第18話 魅了
卒業式の前日、マリンたち三人は家族とともに騎士団団長邸に呼ばれた。そこで、サイドリウスたちの最近の態度の事や王家も含めてそれぞれの家がそれを把握していることや三人の気持ちなどが話し合われた。
「陛下から許可を得ている。明日の本人たちとの話し合いで、君たちの思うように判断して構わない」
騎士団団長からの言葉を受け、それぞれの家で相手の出方やその時々の対応について話し合われた。
そして今日三人は彼らの態度を見て婚約破棄を決断した。ビリードについてはマリンがサイドリウスと婚約破棄しなくても前日の時点で養子縁組破棄が決定していた。マリンの父親であるナタローナ公爵閣下は大変憤っており、すでに養子縁組破棄の手続きは終了している。
〰️
マリンたちの言葉にキリナートが頭を下げた。
「いえ、俺の力が足りず穏便に済ませることができなかったことは申し訳ない」
そんなキリナートをマリンが慌てて止めた。
「キリナート様。おやめください」
マリンとエマとシルビアはキリナートの行動にとても戸惑っていた。
「あなた様がお心をくだいてくださっていたのは充分承知しておりますわ。
キリナート様方のご配慮も慮らず愚行を行ったのは、彼ら自身ですわ」
「そうかもしれないが……」
四人はなんとなく俯いてしまった。
『コンコンコン』
バルザリドが扉を開けにいく。バルザリドが頭を下げて迎え入れたのはジュナールだった。四人は立ち上がり女性たちはカーテシーでジュナールを迎えた。
一言二言言葉を交わし、ジュナールを含めて五人が丸テーブルに座った。バルザリドを残して人払いがされた。
ジュナールはなんとも言えぬ顔で話を始めた。
「簡潔に言うと、魅了魔法の類いの効果のある食べ物を摂取させられていたようだ」
ジュナールの言葉に三人は瞠目した。
キリナートは予想通りだと思っていた。キリナート自身は、バニラ手作りのクッキーやお弁当、バニラが淹れたお茶などは一切口にしていなかった。
男四人にも止めた。聞く耳を持たなかったのは彼らだ。
最初は四人の男たちもバニラを訝しんでいた。それが徐々におかしくなっていったのだ。
「ただし、簡単に感知できないほど一つ一つは微量なのだ。さらに食べ物であったため、体の周りに張られた防御魔法も効かなかったようだ」
キリナートは途中まではクッキーは捨てていた。しかしどうも怪しいと思い、それをジュナールに預けた。しかし、最初に預けられた研究員はクッキー一つだけを検査したため感知に至らなかった。
キリナートが溜めておいたクッキーを一度に検査して、やっと感知できたのは一週間前であった。その後、会議やら対策やらと時間が過ぎていった。
バニラだけでできるような犯行ではないと判断され、おいそれと動くことも情報を流すこともできなかったのだ。
マリンたちに彼らの断罪を行う予定であるという話ができたのは、卒業式の前日になってしまった。
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男たち四人は食べ物による魅了魔法にかかっていた。そう言われてマリンたちは黙って考えていた。ジュナールとキリナートはマリンたちの気持ちが決まるまで待った。
「それは『バニラ様に対してのお気持ち』だけのお話ですわよね?」
マリンは静かな、しかし、しっかりとした口調でジュナールの目をしっかりと見て問うた。
「そうだね。多少気分を高揚させられているだろうけど、彼女への気持ち以外は捻じ曲げられたりするものではないよ。
ああ、彼女を守るために周りに攻撃的になることはあるかな」
ジュナールは苦笑いを返した。
「そうですのね。わたくしが悪口を言ったと勘違いなされたのはそれのせいかもしれませんわね」
「そうだね」
「ですが、最後には反省だけはなさっていたようですわね」
四人が嫌々ながらも復縁を望んだことには、学園での態度を知る者から見ると違和感があった。
「ああ、三日ほど前から生徒会室にメイドを付かせて、彼らに余計な物は食べさせないようにしていたんだ。あまり露骨だとバニラ嬢ひいてはドルジーノ男爵に悟られるから、全く無くすことはできなかったけどね。
魅了が薄まっていたんだと思うよ」
サイドリウスは王子である。王子をも囮に使う徹底ぶりだ。
「そうでしたのね。魅了魔法がなければ反省しキチンと考えられるのかもしれませんわね」
マリンは一度目を閉じた。フッと息を吐く。
「しかしながら…………」
マリンは多少躊躇があるようだ。
「うん」
ジュナールが『聞くよ』というように、マリンを促した。
「サイドリウス殿下のご自分への甘さは、サイドリウス殿下自身の問題だということですわね。
……国王であろうと、完璧である必要はないのかもしれませんわ……」
マリンが詰まっても誰も急かしたりはしない。
「でも、国を、そして、民を背負っていくのですから、完璧を求めて努力することを止めてはいけないと思いますの。
完璧でないことへの弊害は、王族ではなく民たちにいくのですもの」
ジュナールは眩しそうにマリンを見た。まだ学園の二年生であるマリンは、サイドリウスよりも王侯貴族としての覚悟と判断力を持っていた。それは、マリンが完璧を求めて学習し歩んできたことの証であった。
「アリトン様が女を道具だと思っていたことも、裁判官としての判断力が欠落していることも、アリトン様の本質ですわね」
マリンの言葉を受けて、エマはアリトンの本質について述べて肩を落とした。
「ユーティス様がマザコンなのも、気持ち悪いのも、そのままってことですよね」
シルビアがかわいい舌をペロリと出して『気持ち悪い』と言った。
「ビリードもそうですわね。わたくしへの劣等感や公爵としての意識の無さはバニラ様へのお気持ちとは別のものですわ。まあ、それは父がすでに判断なさっていることですわね」
キリナートは四人の顔を思い出して、肘をテーブルにつけてがっくりと頭を落とした。
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