第21話 【最終話】一目惚れ

 バルザリドは困り顔でキリナートの肩に手を置いた。


「言わなきゃ、伝わらない。メルリナ様はキリに嫌われているかもとまで悩んでいるぞ」


 キリナートの顔は赤から青に変化する。


「ちっ! 言わないつもりだったのに口がすべった。レベッカに怒られるな……」


 バルザリドが口悪く反省の言葉を吐いた。

 キリナートは壁に寄りかかり俯いてしまう。


 バルザリドは頭をかいた。レベッカは男爵家の次女で、卒業パーティーでメルリナを託された女子生徒でバルザリドの恋人だ。卒業後、メルリナの専属侍女となり今日も温室で付き添っている。


「先程、メルリナ様は『大公夫人になることに自信がない』とおっしゃっていた。それでも、キリに頼られるなら頑張ろうとしていらっしゃる。キリが気持ちを伝えれば、きっと大公夫人になることは受け入れてくださるさ」


 バルザリドに背中を押されて大きな体を小さくして戻ってきたキリナートは、促されて温室に用意された二人がけの小さなカウチソファーに腰をかけた。

 レベッカに促されたメルリナがキリナートの隣に座った。


〰️ 


 卒業式翌日メルリナの侯爵邸でバルザリドとレベッカはメルリナの悩みを聞いた。そして、キリナートをけしかけるよりもメルリナに動いてもらう方が早いと判断する。

 それからというもの、女性から誘うことは恥ずかしいことではないことやメルリナの良さや本当のキリナートの気持ちなどを言って聞かせ、キリナートを助ける気持ちで接してほしいとメルリナに懇願した。


〰️ 


 キリナートが退室してしまった後、レベッカに『キリナートは照れてしまったのだ。それを赦してあげ、受け入れてあげるのだ』と励まされたメルリナは、二人に習ったように優しくキリナートを導いていったようである。

 しばらくすると、メルリナをそっと抱きしめ腕をホールドアップしないキリナートが見受けられ、バルザリドとレベッカは胸を撫で下ろして『パチン』と小さく手を合わせた。


 夕方。大公邸の玄関ではキリナートとバルザリドが侯爵家の馬車を見送っていた。二人は馬車が道の向こうへ曲がるまでそれを見ている。


 二人で馬車の後ろ姿を見ながらバルザリドがキリナートに問うた。


「なぁ、どうして長男のジュナール様の婚約者様は伯爵家のご令嬢だったのに、次男のキリの婚約者が侯爵家のご令嬢なんだ?」


 ジュナールの亡くなった元婚約者は伯爵家のご令嬢だった。弟キリナートの婚約者の方が爵位が上であったということだ。


「土下座したからな」


「は?」


 バルザリドは思わず片眉を上げてキリナートを見た。キリナートは緩んだ顔でまだ馬車の姿を追っている。


「十歳の頃、メルが兄上との見合いに来たんだ。その席に俺もいたんだよ。

メルと会った時の衝撃は忘れられない。俺は女の子というものがあんなにも可憐で可愛らしく守らなければならないものだとは知らなかったんだ」


 確かにマイエメル大公邸のメイドは皆戦闘メイドで、華奢で可憐なという表現の似合う女性はいない。その頃のキリナートは鍛錬ばかりしていて、お茶会などの社交は兄ジュナールに任せきりだった。なので、女の子を全く知らない少年であった。


「ま、まさか……奥様のような方でないとマイエメル大公夫人になれないなんてことは……」


 バルザリドは青くなった。現在のマイエメル大公夫人つまりキリナートたちの母親は、バリバリの武闘派だ。今からメルリナがそうなることは不可能だと断言できる。


「いや、お祖母様は大人しく優雅で気品のある方だったぞ。武術も嗜んでいない。だが、女の子じゃなかったからな」


 キリナートが祖母とメルリナを頭の中で比べてカラカラと笑った。バルザリドは安堵のため息を大きく吐いた。


「俺はメルを守りたいと思ったんだ。だからその日の夜、父上と兄上に土下座してメルの婚約者を俺にしてもらったんだ」


 メルリナがいないのでキリナートは平然として話した。


「はぁ」


 大きなため息をついたバルザリドは座り込んだ。キリナートはそれを不思議そうに見た。

 バルザリドは、下からキリナートをジロリと睨んだ。


「それ、メルリナ様に全く伝わってないからなっ! 誤解されているぞっ!」


「なっ!! ご、誤解?? どうしてだ?」


「お前が照れてばかりで気持ちを言わないからだろうなっ!

メルリナ様は『ジュナール様に気に入られなかった自分をキリが拾ったのだ』と思っているんだぞっ!」


 バルザリドは立ち上がってキリナートの肩に手を置いた。


「きちんと伝えないと、メルリナ様が可哀想だぞ」


 低めたバルザリドの声は、まるで兄が弟にアドバイスをするかのように優しさがあった。だからこそ、キリナートの心に真っ直ぐに突き刺さる。


 バルザリドはそのまま使用人食堂の方へと消えていった。今度は取り残されたキリナートが座り込み、執事に声をかけられるまで立てずにいた。


〰️ 


「少しずつ言えるようにしてやるしかないなぁ」


 バルザリドはパンを噛りながら呟いていた。そして、メルリナとともに大公邸で暮らすことになるレベッカとの夫婦生活に夢を馳せた。


〜 fin 〜

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【完結済】騎士は愛情表現が苦手です。だからって、誤解されるのは困ります。 宇水涼麻 @usuiryoma

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