第8話宿探し、冒険は最高の環境で

「さーってと、どこの宿がいいかなぁー?」


 依頼を達成したことで報酬を得た私たちは、これからお世話になる宿を探していた。


「……ねぇアゼリア、私が泊まってる宿じゃダメなの?」

「ダメだよ。レジーナの所はすっごく高いもの。これっぽっちの報酬金じゃ二、三日しか泊まれないよ」


 手にしたのは僅かばかりの銀貨だけだ。

 たったこれだけではレジーナの泊っている宿は高すぎる。


「気にせず一緒に泊まっていいわよ。お金なんかいらないし。それこそ仲間じゃない。私としてはお礼に魔術を幾らか見せてくれたら全然構わな――」

「ダメダメ。こういうのは自分の稼ぎで泊まれるくらいの宿じゃないと」


 駆け出しの癖にAランク冒険者御用達の高級宿に泊まるとか、『物語』的にあり得ないだろう。

 そんなことをするのはいけすかないおぼっちゃまくらいである。私はそういうの好きじゃない。

 基本的には質素堅実、自分にあった暮らしをするような、慎ましやかな登場人物が私は好きなのだ。


「お、こことかいいんじゃない?」


 足を止めて見上げると、いい感じに安そうな木造りの建物が目に入る。

 入口の看板に書かれた値段表には一般的な宿の半値が書かれており、長期宿泊なら更に半額という破格だ。

 外見はまぁ流石に値段に見合っていると言うべきか、壁はボロボロ、所々に穴が空き、ネズミが出入り、家屋も傾き、水道管から水漏れもしている――という、まぁ宿というのも烏滸がましいような建物であった。


