第12話 冤罪晴らし

 キリナートはため息をついた。そして、丁寧にゆっくりと説明する。


「毒入りの可能性があるからだよ。俺はホイホイ食べている四人のことが信じられなかったよ。それについても何度も忠告したじゃないか?」


 優家の子息であるはずの四人の安全面への配慮の無さに、キリナートは少し声を荒げた。


 騎士団団長子息として王族を守ることで国を守っている父の背中を見てきた。騎士団を卒団して貴族の私兵になる者たちもたくさんいる。

 その守られている王侯貴族たちが無頓着では話にならない。命を賭けて守る意味がない。


「もういいや……」


 一度声を荒げたキリナートは開き直った。キリナートはこれからどんな結果になっても、将来この四人の護衛はしない、させない、と心に誓った。


「サイラス。バニラ嬢との付き合いを止めろと何度も止めたよね。婚約者がいるにも関わらず、他の女性に現を抜かすなんてありえない。

いや、百歩譲って気持ちが動いてしまったことを赦したとしても、隠すべきだよね。または、まずは婚約を解消するために動くとか、ね。

他の者にまでそういう女性がいると思わせる行為を見せることは、男として最低だ。婚約者たちがどんな気持ちか考えたか?

アリ。ティス。それは君たちにも言えることだ。人間であるなら、やられた方の気持ちを少しは考えろ」


 キリナートの辛辣で強い口調に三人が少し狼狽えた。


「だがっ!」


 サイドリウスが言い募ろうとしたところに、キリナートは手のひらを向けて制した。


「まだだよ」


 キリナートの声は低く怒りがよく現れていた。キリナートの先程までと違う鋭い目にサイドリウスでさえも黙った。


「アリ。エマ嬢が教科書を持って走っていただって? エマ嬢は廊下を走るようなはしたないことはしないよ。

それに、教科書を持って廊下にいる者なんてほぼ生徒全員だろう。生徒全員を犯人だと言った方がまだマシだねぇ」


 キリナートは顎を少しな斜めにして、呆れ眼でアリトンを見下す。


「それに、三年生のエマ嬢は西棟二階、二年生のバニラ嬢は東棟の二階だ。どうやって、バニラ嬢の教科書が盗めるのさ」


「そ、それは……」


 アリトンが目を泳がせた。


「目撃情報があったんだろう? もちろん、東棟の二階だよね? まさか、西棟の一階だなんて、お粗末な証言じゃないよね?」


 西棟一階は、教務室や保健室、食堂など全学年共同で使うことになっている。


「証言の検証はしたんだろう? 裁判官候補さん?」

 

 アリトンが顔を真っ赤にして俯いた。


「それと! その証拠モドキをちゃんと考えろと言ったはずだよ。我が校の焼却炉は魔法火力だ。そんなもの――教科書――は一瞬で塵となる。

それなのにそのように半分残っているということをおかしいとは思わなかったのか?

それは、証拠らしい物を残したい者だけができる作為的な物だ。誰かを犯人にしたがっている者がやったとしか思えない」


 アリトンが狼狽えた。


「万が一エマ嬢が犯人なら、そんな証拠があるわけないのさ。馬鹿らしくて証拠にもならないよ」


 キリナートはナイナイと顔の前で掌を左右させた。


「君が持っている証拠は『誰かを犯人にしたがっている者』がいるという証拠だ。後で渡してもらうよ。君に渡した者の名前も聞くからね」


 アリトンの顔色が赤から青に変わる。それが『渡した者』の名前を言いたくないからなのか、その者の疑うべき者だと考えたからなのかはわからない。


 『渡した者』はバニラであることは誰にでも想像できた。だから、キリナートはアリトンの返事を期待せず次に切り替える。


「ティス。シルビア嬢の風魔法がどこで使われたかをちゃんと確認して来いと言ったよね?

俺が学園に確認したら鍛錬場での自主練習だったよ。そんな簡単な確認もできないなんて、アホなのか?」


 学園内で魔法事故が起きないようにと魔力感知システムが働いており、誰がどこでどんな魔法をどの程度の威力で使ったのかはすべて記録されている。


 アホとまで言われたユーティスは身を乗り出してキリナートを睨んだ。


「それより、お前が風魔法を階段で2度使ったことはわかっている」


「それは! バニーを受け止めるのに2回必要だったからっ!」


「バニラ嬢が風魔法でバランスを崩したと言ったのは、お前じゃないか。それを知っているのは犯人だけだろう? 普通は躓いたとか、滑ったとか考えるものだよ」


 ユーティスは目を左右に動かして落ち着きを無くした。


「そんなにバニラ嬢を胸に抱きたかったのか?

何がバニラ嬢のために身を引くだよ。卑怯な手を使って触ろうとする変態なだけだろう」


 ユーティスは顔を赤くして横目になり唇を噛んだ。


「ビリー。マリン嬢が選民意識の固まりだって? 当たり前だろうがっ!

そんなもんは貴族なら誰でも持っているさ。だから領民をひいては国民を守るための貴族だろうがっ!

お前がその意識が低いまま公爵になっていたらと思うと恐ろしいよ。無知ほど悪いものはないな」


 ビリードは顔を歪ませた。泣きそうにも見える顔だった。


 キリナートは改めてサイドリウスを見た。怒りか恐怖か、サイドリウスは肩を震わせていた。

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