第17話何でも言うこと聞くって言ったよね。後編
「ふひー、まだ手がジンジンしてるよ」
その日、私は宿に帰ると手を冷やしていた。
本来なら手に豆というものが出来るらしいが、私は吸血鬼なのでこのくらいはすぐ再生してしまうから綺麗なままだ。
痛いものは痛いんだけどね。
「しかしご主人様、何故そこまでして剣術を身につけようとするのですか? それ程の強さがあれば剣術など不要と思うのですが」
「だってメフィ、剣術ってカッコいいじゃない。特にキリアの剣技は見惚れる程だよ」
まさにあんな美しい剣技は見たことがない、というやつだ。
少なくとも私の目にはそう映った。
「魔術だってそうですよ。別に教わらずともあの赤い霧を使えばそれ以上のことは出来ますし、そこまで頑張って覚えずともよいではないですか」
私はメフィの疑問に、ふむと頷く。
「うーん……でもやっぱり、私が頑張る理由はカッコいいからだよ。昔の私は身体が弱く、病床で本ばかり読んでるような子でさ、家族の皆にずっと馬鹿にされてきたんだ。ずっと自分に自信が持てなくて、何でもやる前に諦めていた……本当カッコ悪かったと思う。でも私が好きな『物語』の冒険者たちは違った。彼らにだって未熟な部分はあり、周りにも馬鹿にされていたけど、決してへこたれず、諦めず、頑張って困難を乗り超えていく……そんな彼らを私は心の底からカッコいいと思った。こうなりたいと願ったの。だから私は自分がカッコいいと思ったことをやり通すって決めたんだ」
そう心がけてから私は夢の冒険者になるべく頑張った。
家族からは反対されたし、訓練はとても辛かった。やめる理由はそれこそ幾らでもあった。
それでも病を克服し、身体も鍛え、外にも出られるようになり、この間は苦手だった魔術を覚え、今はこうして剣術を習っている。
必要ないから、疲れるからといって、やりたいことを諦めるのはカッコ悪いことだと思う。
「ご主人様……!」
「あ、なんか自分語りしちゃったね」
聞かれたから答えたにしても、ちょっと内心さらけ出し過ぎである。
たはー、恥ずかしいや。と、メフィが何やら神妙な顔をしているのに気づく。
「如何に冷笑侮蔑を浴びようとも環境に腐らずやるべきことをやる。それがこの人の行動理念なのね。世間知らずで夢見がちな御令嬢かと思っていたけど、意外としっかりしてるじゃないの」
「ん? どうかしたのメフィ」
「あぁいえ、なんでもないですとも。えぇ」
「?」
よくわからないが、そこまで言うならあまり気にする必要もないか。
私は特に考えず床に就くのだった。
◇
そうして翌日、翌々日も剣術訓練は続いた。
「てりゃあ!」
「甘いっ!」
かぁん! と私とキリアの木刀同士が激しくぶつかり、乾いた音が辺りに響く。
素振りがある程度出来るようになったことで、特訓は次の段階――実戦形式の打ち合いに移行していた。
「いいぞアゼリア君。その調子だ!」
「うん! どんどん行くよ!」
キリア相手の打ち合いは最初は剣すら合わせることなく躱されるばかりだったが、次第に打ち合いが成立するようになっていた。
最初の方は私の型がなっていなかったことで、外された剣が当たった地面に亀裂が入ったり、木にめり込んだり、壁に穴が空いたりしていたが、キリアの懸命な指導で私もようやく普通の剣術らしくなっていた。
「というか受けられないから避けていただけですよねぇ」
「そりゃあんな凄まじい打ち込み、まともには受けたら死んでしまうもの」
それでもたまに型が崩れ、打ち損なってはキリアの剣をへし折っていた。
うーん、まだまだ精進が足りないな。
「当たったら即死ですし、必死で教えもしますよそりゃ」
「絶対当たるわけにはいかないから、キリアの体捌きもかなり上達しているわ」
メフィとレジーナが何やら言っているが、あまり気にしないようにしておこう。
い、一応木剣を折ってしまうのは一日三回くらいに減ってるもん。
「……ふぅ、今日はこれくらいにしておくか」
「はーい、いつもありがとうね。キリア」
「何でも言うことを聞くと言ったからな。これくらい当然だとも」
キリアが相手してくれるのは仕事前の早朝、仕事終わりの夕方だけだが、口で言うより大変だろう。
おかげで少しはまともに剣術が使えるようになった……かもしれない。
「アゼリア君の力は凄まじい。故にその調整方法を学ぶべきだ。あれでは日常生活に支障をきたすだろうからね。僕の仕事は君に常識的な力の出し方を教えることだと思っている」
「えへへ、頑張りまーす」
キリアに剣術を習ったおかげで、地形を破壊することも少なくなったし、相手とまともに剣を合わせることも出来るようになった。
やっぱり剣での攻防は『物語』でも盛り上がりポイントの一つだし、是非とも押さえておかないとね。
「しかしアゼリア君も随分上達したな。そろそろ次の段階へ進んでもいいかもしれない」
「ホント? 素振りに打ち込みときたら、次は何かなぁー?」
「ふふ、君が心待ちにしていたことだよ。即ち――実戦だ」
キリアはそう言って、ニヤリと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます