第14話 ホワイトデー

 田中はドキドキしていた。

 人に物をあげる。ましてや好きな人に物を渡すなんて、人生で初めてなのだ。いつもギリギリまで寝て学校に来ているのに、今日に限っては、1時間も早く起きてしまった。

 昨日学校帰りにちょっとおしゃれなケーキ屋さんで

 クッキーを買っておいた。

 お店の人に何このガキ、場違いなんだよと思われてないか心配で、あまり考えずに買ってきた。

 1時間も早く起きると、時間がありすぎて色々考えてしまう。もっとしっかりラッピングした方が良かったとか、高美さんは黒と黄色で遊び心があったとか、普段気にしない事まで考え出す。

 そのうち今日は渡さなくてもいいんじゃ無いかと考え、悪魔と天使が戦う。


 悪魔は、そんなへぼいもの渡すな、

 天使は、気持ちだから返す事が大事と言う。



 とりあえず持って行こう。会話の流れで渡せたら渡そうと言う意志の弱い感じで、家を出発した。



 学校に着く。



 少し早く着いたのか普段下駄箱で一緒になる高美さんと大沢に会わずに教室に着いた。

 クラスに人が居ない。昼休みより静かな教室で1人自分の席に座った。みんなどんだけギリギリなんだよと脳内で1人でツッコミを入れて、ボーッと時間が過ぎるのを待った。時計が進むにつれ高美さんにお返しを渡す緊張感が高まってきた。


 扉が開く、普段からあまり絡まないクラスメイトが入ってくる。高美さんじゃ無くて少し安心する。


 その後も次々クラスメイトが入ってくるが、高美さんが来ない。田中は勝手に早く来たくせに少し待ち疲れた。そうしていると朝の始業のチャイムが鳴る。大沢が入ってくる。


 大沢『先生みーは体調悪くて保健室行ってる。遅れてくると思う。』


 担任『そうかじゃー遅刻じゃ無いな。大沢ありがとう。先生も後で様子見に行ってくるよ。』


 担任は、今日の出席者を確認する。



 田中は高美さんが心配になった。いつも笑顔で体調の悪い様子を見た事がなかった。休む事も無く、いつも教室に居たので、高美さんの元気の無い姿を上手く想像できなかった。声をかけに行きたかった。助けになれる事が無いか聞きたかった。

 田中はここで保健室に行って話しかけるなんて、そんな彼氏でも無い、異性が来ても困るだけだそう思った。


 2時間目の授業が終わった。高美さんが帰って来た。いつも通りの高美さん。


 高美『ちょっと貧血みたいになっちゃってさ頭ぼーっとして保健室行っちゃったよ。でももう元気!!』


 田中『心配したよ普段元気だから…』


 田中はそう言ってある事を思い出した。朝あんなに悩んでいたのにバレンタインのお返しを渡す事を忘れていたのだ。


 田中『高美さんこれっ』


 そう言って何故か素早くカバンからクッキーを出した。周りの人に見られちゃいけない気がしたのか、照れ隠しなのか、その行動をしたのは複数の理由があったのだと思う。


 高美『えっありがとう。形ハートだね笑』


 田中『えっ本当だそんなごめん何か美味しそうなの選んだらそれだったんだよ。』


 田中は急にクッキーの形がハートである事を突っ込まれてタジタジした。ただ形がハートなだけで、四角でも三角でも高美さんは同じ事を言ったと自分に言い聞かせて自分を落ち着かせた。


 高美『何か今日の田中君かわいいね普段は、クールな感じなのに。笑』


 田中『いや僕がかわいい訳ないから笑そのクッキー食べて頑張ってよね!!』


 田中は可愛いと女の子から言われた事は人生で一度も無かった。今日は初めて自分の買ったクッキーを渡して、可愛いと言われた。田中にとって忘れられない日になった。










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