第10話 跡取り

 バニラはサイドリウスに頷いて少し離れると、アリトンとユーティスとビリードにお礼を言った。その際にも上目遣いでボディータッチ付きだ。キャッキャッとしている舞台上はどんどん軽蔑されていく会場の視線に全く気が付かない。


 もういいだろうとばかりにサイドリウスがバニラの肩に手を戻し、五人がこちらを向き直った。

 アリトンたちの言葉に対しキリナートが何も言ってこないことに『キリナートは三人のバニラへの愛に感動している』と五人は思った。


「キリ、今なら何もなかったことにしてやるぞ。こちらへ来い」


 サイドリウスは勝ち誇ったようにニタリと笑い、キリナートへ話しかけた。他の四人も似たような顔をキリナートに向けた。


「また、勘違いされたんじゃないのか? プフフ」


 バルザリドがキリナートにだけ聞こえるように笑いを堪えながら呟いた。キリナートはバルザリドを睨みつける。


「おっと」 


 バルザリドは両掌をキリナートに見せて小さくホールドアップした。


「ほら、奴らが待ってるぞ」


 そして、キリナートのイライラの矛先が自分に向くほんの少し前に躱す。これも阿吽の呼吸のごとき、だ。


「そちらに行くだって??

それはないっ! 気分が悪くなるようなことを言うのはよしてくれ」


 『気分が悪くなるようなこと』という言葉に、バニラはショックを受けたフリをしてサイドリウスにしなだれかかり、男四人は口々にキリナートを罵った。


「わからず屋がっ!」

「男としてのプライドはないのかっ!」

「バニーを泣かせるなんてありえないっ!」 「カッコつけているだけですよねっ?!」

「自分に嘘をつくなど愚かなっ!」

「そんなことで気を引こうとするのかっ!」 「バニーに謝ってよっ!」

「騎士が裏切るなんて赦されるのですかっ!」


 キリナートはあまりの勘違いのされぶりに目眩がした。


「俺のことはっ! もういいっ!」


 四人の罵りをキリナートが両手を広げてぶち切る。五人に自分が誤解されていることを理解してもらうことは諦めた。

 まあ、会場のみんなは誤解していないだろうと思われることが、諦めのついた理由である。


 諦められたと思っていない四人は、自分たちの気持ちがキリナートに通じないことを悔しそうにキリナートを睨みつける。バニラはわざとらしく悲しそうにしていた。


「二人は一応跡取りで、アリは婿入りだよね?

バニラ嬢に子供を産んでもらうわけにはいかなそうだけど、家のことはどうするつもりなんだ?」


 二人の淑女―エマとシルビア―の眉が少し動いた。メルリナや見ている淑女たちは男の傲慢さが出た言い分に眉を大きく下げた。質問の内容を考えると、嫌な話を聞きそうだからだ。


「はぁ? キリ、私には婚約者がいるんだぞ。なんのためにわざわざ婿に行ってやると思っているんだ?」


 エマが扇を持っていない方の手をギュッと握った。メルリナがエマに近寄り背に触れた。


「エマが私の子を産むに決まっているだろう?そのための女ではないかっ」


 女子生徒の数名が気を失った。その他の女子生徒は嫌悪感と軽蔑で、アリトンから目を反らせた。アリトンはエマの拳が見えて余計に優越感に浸った。


「僕の子はシルビアが産むさ」


 シルビアは、わざと扇を外して、ユーティスを睨んだ。ユーティスはシルビアが悔しそうにしていると勘違いして、片方だけ口角を殊更上げた。そのひげた笑いは男子生徒でさえも嫌悪感を覚えた。ユーティスはシルビアがユーティスのことを気持ち悪いと思っているだけであるなど気がついていない。


 マリンは味方であると表すようにシルビアと目を合わせて頷く。シルビアは冷静になった。


「本当はシルビアとそんなことしたくないけど、こればっかりは仕方ないよね。二人くらい作れば文句ないでしょう?」


 ユーティスに続きビリードが鼻をあげた。


「僕には婚約者はいませんが、バニーのことをわかってくれる方と結婚しますよ。バニーと姉弟になるのですからね。

僕の相手ということは公爵夫人になるのですから相手はすぐに見つかります」


 会場の女子生徒の数名が気を失った。数名が自分のことでもないのに泣き出した。

 名指しされた二人は怒りは持ちながらも毅然として立っていた。メルリナとマリンが付き添う。


 これにはさすがのキリナートでも自分が罵られたことへの怒りより呆れが勝った。


「お前達…………強者だなぁ」


 キリナートの嫌味に三人は本当に褒められていると勘違いして胸を張っていた。これを褒められていると勘違いできるなんてどんなお花畑頭なのだ。男子生徒から嘲笑が漏れる。


 キリナートの隣りにいるバルザリドは、もう涙に濡れるほど笑っている。それでも、バルザリド本人としては声は出していないので抑えて笑っている方である。


「エマ嬢とシルビア嬢についてはご本人から言いたいだろうから、今は言及しないでおくよ」


 エマとシルビアが妖艶な笑顔をみせてキリナートに軽く会釈した。キリナートの後ろにいて、二人の笑顔をまともにみた男子生徒が『ブルリッ』と震えた。

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