第7話 義弟
サイドリウスとバニラのことについて、苦情であるとか、心配であるとか、とにかくいろいろなバニラにとって悪い意見がマリン・ナタローナの元へ寄せられた。
マリン・ナタローナ公爵令嬢は、サイドリウスの婚約者だ。父親は金融大臣である。母親は二年前に亡くなっている。
マリンは母親譲りの薄水色の髪がまっすぐに腰まであり、遠くに王家の血を引く父親譲りの紫色の瞳は大きくつぶらで、お人形のように色白で、完璧な造形であった。
そして成績も完璧で、二学年では常に首席である。それでいていつも柔和な笑顔を絶やさないマリンは、いつでも友人たちに囲まれていた。三年生からも相談を受けることもあるほど、人気者であった。
周りからの言葉を看過できなくなったマリンは時間を作ってはサイドリウスに掛け合った。
「サイラス様。お一人のご令嬢を特別扱いなさることはお控えください」
「煩い! 俺の交友関係に口を出すな。
そこまで完璧でなければならないのか?!」
「?? 完璧かどうかではありませんわ。他の方にも目を向けるなり、特定の者の肩を持たないようにするなりの方法をとってくださいと申し上げているだけですわ」
「そうやって、お前の考える完璧な友人関係を押し付けるのかっ!」
噛み合わない会話にマリンは説得を諦めた。サイドリウスはマリンより一年早く卒業する。婚姻の儀はマリンが卒業してからだ。
『一年かけて王家で矯正してもらえばいい』
マリンはサイドリウスのことを王家に任せることにした。
マリンが離れたサイドリウスにはバニラが優しく呟いていていく。
「貴方は貴方のままでいい」
「時代によって必要なものは変わるわ。貴方の時代には、貴方が必要になる」
バニラの言葉は、古きものを知った上で新しいものにしようとしていたサイドリウスの向上心を捨てさせ、俺様のやりたいようにやればいいと思わせていった。
〰️
生徒会は前生徒会役員が指名することで決められる。二年生からはユーティスとバニラとバニラがオススメした子爵子息、一年生からはバニラがオススメしたビリードが指名された。
マリンが外されたことに誰もが驚愕したがすぐに誰もが納得した。マリンを貶める納得ではなく、サイドリウスと前生徒会を嘲るような納得である。
さらにそれを煽るような行動をサイドリウスたちはとった。生徒会役員でなくなったはずなのに、毎日のようにランチを生徒会室でとっていることは誰もが知っている。
「これ、私が作ったソースなんですよぉ。一週間も同じメニューだと飽きるでしょう?
ふふふ、毎日違う味のソースを作ってきますねぇ」
ランチもバニラの手作り風になっていった。
〰️ 〰️
ビリード・ナタローナはマリンの義弟だ。マリンがサイドリウス王子の婚約者と決定した時、ナタローナ公爵家の親戚筋にマリンと同世代の者がビリードだけだった。どうせなら、マリンと同世代の公爵であった方が公爵家としても繁栄するだろうということで、ビリードが選ばれた。
男爵家の四男だったビリードは、気持ちの弱い男の子だった。
しかし、容姿は優れている。ビリードは遠くても公爵家の血を受け継いでいるだけあってとても美形だ。流れるようなバターブロンドの髪は遠い昔ではあるが王族の血が入っていることを匂わせていた。水色の瞳はいつも柔和に微笑んでいる。
そんなビリードが籠絡されるのは、生徒会入りしてすぐのことだった。
マリンと同じ年のバニラは、ビリードに厳しいところは一つもなくいつも包んでくれるような笑顔だった。
〰️ 〰️
そして今日、三年生は卒業式を迎えた。
午前中に卒業式を無事に終え、午後からは卒業パーティーとなっている。
サイドリウスはバニラをエスコートして入場してきた。会場からの奇異の目は、笑顔で見つめ合うサイドリウスとバニラには感じることはできないようだ。そして、バニラの笑顔に蕩けそうな顔をしているアリトンとユーティスとビリードにも周りの視線が意味するところは届かない。
キリナートは所用により遅れていたので、エスコートの件を知らなかった。
キリナートは入場には間に合わず、開会の言葉の最中に後からそっと入っていつもの定位置であるサイドリウスの少し後ろに控えた。そして、サイドリウスの隣がマリンではなかったことに落胆した。しかし、パーティーの席であるのでそれを顔には出さなかった。
キリナートが来たことを受け、バニラがサイドリウスに小さく頷いた。そして、六人で舞台へと上がることになった。キリナートは戸惑ったがビリードに背中を押され訝しみながらも付き合った。
そこからキリナートを唖然とさせる行為が始まった。
「マリン! メルリナ嬢! エマ嬢! シルビア嬢! 前へ来てもらおうかっ!」
サイドリウスが声高に四人の令嬢を呼びつけた。ご令嬢たちは前へと進んだ。四人のうち三人のご令嬢の目は若干厳しく見えるが、扇でうまく隠しているので舞台の上の者たちには見えていない。
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