中3編 最後の大会。
バレーボール部、部長、エース、普段コミュニケーション能力が低そうでボーッとしている田中からは想像できないが、部活の時は部員に声をかけて後輩にもバレーボールを教え、先生にはメチャクチャ叱られ、時に張り倒される事もあった。そんな3年間だった。今日の大会で県大会に出場出来ればまだバレーボールを続けられるし負ければ終わり、田中は辛くて嫌だと思っていた。それでも部活の仲間とバレーボールをする事は、普段本気で何かに打ち込むことのない田中には、新鮮なことだった。楽しかった。
3回勝つと県大会に行ける。初戦は、あっさり勝ち、2回戦目も余裕をもって勝てた。
3回戦目相手チームは、田中のチームより強く他の大会でも上位にいるチームだった。
田中『集合!!』
その言葉に集まる部員、顧問が話す。
顧問『今日この試合勝たないと3年は終わる。格上のチームだが、同じ中学生だ。それに、エースのスパイクは、高い位置から打つが球はそんなに速くないしっかり足を動かしてボールを繋いでいけば勝てる。頑張って行ってこい。』
顧問の言葉に部員が返事をして、試合前の練習が始まる。
顧問『田中集合。』
田中『はい!!』
顧問『向こうのエース高さはあるだけど田中も負けてない、しっかりジャンプして打て。地区選抜に入ったんだから自信持って戦え。』
田中『はい!!』
田中は中学2年の冬にバレーボールの地区選抜になり、頑張った。しかしその後の県選抜にはなる事が出来なかった。それは田中にとってマイナスのイメージだったが、顧問の言葉でプラスに変わった。
佐藤『田中、今日も早いのね。早いトス』
田中『早いのビュンビュンで』
いつもより高くジャンプ出来ているような気がした。体も軽いし良く相手のコートが見えた。
試合開始の笛が鳴る。エンドラインに整列して、お辞儀をする。
チーム田中『お願いします。』
相手チーム『お願いします。』
握手をして試合が始まる。
ここからはとても速かった。1セット目田中はスパイクをバシバシ決めた。 2セット目は相手のエースが活躍した。
運命の第3セット…
田中は緊張していたが、体が動かない訳ではなく、いつもより周りが見えていた。相手のサーブはエースの田中を狙ってくる。スパイクを打たせないようにして来ている。田中は相手のサーブをセッター佐藤へ返す。スパイクに入る。相手のブロックが3人田中に着く。
佐藤『ブロック3枚』
佐藤が声で田中に教えてくれる。
いつになく頼もしい。
相手のエースも負けじとスパイクを打つ、田中のチームのコートにボールが落ちる。
3セット目は15点先にとった方が勝ち、14対14の場面で後輩の北山がサーブの番になる。
部員『いけー北山ー!!』
ベンチから応援の声がする。
北山がサーブを打つ、北山の打ったサーブは相手のコート頭上を通りアウトになった。
試合終了の笛が鳴る。
挨拶を終え、顧問のところへ行く。
顧問『よくやった。本当は向こうの方が強かったんだ。でも俺の言った言葉を信じて、ここまで戦えた。これからも自分のやって来た事を信じて頑張ってほしい。』
そう言われ、選手の待合室に行く、周りでは他のチームの選手が一喜一憂している中で後輩の北山が声を上げて泣く、同学年の仲間も泣く、みんな泣く、田中は何故か泣かなかった。多分恥ずかしいとか周りに自分の感情を出さないとかそう言う気持ちがあったからだと思う。
後輩北山『田中さんすいません。僕のせいです。僕コート入ってなければ良かったです。』
田中『そんな事無い。北山は良くやってくれてたよ。』
後輩北山『でもこれでもう一緒に練習出来ないですよ…』
田中『そうだな。俺も、3年生の試合で強気にプレー出来なかったんだよ。中2の時さ。北山のサーブから逃げは感じなかったよ。』
後輩北山『……田中さん僕あの場面でも強いサーブ入れれるように頑張ります。』
北山のやる気や気合いが田中には無いものだと思った。自分の試合で、もちろん負けて悔しい気持ちはある。みんなと部活で顔を合わせなくなるのが悲しい気持ちもある。ただ北山のような熱量が自分にないように感じた。それは北山が自分を表に出して言葉に出来るからだろうか。
試合が終わり家に帰る道、自転車を漕ぎながらスッキリした気持ちすら田中にはあった。何もかも考えなくて良くなった。
昼休みメニューを聞きに行くのも、放課後部活に行くのも、顧問に怒られるのも、チームをまとめなきゃ行けないプレッシャーも、中学校生活で背負わされていた荷物を全部下ろした気分だった。
佐藤『田中、俺、悔しい。けど終わってホッとしてる自分もいる。』
田中『そうだよな、何か解放された。』
佐藤も同じ気持ちだった事が嬉しかった。
佐藤『もうやる事無いから勉強する。あと天野さんに告る。』
田中『マジで?いや急に来るな。まぁーそれでいいんじゃん。』
北山ほど熱や執着は無いし、佐藤ほどスパッと切り替える事も出来ない、中途半端な人間なんだと思った。
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