第14話 自己犠牲
キリナートがわかりやすいほどの大きなため息をついた。サイドリウスはそれを咎めることも笑うこともできずに、ただ汗を拭い目元を隠してキリナートを見ないようにしていた。
キリナートは再び続けた。
「そして、バニラ嬢」
サイドリウスに縋るバニラの手に力が入ったが、サイドリウスがキリナートを見ることはない。
「貴方がそこの四人とそれぞれ口づけしていたことまでは、俺の肉眼で把握している。そして、それぞれと密室へ入って行ったこともね。密室の中までは見ることはできないから、何があったかは想像するしかないけどね」
四人は真っ青になってそれぞれの顔を見た。キリナートの後ろにいたバルザリドが「プッ」と吹き出した。
「フッ、四人の顔を見れば何をしていたかはわかるね」
さすがのキリナートも四人の間抜け顔に笑いを耐えられなかった。
「おい四人とも、その舞台の高見からよく会場を見てみるといい。お前たちと同じ顔をしている者が十数名いるだろう」
四人はバニラからそっと離れ、会場内では四人と同じような顔色をしている男どもが周りに遠巻きにされはじめていた。
「そ、そんなのウソよ! サイラス! 助けてっ!」
バニラがサイドリウスに手を伸ばすが躱される。バニラは膝から崩れた。そして、舞台下へ首を動かした。
「キリ……どうして私を裏切るの……?
私を大切にしてくれたじゃない……」
バニラが涙を溜めて訴える。キリナートは呆れて口を開けたくなった。キリナートの代わりにバルザリドがパカンと大きく口を開けた。
「俺の何がそうやって誤解させたのか全くわからないよ……」
キリナートは呆れているという手のパフォーマンスも付けて首を左右に振った。
「先程サイラスにも言ったはずだ。俺はサイラスの護衛だ。だからサイラスの側にいた。
そして、サイラスを守るための手段を講じた」
バニラは何かされていたのかもしれないと、周りをキョロキョロと見回した。あながちそれは間違いではない。
サイラスを守るための手段とは学園内に『目』を置くことだ。『目』とは、騎士団の一部であり、その場に溶け込んで情報を掴む者たちだ。生徒ではない生徒らしき者たちがいたことに誰も気がついていなかった。もちろん、それが仕事なのだ。
『目』を使って得た情報で何度もサイドリウスに口頭注意した。キリナートの言葉を『嫉妬』と誤解したサイドリウスは聞く耳を持たなかった。なので『目』には、サイドリウスの命に関わらないなら関与しなくていいと指示をした。
何も気付けないバニラは立膝になって、前で手を組みお祈りのような姿勢をとった。
「貴方は私を独り占めしたかっただけでしょう? わかったわ。私、貴方のものになるわ。それでサイラスたちも赦してあげて」
涙ながらに訴える姿はまるで自己犠牲のようだ。しかし、内容が生々しくて、淑女見習いの主に下位貴族令嬢たちは眉間に皺を寄せた。淑女に近い主に高位貴族令嬢たちは平然とした顔で心の中で『売女』と罵った。
バニラの言葉にキリナートさえも口を開けずにいられなかった。
それを嬉しさのあまりに呆けているとバニラは勘違いした。
「キリは騎士様だからあまり愛情を見せてくれないでしょう。だから、とってももどかしいの。でも、キリの気持ちはわかっているから!
私、それくらいは我慢するわっ!」
バニラが手を胸の前で組んでキリナートに向けてモジモジし始めた。
キリナートはこれでもかというほどの勢いで目をしばたかせていた。
「コホン!」
バルザリドが咳払いをしてキリナートを引き戻す。キリナートは慌てて元に戻った。
「イヤイヤ! 俺の何を見たらそう誤解できるのか、全くもってわからないっ!」
キリナートのこの台詞はすでに何度目かわからない。キリナートは本気なので、目をしばたかせる勢いはそのままだ。
「え??」
バニラは手は前で組んだまま小首を傾げた。チョコ色の髪がサラリと流れ、チェリー色の口唇が真ん中に寄り小さく空きふっくらとする。今までなら可愛らしく見えたかもしれないその仕草も、会場では騙される男子生徒は一人もいなくなっている。それどころか、まだそのように振る舞うバニラに対して男子生徒でさえゲンナリしていた。
「はあ!!!」
キリナートもバニラのあざとい態度に多分に漏れずゲンナリとした。なので、仰々しくため息を吐く。
「どうしてバニラ嬢を得ることが俺の利益になるような発言ができるんだい? 万が一そんなことになったら俺にとって重罰にしかならないよ」
舞台の五人も会場のみんなも目をキョトンとさせた。バニラは容姿だけなら完璧であるのだ。男なら『ほしい』と思っても不思議はない。
「ブハッ! キリ、それは言えてるね」
バルザリドの言葉に会場の生徒たちが、始めは付き合い笑い『バニラを妻にすること』についてよくよく考えた。
そして、本気で笑い出し会場中に笑い声が響いた。
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