第16話 反撃
マリンが口元の扇を外してにっこりと微笑む。サイドリウスはホッとした。
「サイドリウス殿下。再三の注意にも関わらず、行動を見直すこともせず、臣下となる者やパートナーとなる私の言葉を疎んじ、耳障りのよいお言葉だけを鵜呑みにするような方を尊敬し、支えていくことはできませんわ」
「え? でも?」
ホッとしたのもつかの間、顔を青くさせる。サイドリウスは自分が謝れば済むと本気で信じていたようだ。
「成人なさるまでは変化を期待しておりましたが、それも今日でお終いでございますわ。
今をもって、婚約破棄いたします。
もちろん、殿下の有責で、ですわ」
会場に響く声に皆が聞き入った。マリンがエマに場所を譲る。マリンが下がるのと同時に、サイドリウスがよろめいた。バニラが縛られている椅子を支えにどうにか倒れずに済んだ。
エマはマリンに軽く会釈した。そして、扇を外し鼻を高く上げ、舞台下にも関わらずアリトンを目を細めて睨み見下ろす。
「アリトン様。裁判官を目指していると豪語しているくせに、証拠も公平な判断もできない体たらく。呆れてしまいますわね。裁判官が一人の女のために裁決を間違うようなことがあっていいわけはありませんでしょうね」
エマの見下しがはっきりとわかる笑顔に、アリトンはたじろぎ、それでもブンブンと頭を振りながら言葉を出した。
「だが、だが、だが!! それも証拠や証言の一つだ」
「違います。それは訴えの一つなだけですわ。訴えが正しいのか間違えているのかを判断する証拠も証言も一つも取れておりません。訴えをそのまま信じるなら、裁判官は必要なくなりますわね」
「そ、そんな……」
アリトンは空を呆然と見ている。皆はエマの理屈にとても納得していた。アリトンも納得したから呆然としているのだろう。
「それと『わざわざ婿に来て』いただくほど、我が家は落ちぶれておりません。
さらに、女は子供を産む道具ではございませんのよ。そのように考える方とともに歩むことはできませんわね。
アリトン様の責にて婚約破棄は私からの訴えです。アリトン様の不貞や不祥事についてこれだけの証人様がいらしたら、わたくしの勝訴は決定! ですわねぇ」
エマはニヤリと笑い返した。アリトンは空を見たまま何かブツブツと言い始めていた。
エマとシルビアが交代する。
「ユーティス様。お子ちゃまなお考えしかできませんのに何を勘違いなさっているのですか?
何が『仕方がないよ』なんです?
何を『わかったから』なんです?」
「だって!」
ユーティスは唇を尖らせた。あまりのお子ちゃま反応に女子生徒たちは顔を歪めた。男子生徒たちは失笑した。
「貴方様のようなお子ちゃまと子供を作れる気なんてまったくいたしませの。お子ちゃまにも関わらず下半身がだらしないなんて、気持ち悪いことこの上ないですわ」
ユーティスはシルビアにこんなに酷薄で辛辣なことを言われたことがなかったので泣きそうな顔になった。
「貴方様がお母様である伯爵夫人の、そう、ママの肌着を隠し持っているのを知っておりますのよ。それも気持ち悪いですわよね。
まさか、匂いでも嗅いでいらっしゃるの?」
ユーティスは秘密のお守りのことを暴露され、顔を真っ赤にして口をアワアワとさせていた。この情報には男子生徒たちは失笑を越えて笑い出した。
「わたくしは『仕方なくても』貴方様とは一緒にいられませんの。ママの代わりなんてまっぴらですわ。
まずはママを卒業なさいませ。
婚約は破棄ですわ。誰に責任があるのかは、ママに聞いたらよろしいわ」
ユーティスはその場にぺたんと沈んだ。
シルビアは歪めた顔も隠さない。嫌悪感がビシビシと伝わった。
「ビリード。何をホッとしているの?」
マリンが冷たく言い放った。ビリードは自分には婚約者がいないことに、安堵していたことをマリンに見咎められた。
シルビアが場所を明けマリンが歩み出る。
「わたくしは公爵としての立場を貴方に教えようと努力いたしましたが、無駄だったようですわね。
選民意識? 上等ですわ。わたくしはそのために寝る時間を惜しんで学んでまいりましたもの。貴方はスタートから出遅れていますのよ。甘える時間などあるわけはありませんわ。そんなものは、領地を安定させてからの話ですわ」
「……は、はぃ……」
ビリードが小さく返事をして俯いた。
「まあ、でも………」
マリンが扇を下げてにっこりと笑った。ビリードは困惑した。
「もう領地のことは考えなくてよろしくてよ」
ビリードはびっくりしてマリンに懇願するような顔をする。
「わたくしは貴方を執事にするつもりも管理者にするつもりも、いえ、領内にいさせるつもりもありませんもの。
だって、そうでしょう? 嘘と勘違いを吹聴してまわられるのは困りますもの。ねぇ?」
マリンは小首を傾げてビリードに問うが、ビリードが答えることはない。
「我が公爵家と貴方の養子縁組は破棄いたしますわ」
ビリードはその場で頭を抱えた。
四人の男たちはその場に動かなくなった。
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