第15話 親友

 バカにされたことを理解したバニラはバルザリドに対して憤った。ワナワナと震えていたバニラは立ち上がってバルザリドを指差した。


「アンタっ! さっきから何なのよっ!」


 白いはずの肌は赤鬼のように真っ赤になっており、大きな瞳は眉とともに釣り上げられ、歯を食いしばっている。

 先程までのネコを被っていたバニラはどこにもいなかった。女子生徒たちは『やっと出したか』と小さくほくそ笑んでいた。

 隣にいた高位貴族のおバカ令息たちはポカンとしてバニラを見ている。


 バルザリドは焦らすようにわざとまわりをキョロキョロ見た。バニラの言葉が誰に言っているのかの確認をしているようなジェスチャーである。

 そして『ハッ』と気がついたように少し仰け反り、自分の鼻を指差した。


「俺?」


 その態度もみんなの笑いを誘う。その分バニラの怒りも誘う。


「アンタに決まっているでしょっ! さっきから場を乱しているのはアンタしかいないでしょっ!」


 バニラのコメカミに青筋が見える。さすがのご令嬢たちも笑いで肩を揺らし始めた。


「俺はねぇ、キリナートの手足だよ。

あっ! 挿げ替え可能な手足だからキリナートの弱点にはならないからね。あしからず」


 バルザリドはニヤニヤして騎士の礼をする。


「バルド。挿げ替えは許さないぞっ」


 キリナートは真面目な顔でバルザリドを睨んだ。バルザリドは普段から節々にあくまでも挿げ替えの効く部下だという態度をとる。しかし、キリナートにとっては本当に気の置けない親友なのだ。


「はいはい」


 片手を『押さえて押さえて』と動かして、キリナートの言葉を軽くいなしたバルザリドだったが、心の中で歓喜した。バルザリドはこの主人であるキリナートを尊敬し崇拝していた。


「コホン!」


 メルリナの隣の女子生徒から催促の合図が入る。キリナートは慌てて舞台へ向き直った。


「手足って何なのよ!? ホントに意味わかんないっ! アンタみたいなヤツに邪魔されることが一番ムカつくのよっ!」


 バルザリドが反撃口撃をしようと身を乗り出すと、スッとキリナートの手がバルザリドを静止させた。キリナートがバルザリドの目を見て左右に首を振る。バルザリドは部下のように軽く頭を下げ一歩下がった。これも阿吽の呼吸ができている。


「彼は俺の直属の部下だ。今のバニラ嬢のお言葉は俺が全面的に受け取ろう。

王立騎士団として訴訟を起こす!」


「なっ! キリってバカだったの? そんなヤツのために訴訟って何?」


「バカは君だろう? 先程から俺が部下たちを大切にしていることがわからないのか?

部下たちのためなら、サイラスとも戦うよ」


 サイドリウスはギクリとして後ろを確認した。サイドリウスの護衛とおもわれる男子生徒を確認すると胸を撫で下ろした。


「どうして私よりその男を大事にするのよっ! 私はその男より魅力的なはずだわっ!」


「ブッ!!!」


 あまりの話にキリナートが吹き出した。それを見たキリナートの部下と思われる先程並んだ面々が腹を抱えて笑った。


「魅力というのは人それぞれだからね。そこにいる四人にとってはそうかもしれないね。

だが、俺にとって、君は………そうだなぁ。

そう! 底辺だよ!」


 最適な言葉を見つけたキリナートはニヤリと意地悪そうに笑った。


「男爵家の者が王立騎士団を侮辱した。押さえて黙らせろ」


 キリナートの命令でサイドリウスの後ろにいた男子生徒が即座に動き、バニラは後ろに手を回され口にタオルを巻かれた。会場にいた他の男子生徒が椅子とロープを持ってきて、そこへバニラを縛り付けた。バニラは『うーうー』と唸っている。


 正規の騎士団員でもないのにあっという間の仕事であったことに、サイドリウスたちは王立騎士団の実力を理解し、敵に回すべきでない者を把握した。


「で、四人はどうするんだ?」


 キリナートはバニラとこれ以上話すこともないと、舞台の男たちに話を振った。


 瞠目していた四人が真っ青を通り越して土気色になった顔で俯いていた。


「マ、マリン。君との婚約破棄はしない……」


 サイドリウスは下を向いたまま声は震えていた。


「エマ。これは私の勘違いだったようだ……」


 アリトンは拳を白く握り下唇を噛んでいた。


「シルビア。わかったから……」


 ユーティスは額に手を置き目を隠した。決して頭は下げないし、目を合わせようともしない。


「義姉上。これからもご指導お願いいたします」


 ビリードは深々と頭を下げた。


 三人の淑女は顔色一つ変えずに、その代わり返事もしなかった。


「わかった。お前たちの言葉は聞いた」


 キリナートは三人の代わりにそう言うと、舞台から淑女たちへ体の向きを変えた。


「では、みなさんの番ですよ。どうぞ」


 キリナートは少し屈んで、掌で淑女たちを促した。

 マリンが素晴らしい笑顔で一歩前へと出た。

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