第9話 仮恋人でもない者たち
キリナートはサイドリウスから他の三人へと鋭い視線を動かした。
「アリ、ティス、ビリー。君たちに聞きたいんだけど」
三人は顔を合わせる。アリトンが代表して答えた。
「なんだ?」
「バニラ嬢の肩を抱いているのは……」
サイドリウスの手の位置をしっかり確認する。確認する意味などないほどわかりきってはいるが、周りにきっちりと意識をさせる意味合いもある。
「サイラス、だよね?」
三人の視線が一度サイドリウスの手に移る。サイドリウスはバニラを離さないとでも言うかのように強く抱いていた。
三人はキリナートに頷いてみせた。
「つまり、現在はバニラ嬢の恋人? になるのかな? 『仮恋人』はサイラスだよね?
だとしたら、君たちはバニラ嬢の何になるのかな?」
バニラに対する三人の立場を問うたキリナートの言葉に、一瞬ポカンとする三人。質問の意味を理解すると、みるみる顔を赤くして怒りを顕にした。
「キリ! 私達を侮辱するのかっ!」
「キリさん! 貴方だって同じ立場だろうっ! 何言ってるの!」
「キリナートさん。バニーの幸せを望んでいないのですか?」
三人はキリナートへの不信感を次々に口にした。
「いや、侮辱はしてない。本当に疑問なだけだ。
同じ立場とはどういう意味だい? さっきも言ったけど、どうしてそう誤解されているのか理解できない。
バニラ嬢が不幸になることは望んでいないが、幸せを望むほどの関係ではないよ」
キリナートはキョトンとしながらも、三人の質問に的確に答えていった。
キリナートの答えに三人は憤慨して、体の横で拳を握りしめ戦慄いていた。
アリトンが怒りで声を震わせた。
「キリ、みっ、見損なったぞ! バニーの幸せを望めないなどありえん!
私はバニーを愛するがゆえサイラスに任せることにしたのだ。バニーの幸せのためこれからも二人を支えていくっ!」
アリトンはクワッと目を見開いてキリナートを睨みつけた。キリナートは睨みつけられても動揺はしないが、アリトンの言葉に驚きを隠せなかった。
「え? どうやって?」
キリナートの質問にアリトンは益々顔を赤くした。
「王妃になるバニーを文官として支えるのだ。裁判官は文官でも上位だ。バニーのためにできることはあるだろう!」
アリトンは裁判官になるつもりらしい。それならもしかしたら、バニラの助けになるかもしれない。まあ、普通はなかなか『裁判官に助けていただく事案』などないと思うが。
それに加え、裁判官長はエマの父親である。女に現を抜かしただけで成績を落とすような冷静になれない愚か者が、縁故なくして裁判官として採用されるのだろうか。甚だ疑問が残る。
だが、大きな問題発言はそこではない。アリトンは『王妃になるバニー』と言った。これには会場中が呆れた。バニラが王妃になるなど舞台の上の四人以外は誰も考えていないことだった。
そんな中、バニラは目を潤ませアリトンの言葉に酔いしれていた。
「アリー! 嬉しいわ」
バニラのその言葉にユーティスが反応する。
「僕だってそうさっ! サイラスさんが一番バニーを幸せにできると思って身を引いた。だけど、バニーの傍で助けていくことはかわらないよっ!」
「は? ティスに何ができるんだ?」
ユーティスは、魔法師団団員になると誰もが思っている。キリナートもそう思っていた。魔法師団団員が個人に何ができるのだろうか?
そんな気持ちを持ったキリナートの質問にユーティスは下唇を噛んだ。
「僕は優秀な魔法騎士だよ! バニーのためなら何だってできるさ! 僕の戦いは王妃バニーに捧げる戦いになる!」
ユーティスはこれからの自分を想像し愉悦に浸っていた。
国民のためでなく一人の女に捧げる戦いだと宣言したことに、これから騎士団団員になることを希望刷る者も魔法師団団員になることを希望する者も、呆れた軽侮の気持ちになり顔を歪ませた。男を侍らせて喜ぶような女のためだけに戦う者と一緒には戦いたくないと思っていた。その女のためなら裏切ることも厭わなそうで信用できない。
そんな周りの気持ちなど頓着しない甲高い声が響いた。
「ユー君! 素敵だわ」
バニラの言葉にユーティスの愉悦は更に高まった。
「ぼ、僕もです!
公爵家としてバニーを迎え入れ、サイドリウス殿下に嫁ぎやすいようにするつもりですよ!」
これには高位貴族の子女たちがコソコソと話し始める。
『どう見ても公爵家の恥になりそうな女をナタローナ現公爵閣下が養女になどするのか? するわけがないっ!』
誰もが考えつくことであり、あまりの突拍子もない話に小馬鹿にした笑いも出ている。
「まあ! ビィー! 本当なの?」
「バニー。もちろんだよ。僕たちは永遠の家族になるんだ。バニーが王妃になっても僕たちが姉弟であることは不変だよ」
ビリードが嬉しそうにバニラを見た。ビリードの頭の中は、歪んだ姉弟愛を表現し合う姿でいっぱいだ。もちろん、ビリードはそれを歪んだ姉弟愛の表現だとは思っていない。
三人の鼻息が聞こえてきそうなほど興奮状態である。キリナートは大きくため息をついた。
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