「えぇー……」

「正気ですかご主人様ぁ……?」


 二人は何やら不満そうだが、何の問題があるのだろうか。

 駆け出し冒険者にふさわしい宿ではないか。


「とりあえず入ってみようよ」


 私は立て付けの悪くなった扉をノックする。


「ごめんあそばせ。どなたかいらっしゃいませんか?」


 コンコンと叩いてみるも返事はない。


「というか何ですご主人様、その喋り方……」

「アゼリアの敬語って何故かこうなのよ」


 二人がコソコソ話しているが、長い令嬢生活で染みついた癖は中々抜けないものだ。

 実家の躾けはかなり厳しかったからなぁ。ま、別に気にしなくていいか。


「あの、もし――」


 コン! コン! ともう少し強く叩いてみるが反応なし。むぅ、いないのかな。


「お邪魔致します……ってうわ、扉硬っ!」


 扉が錆付いているのか、上手く開かない。

 仕方なく力任せに引いてみると、バキッと音を立て開いた。……ドアノブごと。


「あちゃ……壊れちゃった」


 令嬢にあるまじき行動である。反省反省。


「立て付けが悪かったからねぇ」

「やっちゃいましたねご主人様」


 うう、しまったなぁ謝らないと。

 扉の奥は明かりもなく真っ暗だ。


「暗すぎるわね。灯りを付けましょう」


 レジーナが魔術で指先に光を灯すと、ようやく屋内が明るくなる。

 従業員はどこにいるのだろうか。辺りを見渡しているとカウンターの奥で動く何かが見えた。


「はいはい、お客様ですか。どうかしましたかねぇ」


 出てきたのは、小柄な老婆だ。

 腰は大分曲がっており、目は細く、柔和そうな顔をして人畜無害といった様相である。


「その……えぇと、申し訳ございません。ドアノブをアレしてしまいまして……おほほ」


 壊したドアノブの破片を見せて謝るが、老婆は気にしていない様子で首を振った。


「あぁ、いいんですじゃよ。元々壊れていましたからねぇ。それよりお嬢さん方は冒険者ですかねぇ?」

「実は長期でお世話になる宿を探しているのですわ。お部屋は空いてますこと?」

「部屋、部屋ねぇ……そういえば一番東の部屋が空いていた気がしますねぇ。早速案内し致しますじゃよ」


 ヨロヨロと動きながらカウンターから出てくると、老婆はこちらを振り返りもせず廊下を進み始めた。

 屋敷の中は外観から想像するよりは綺麗で、かつては豪華な屋敷だったことが伺える。


「昔は金持ちの屋敷か何かだったのかしら」

「なんだか不気味ですねぇご主人様」


 興味深げなレジーナと、不安そうなメフィ。

 灯りも老婆が持っているランタンと廊下に並ぶ蝋燭のみだ。

 不気味といえば不気味かもしれないが、私的には結構気に入っていた。

 だってホラ、激安だけど訳あり物件なんて、まさに『物語』っぽいじゃないの。


「もしかして幽霊とか出て来たりするのかな?」

「……出ますじゃよ」


 ボソッ、と老婆が呟いた。


「実はこの宿、昔はとある冒険者が所持していた屋敷なのです。彼はとても優秀な冒険者でしたが、同時に大層な女好きで、共に冒険をする女性相方がいながらも他に沢山女を作っていたのです。しかし嫉妬に駆られた女の一人が呪い師に頼んで男に呪いをかけ、彼の端正な顔立ちを歪ませました。そうして正気に戻った女たちはどんどん離れていき……最後は一人、誰にも看取られず死んでしまったのですじゃ」

「ほうほう、それでそれで?」

「……口調戻ってますよご主人様」


 メフィにツッコまれつつも私が合いの手を入れると、老婆は頷いて話を続ける。


「持ち主のいなくなった屋敷は競売にかけられ、とある資産家の手に渡りました。しかし屋敷に男が住み始めると、何やら奇妙なことが起こり始めたそうで……風もないのに扉を叩くような声が聞こえてきたり、突然窓ガラスが割れたり、あまりの不気味さに盗賊か何かを疑った男は夜見回りをすることにしましたじゃ。そんなある月夜のない晩、音一つない屋敷を男が歩いていると、ヒタヒタと後ろをついてくる足音が聞こえてきたのですじゃ……」


 老婆の声はどんどん沈み、不気味さを増していく。

 それに怯えてかメフィは身体を震わせていた。

 レジーナはそれより建物の方に興味があるのか、辺りを見渡している。


「歩いても歩いても足音はついてくる。男が立ち止まると音は一旦止むものの、歩き始めるとまたついてくる。それが何度も繰り返され、いよいよ参った男は走って逃げ出したのですじゃ。恐怖に駆られた男はついに階段を踏み外し、転げ落ちてしまいました。仰向けになった男の目の前にぬぅっと何かが覆い被さり、男はついにその正体を見てしまったのですじゃ――そう」


 気づけば老婆は立ち止まっている。

 ごくり、とメフィが息を呑む声が聞こえた直後、老婆が勢いよく振り向いた。


「――まるで魔物のように醜く歪んだ冒険者の顔をッ!」

「ぎゃーーーっ!」


 突如、目を見開き大声を上げる老婆にメフィは驚き悲鳴を上げ、私の髪の中に潜り込んだ。

 それを見て老婆は満足したように、にっこり笑っていつもの表情に戻る。


「……とまぁそんなこんなで幽霊が出ると噂が立ったこの屋敷は様々な持ち主を転々とし、どんどん安値になっていき、この婆でも買えるほどの値段になりました。そんな経緯があってこうして宿として生まれ変わったのですじゃよ」

「へぇーそうなんだ。お婆ちゃん、安く手に入って得したねぇ」

「はい、おかげさまで……」

「相変わらず一度距離が詰まると一気に馴れ馴れしいわねぇアゼリア……」


 レジーナが何やら呆れているが、老婆は特に気にしてないようなのでよし。

 スムーズな切り替えって難しいよね。


「あぁ、お部屋はこちらでございますよ」


 話に聞き入っているうちに、目的の部屋に辿り着いたようだ。

 老婆がカギを差し込むと、木造りの丈夫な扉がギィィと音を立てて開く。


「わ、中は結構キレイだよ!」


 室内は外からはわからない程整えられており、テーブルもあってベッドもふかふかだ。


「そりゃあ、お客様には快適にくつろいで頂かねばいけませんからねぇ」

「うん、すごく気に入った! ここでお世話になります!」

「はいはい、それじゃあごゆるりと」


 老婆はニコニコ笑いながら、部屋を後にするのだった。

 いそいそと荷ほどきをしていると、メフィが私に問う。


「……って本当にこの宿に泊まるつもりなのですか?」

「え、うん。そうだけど」


 中々いい感じの部屋だし値段も安い。私としては何も言うことない程だ。


「で、でもご主人様。この宿、幽霊が出るんですよ?」

「別にいいじゃない幽霊が出るくらい……あ、そうだ!」


 そう言って私はポンと手を叩く。


「いーいこと考えた♪」


 私がニヤリと笑うのを、二人はきょとんとした顔で見つめるのだった。

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