第13話 護衛
キリナートはゆっくりとサイドリウスに語りかけた。
「サイラス、君がマリン嬢に言った『バニラ嬢への悪口』は悪口ではなく口頭注意だろう。お前たちには、マリン嬢だけでなく俺も教師たちも口頭注意したはずだ。人の忠告も聞けず、甘言だけを鵜呑みにしてのさばっているなんて、厚顔無恥だな」
「そ、そんなものっ! 悪口は誰にも見ていないところでやっているに決まっているだろうっ!」
サイドリウスが真っ赤になって捲し立てた。
「そんな報告は入っていないっ」
キリナートは冷静に答える。
「……報告?」
サイドリウスはキリナートの言葉の意味がわからず口籠った。
「マリン嬢は王子の婚約者だ。当然護衛が着く。そして、その護衛は監視役も務める。
もし、そのことをサイラスが知らないのだとしたら、マリン嬢の隣に下位貴族のご令嬢が常にいることに違和感を感じないのか?」
マリンの隣にいたご令嬢二人が舞台に向かってカーテシーをした。一般的には高位貴族は高位貴族といることが多い。特にご令嬢にはその傾向が強い。
にも関わらず、マリンの隣はいつも子爵令嬢と男爵令嬢の二人だった。
「マリン嬢の公爵邸まで登下校にも伴ってる。マリン嬢がこの学園内で一人になれるのは、レストルームの個室だけだ」
会場中がざわついた。一人になる自由もないマリンに対して労う声も聞かれる。ほとんどは同情や不憫だという慰めだった。
「そいつらが嘘を言っているんだっ!」
会場の生徒たち数名が動き出した。そして、前に出てカーテシーをした女子生徒に並んだ。サイドリウスの後方に並んでいた者たちもその場を離れて並んだ。みな一様に無表情でサイドリウスを無表情で見ていた。
「みんな……すまないな」
キリナートがその者たちに謝罪の言葉を言った。その者たちは一斉にキリナートに対して頭を下げた。
「直ってくれ。また、話はする」
並んだ者たちは頭は上げたがその場を離れることはなかった。
「サイドリウス殿下。それは王立騎士団を敵にするという宣言だと受けましょう。今後、王立騎士団が貴方を護衛することはありません」
サイドリウスはキリナートの急な『殿下』呼びと、騎士団を敵にするという物騒な話に慄いた。
「……な、なぜ、そうなるのだ?」
サイドリウスは顔を青ざめ声は震えていた。
「彼女たちはいざとなれば命を賭してマリン嬢をお守りします。その訓練も教育も受けております。しかし、それはマリン嬢に対する忠誠心ではなく、王家に対する忠誠心によって成されるものです。
殿下の近くにも俺と数名がいつもいたではありませんか?」
彼ら彼女らは代々騎士団に所属する貴族の子女たちである。王族が生まれると上下二学年の子女たちは特別訓練を受ける。そして、優秀な者が王子と王子の婚約者の護衛となる。
優秀とはいえ子供だ。彼ら彼女らは一度だけ使えるという守り玉を持たされる。これは王宮のある部屋へ転移できる魔法具だ。転移魔法は大変貴重である。この国でも二人しかできず、その者が誰であるかは国王陛下と魔法師団長しか知らない。転移魔法そのものの存在すらあまり知られていない。
その転移魔法を一度だけできる魔法具は、魔石の純度や研磨方法など秘匿も多い上に一人しか転移させられない。
賊に襲われ不利な状況になった場合、対象者を転移させ自分はその場に残るのだ。まさに命を賭して守ることになる。
先程サイドリウスから離れた男子生徒たちを、サイドリウスたちはサイドリウスの太鼓持ちだと思っていた。サイドリウスは後ろを振り向いた後、前方に数名の顔見知りを見つけた。そして後ろに誰もいないことに不安を覚えた。
「マリン嬢についての報告が虚偽であることはないのです。なぜなら、その報告は騎士団団長を通して国王陛下へ届くものなのですから。彼女たちもそれを承知して報告しております。
それを疑うということは王立騎士団を疑うということと同意です。疑うのでしたら敵にするということになります」
「わ、わかった。それについては、あ、謝る! すまなかった」
サイドリウスは王族として頭は下げないが、謝意を口にしただけでもすごいことである。
キリナートが視線を送ると居並んでいた者たちはすっと解散した。サイドリウスの後ろにも二人の男子生徒が戻った。
サイドリウスは安堵のため息をついた。
「サイラス。この発言についても国王陛下へ報告する。王立騎士団に関する内容の再教育を受けることになるだろう」
「わ、わかった」
サイドリウスとマリンには護衛兼監視役について教育させられたはずだ。マリンはもちろん把握しており、下位貴族令嬢であろうと脇に置いた。何も知らずに彼女たちを罵る者もいたが『マリンの護衛である』ときちんとその者に説明していた。
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