなものは棚上げした。


「そうやって、僕を監視しているんだねっ!」


 ユーティスは声を荒げて立ち上がった。シルビアは呆れたが顔には出さない。シルビアは監視ではなくお世話をしているのだと言いたいがどうせ通じないから言わない。これまてのユーティスとの付き合いで、シルビアはユーティスに対してそういう気持ちになってしまっている。

 シルビアの感情を読めない無表情がユーティスをさらにイライラさせる。


「とにかくっ! 学園では放っておいてよねっ!」


 ユーティスは呼び出しておいて勝手に騒ぎ勝手に戻っていった。シルビアはテラス席と食堂室の間のガラス扉が乱暴に閉められると、小さくため息をついた。


 シルビアは学園に入学してからのユーティスの態度には困惑していた。

 魔法師団長としての父親からのプレッシャーが強まったとは、本人の愚痴から予想できた。

 『一人で立てなくては、リーダーにはなれない!』父親からそう言われているようだ。それでも、後継者としてはそのプレッシャーは跳ね除けなければならない。シルビアは跳ね除けるためのサポートをしていくつもりだった。


 夜中まで魔導書を読みふけるユーティス。寝不足になったユーティスを慮って『起こさないでやってほしい』と校医にお願いに行っているのはシルビアがいつもしていることだった。

 ユーティスはそんなことも気がついていない。


〰️ 


 接点を持ったユーティスとバニラは急接近した。


「甘えることは悪いことではないわ」

「一人で立つ必要なんてないの。私が一緒に立ってあげるわ」


 バニラの甘言にユーティスは甘えていった。ユーティスは年下のシルビアに甘えることには戸惑いがあったのだ。


 すでに支えられていて甘やかされていることなど、全く見えていなかった。


〰️ 


 ユーティスは生徒会室役員であった。

 生徒会は二年生三人と一年生一人が秋に任命され一年間の任期となる。任期の途中で学年が上がる。

 

 バニラが編入した時の生徒会役員は三年生のサイドリウス、アリトン、キリナートと、二年生のユーティスである。


 ユーティスはバニラに強請られて、生徒会室へバニラを連れて行くことになった。ユーティスの中にはバニラを生徒会のメンバーに自慢したいという気持ちがあった。


 生徒会室に来るとバニラは遠慮など皆無でサイドリウスに詰め寄る。


「転入してきたばかりなので、学園に慣れるためにも生徒会のみなさんのお手伝いをしたいのですっ!」


 見た目の可愛らしいバニラがそう言うので、サイドリウスも断る理由もないと考え即座に了承した。


 二週間ほどするとバニラがクッキーを焼いて生徒会室へ持ってきた。


「疲れには甘いものがいいんですよぉ。寮のキッチンで私が作ったんです。食べてくださぁい」


 生徒会役員たちと仲良くなったバニラはいつの間にか生徒会役員たちと生徒会室でランチをとるようになった。


〰️ 


 バニラが生徒会室に入り浸るようになったある日の夕方。

 アリトン・ガルバーブがいつものように図書室へ行く。そこには、本を取ろうと一生懸命に背伸びをしているバニラがいた。


「ふふ」


 その様子をしばらく見ていたアリトンは小さく笑い頬にかかる自分の灰色の髪を耳にかけた。そしてそっとバニラに近づくと、バニラの後ろから手を伸ばし本を取ってあげた。

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